第四話「戦士ロンゴ、もう櫛はいらない」
夜の通りをしばらく走って、まだ窓からの灯が明るい、宿屋街を抜ける。
そこから更に、ふたつほど角を曲がった。
静まり返った市場に辿り着く。
もはや女主人の野獣のような雄叫びも聞こえない。
「ふう……ここまで逃げれば……」
嫌な汗をかいてしまった。
しかし隣の少女は、息ひとつ切れてはいない。
「こうして並んで歩くとちゃんと夫婦に見えますね」
「ちゃんと夫婦になった覚えがないんだけど」
「まーた照れちゃって! 旦那さまったら!」
そう言ってクレイはフィンの腕に、細い腕を回した。
「旦那さまー、わたくしの旦那さまー!」
クレイは腕にきゅっと掴まって、楽しそうに靴を鳴らす。
フィンはため息をついた。
「しかし君は、なんで俺のところへ来たんだ?」
「なに言ってるんですか。“恩返し”ですよ! ご恩を返しにきたんです!」
「それはわかった。けどそれがどうして“旦那さま”になるんだ」
「ではお話ししましょう!」
ぴんと人さし指を立てて、クレイは話し始めた。
それは遠く東の国に古くから伝わる伝承らしい。
むかしむかしのこと、とある狩人が、罠にかかったあわれな鳥を助けてやった。
助けられた鳥は、それはそれは美しい乙女に姿を変えて狩人の家を訪れたという。
そして正体を隠して恩を返し、最後には狩人の妻になったということだった。
「美しい乙女ってところ、大事なポイントですよ?」
クレイは頬に手を当てて、首をかしげてみせた。
「いや、もっと大事なポイントがある。まず君は正体を隠してない」
「努力はしました!」
銀色の髪をはためかせ、クレイは自信満々に答える。
どうしても彼女の努力を思い出せないのは、なぜだろう。
「それともうひとつ。さっきも言ったけど、俺は君と結婚した覚えはない」
「ショートカットです。スピードSSSなので!」
「スピードSSS便利すぎない?」
そんな話をしているうちに、ふたりは繁華街に入った。
酒場が軒を連ねている、明るい道だ。
そこで、不意に呼び止められた。
「おいなんだァ……フィンじゃねえかよォ!」
よりによってこのタイミングで、会いたくない相手に会ってしまった。
パーティーメンバーの戦士、あの生意気で粗暴なロンゴだった。
鎧も脱がずに、ひとりで飲み歩いているらしい。
ロンゴはおぼつかない手で、髪に櫛を通した。
「しかもォ、女連れときたもんだァ……」
「ああ、たまにはそういうこともある」
「そいつァ聞き捨てならねえなァ」
おおかた飲み歩くついでにナンパでもしていたのだろう。
しかし戦果は芳しくなかったらしい。
「女ァ連れて歩ける身分だとでも思ってんのかよォ、えェ?」
フィンにとって、ロンゴに絡まれるのはいつものことだ。
しかしロンゴがクレイに興味を抱くのは都合が悪い。
いや、誰にもクレイの正体を知られるわけにはいかないのだ。
災害級の魔王を街に引き込んだ、などということになれば、フィンは処刑を免れないだろう。
「それにしてもォ、へへっ、イイ女だなァ、ギヘヘヘヘ!」
ロンゴはいやらしい目つきで、クレイの体をなめ回すように見た。
「なあフィン、その女抱かせろやァ」
クレイの眉がピクッと動いた。
「旦那さま。いまコレはわたくしとの交尾を求めたのですか?」
フィンは困った顔で頭を掻いた。
「まあ、そういうことになるんだけど、でもこいつ酔ってるし……」
「誰が酔ってるだってェ……? フィンてめぇ死にてぇのかァ? おおん!?」
ロンゴは鎧をガチャつかせて威嚇する。
そして背負った斧を、ゆっくりと引き抜いた。
「生意気なんだよてめェ……え?」
銀色の光がきらめいたかと思うと、ロンゴの手元にあったはずの斧が壁に突き刺さっていた。
幅広の刃は、鋭い剣に貫かれ、縫い止められている。
「え、なに……なに……えェ?」
ぽかんと口を開いたロンゴ。
その間抜けな顔を、ルビー色の鋭い瞳が見据えた。
「コレは人間の分際で、穢れを知らないわたくしの貞操を狙い、さらに旦那さまを侮辱したと。なるほどなるほど……」
その瞬間、クレイの周囲に銀色の羽根が舞い散った。
