第三十六話「決闘の申し入れ」
その頃、オーガスタ伯爵家の邸。
ギルバート・オーガスタ将軍は、窓から領地を眺めていた。
「ユリウスよ、クーデターの準備は着々と進んでいるようだな」
「はい、父上」
オーガスタ家の当主であるギルバート将軍と、その長男――つまりダブーンの兄、ユリウスが話を交わしていた。
「“魔王討伐”で傷ついた私兵たちも〈治癒の薬草〉でずいぶんと回復しております。私が率いる王都の大隊も同様です」
「思えば愚かな提案だったな、ユリウス。“白銀の凶鳳”魔王イビルデスクレインを討伐して、オーガスタ家ひいては反王政派の発言力を高めようなどと……」
ギルバート将軍の低くとどろくような声に、ユリウスは強くこぶしを握りしめる。
「“撃退”という一定の成果はあったものの、首をとったわけでもない。それにしては、あまりに金とヒトをつぎ込みすぎた」
ギルバート将軍にとっては、資金も軍隊や冒険者も、等しく“資本”だ。
彼は命の価値と銀貨の枚数を、等しく天秤にかけられる人間だった。
ユリウスは歯噛みする。
「あのような失敗は……二度とは……」
「無論だ」
窓の外を眺めたまま、ギルバート将軍は続けた。
「ユリウス、お前はダブーンとは違うのだからな。冒険者ふぜいに成り下がったあのダブーンとは。あいつは……まったくオーガスタ家の面汚しよ」
王都を内偵する名目で、ダブーンを送り出したというのは建前だ。
本音としては、長男よりもはるかに劣っているダブーンを、邸から追いやったに過ぎない。
「もちろんです。出来損ないのダブーンとは違うということを、いずれ必ずお見せします」
「いずれお見せします、か」
ギルバート将軍は窓からユリウスへと視線を移した。
「実はあのモルデン侯爵が、我が領地に使いを出したとかいう報せが入っておる」
「まさか、王政派の重鎮がそんな軽率なことを」
「そういう男なのだ、やつは。まったく気に食わん。人の領民を国の民呼ばわりして懐柔し、反乱を起こそうという腹積もりに違いない」
自分がたくらみを持っている人間は、他人のことも怪しく見えるものだ。
ギルバート将軍は、ブランの村の方角を睨みつけながる。
「我ら反王政派の足並みを乱す企みは、必ず阻止せねばならん。ユリウスよ、お前をブランの村へ派遣する。私兵は自由に使ってよい」
「はっ」
ユリウスは深く頭を下げる。
「今回は……失望させんでくれよ」
「承知しております、父上」
部屋に戻ると、ユリウスは袂にしのばせたおしゃぶりをくわえた。
こうすると、頭がさえるのだ。
(今度こそは……失敗できん!)
ユリウスは乳首を食いちぎる勢いで、おしゃぶりを噛みしめた。
………………。
…………。
……。
貨物集荷場で〈治癒の薬草〉がたっぷり詰まった馬車を受け取ったフィンとクレイは、馭者台に乗って馬を走らせていた。
王都の門を抜け、土の道を進んでいく。
「地図を見ると、途中で“旅人の町”ってのがあるみたいだ。昼飯を食べて行こう」
「どんなご飯がでるんでしょうね!? 私、お肉の気分です!」
「君はいつでもお肉の気分だろう」
「まっしゅぽてとも食べたいです!」
峠を越えると、小さな町が見えてきた。
“旅人の町”はその名前がさしているように、街道を行く者たちが休憩を取るためにできた町だ。
フィンは馭者台から降りると、すっかりお尻が痛くなっていた。
「つつつ……こいつを宿屋に預けよう」
宿屋の横の馬屋には、商人のものと思われる馬車が、ずらりと並んでいる。
「こいつを頼むよ」
「はい、旦那!」
世話はこの子供がやっているらしい。
子供に銀貨を握らせて、フィンは食堂に向かった。
「いらっしゃい」
客はやはり商人が多い。
フィンとクレイは空いている席についた。
「ここで評判がいいものはあるかい?」
食堂の主人に尋ねると、
「へい旦那、ここは街道の宿屋なんで、新鮮な食材には不自由しませんぜ。蒸し魚なんていかがです?」
「いいね。じゃあそれをふたつ頼む」
「お肉もいいけど魚もいいですね! あ、あとまっしゅぽてと! まっしゅぽてとですよ旦那さま!」
クレイがルビー色の瞳をきらきら輝かせている。
ちょっと薄暗い食堂に来ると、リーンベイルの救貧院を思い出すらしい。
「じゃあマッシュポテトがあれば、それも頼む」
「皿に添えておきますよ。少々お待ちを」
主人が席を立ち去ろうとした、そのときだった。
「フィン・バーチボルトォオオオオオ!!」
ドアを盾で弾き飛ばして入ってきたのは。
「バブーンさんでしたっけ?」
小首をかしげるクレイに、怒鳴り声が返ってきた。
「ダブーンだ! ダブーン・オーガスタだ!」
筋骨隆々のBクラス冒険者・ダブーンは、規格外の大きさの盾とメイスをドガンと鳴らした。
入り口の床に穴があく。
「お前がここにいると聞きつけてな!」
「えらく耳が早いことだな」
「それはここが、オーガスタ家の領地だからだ!」
意外にも、ダブーンは領主の家系らしい。
「領地をもつ貴族の子息が、どうして冒険者をやってる?」
「そんなこたァ、てめえに関係ねえ!」
もういちど、メイスで床をズドンと叩く。
「決闘だ、フィン・バーチボルト! 表に出ろ! お前にも恥をかかせてやるぜ!」
何がどうなろうが、アレ以上の恥はかけないとフィンは思うのだが、ダブーンは本気だ。
赤ちゃんプレイを衆目に晒されたことが、よほどこたえているらしい。
「……わかった。外に出よう」
「わたくしの力を使えばすぐですのに」
クレイは不満を漏らす。
「確かにそうだろうが、こいつは本気らしいからな。こっちもズルはできない」
フィンとクレイが食堂から出ると、別の男が道をふさいだ。
無遠慮な視線を向けてくるあたり、ダブーンの取り巻きと見て間違いないだろう。
その中のひとりが、クレイに近づいて言った。
「こいつ、フィンの女ですぜ。どうしやす、バ……ダブーンの旦那」
「………………」
ダブーンは地面にメイスを突き刺すと、その男を殴りつけた。
「どうするもこうするもあるか! すべての女性は“母”の可能性を秘めているんだ! 手を出すことは俺が許さん! わかるか!?」
よくわからない理由でぶん殴られた男は、とうに気絶している。
「旦那さま、いまのどういう意味です?」
「いや、正直俺にもよくわからん。ともかく、離れていてくれ」
「はい!」
ダブーンはメイスを地面から引き抜き、フィンに向ける。
「さあ、お前も弓を持てよ。誰にも邪魔はさせねえ、一対一の決闘だ」
食堂の外は開けた場所であったものの、身を隠せるものはほとんどなかった。
中距離戦闘を得意とする狩人には、不利な状況と見て間違いない。
フィンは背中から弓を取って、矢をつがえた。