羽根はまたたく間に鋭い“剣”へと姿を変える。
「ちょっと“摂理”教えますね」
無数の切っ先が、ロンゴを捉えた。
「待て! 殺すな!」
「手足はどうしますか?」
「それも残しておいてあげて!」
「かしこまりました、では参りましょう――
――【剣の舞】ッッッ!!」
空を舞い踊る剣が、一斉にロンゴへと襲いかかる。
「おい待てよォ! な、なんなんだよォ!!」
串刺しになったロンゴの血しぶきが舞う――
かと思われたが、そうはならなかった。
「………………ほェ?」
獲物を追い詰めるサメのように、剣たちはロンゴの周囲を高速で旋回する。
ロンゴが間抜けな声をあげて薄目を開いたとき、すでに彼の体は剣のうずの中心に閉じ込められてしまっていた。
「おいなんだこれェ!? 意味わかんねェってェ! た、助けッ……!」
次の瞬間、ロンゴの眼前で銀色の刃が交差した。
ロンゴの鎧を、次々と襲い掛かる無数の剣が引き裂き、なぶるように上着を剥ぎ取っていく。
「なァ!? え? あァ? あああああァ!! やめっ、オギャッ!!」
剣の群れはシャツを破り、ベルトを切断し、ズボンを下ろした。
ズボンも細切れにされ、下着が真っぷたつになって空に舞い上がる。
役目を終えた剣はきらめきとなってクレイの背中に収束し。
すべての光が消えたころ、あわれな囚人はようやく剣のうずから解放された。
ロンゴは、毛を抜かれたアヒルみたいになった。
「……なんてこった」
「ギヒィィィィ! 見るな! 見るなァアアアア!!」
ロンゴは生まれたままの姿で、その場にうずくまる。
「誰も見たくねえよ……」
「きゃあああああああああああ!!」
見るなと言ったところで、ここは夜の繁華街。
一部始終を目撃したらしい女性の悲鳴があがった。
「違うゥ! 違うんだァ! 剣でェ! 服がなくなってェ!」
「誰か憲兵さん呼んでぇええええ!!」
「やめろォオオオオオオオ!! 違うんだァアアアア!!」
弁明のために立ち上がったロンゴを見て、女性が更に悲鳴を上げる。
近くの酒場の客からも、好奇の視線が突き刺さった。
「なんだアレ」
「さあ、肉体美見せたい、的なやつじゃない?」
「いや美はねえよ。普通に汚い」
「まあ、暖かくなってきたからねえ……」
「やだわー、ぶふふふ、かわいい剣だこと」
股間でぷるぷる震えているものを見て、笑っているおばさんもいる。
「見ないでェエエエエエエエエ!!」
ロンゴは慌てて、両手で股間を押さえる。
明日からは、まともに街を歩けないだろう。
やがて憲兵隊が到着する。
ということは、街を歩くどうこう以前に、牢屋で1週間ほど反省させられるに違いない。
「なにやってるんだお前!」
「汚いものを市民に見せるんじゃない!」
「汚くないもん! きれいだもん! ギヒィィィィ!」
全裸で憲兵隊に取り押さえられているロンゴから、フィンは隣のクレイへと視線を移した。
「……あまり、余計なことはしないほうがいい。街の中では」
凶鳳イビルデスクレインの正体がバレることだけは、どうしても避けなければならない。
それを考えると、いまの騒ぎは、かなりリスクが高かった。
「そうですか?」
暴れるロンゴの頭から、ファサリとなにかが落ちる。
「ちなみに体毛はすべて剃っておきました」
「それはね、本当に余計なことだと思う」
「あれ!? おああ俺の毛がぁああああああ!!」
クレイは満面の笑みを浮かべた。
「ちなみに下の毛も」
「聞きたくない」
フィンはクレイの腕を引いて、目立たない裏路地へと入った。
「やだ、旦那さまったらこんなところで……」
「なにもしません」
どこか、安宿でも探すことになりそうだ。
しかし部屋をふたつも借りる手持ちがあるかどうか――。
「あ、人間の分際っていうのに旦那さまは入ってませんからね!」
「気にしてないよ」
「交尾が必要ならいつでも言ってください! 卵を産む準備はできてますから!」
ルビー色の目を輝かせるクレイを見て、フィンはまたため息をついた。
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