第三十五話「先輩冒険者ダブーン、えらい目にあう」
「Bランクって、ヒマなんですね」
「あァ!?」
ダブーンが怒鳴り声を上げるが、クレイは当然そんなことは気にしない。
「だってさっきから旦那さまと話したがってばかりじゃないですか。わたくしの旦那さまですよー」
「誰がヒマだと、言わせておけばこのアマァ!!」
ダブーンがクレイに掴みかかろうとするところを、フィンはすんでのところでとどめた。
「すまない、俺のツレは口が悪いんだ……」
フィンとしては、もめごとだけは避けたい。
「ああん? すまない、だって?」
そう言ってダブーンは腕を組む。
「本当にすまないと思うんだったら“誠意”ってもんを見せてもらわねえとなあ」
冒険者たちの列から、ひそひそと交わす声が聞こえてくる。
「またダブーンが新入りに絡んでるぜ……」
「ダブーンなら仕方ないな……」
「Aランクの方々がいらっしゃれば、あいつも大人しいんだがな……」
そんなことを言いつつ、ダブーンを止めようとする者は誰もいない。
実際、ダブーンはなかなかの実力者なのだ。
しかしそれに伴う信頼がないので、Bランクから上がることができずにいる。
人柄や誠実さも、冒険者には必要なことだ。
ダブーンには、それが欠けていた。
「いいから“誠意”だよ。こっちは昨日の夜サイフを落としちまって機嫌が悪いんだ」
(そういうことか……)
フィンはため息をついた。
こういう連中が自分の強さをいちばん示せるのは、結局のところ金なのだ。
自分には、弱い者から金を奪う力がある。
それを周囲に示したくて、こんなことをやっているのだ。
「リーンベイルの田舎者には“誠意”の示し方もわからないのか? だったら体に直接わからせてやろうか? おおん!?」
金を渡すのは論外だが、すっかりヒートアップしてしまったダブーンを止める方法も思いつかない。
こういった連中は、自分の大声を耳で聞いて、怒りを加速させるのだ。
思えばあのベイブも、そういうタイプだった。
しかしクレイに、そんな遠回しな脅しは通用しない。
「昨日の夜、どこでサイフ落としちゃったんですか?」
無邪気に尋ねる。
「どこかわかってたら、見つかってるだろうが!」
「大丈夫ですよ、わたくしにお任せください!」
トンと胸を叩いて、クレイは言った。
「時間さえわかれば、あなたがいた場所を探せますよー」
「場所? ああん? どういうことだ?」
「今からここに、昨日の夜あなたがいた場所を映し出します! そこからサイフを探しましょう!」
クレイは両手を壁に向けて突き出した。
「【メモリーーーーシーーーーケーーーーンス】ッッ!!」
すると突然壁が輝いたかと思うと、奇妙な光景を映し出した。
子供部屋のようだ。
あちこちにオモチャが転がっている。
そこに女の姿が現れた。
『あらあら、おっぱいでちゅか~? おむつでちゅか~?』
『バブゥー! バブゥー!』
そしておむつとよだれかけをつけた、小さな男の子――ではなく。
――巨大なおむつから尻の筋肉をはみ出させた、ダブーンだった。
『オギャー! オギャー!』
ダブーンがおたけびを上げる。
床でひざを曲げて、ウネウネ動くダブーンの姿が、冒険者たちの前で上映されていた。
非常に――非常に特殊なお店、ということらしい。
『バブゥーン!』
『あら~、そうでちゅか~、おむつでちゅね~?』
女のほほえみに、ダブーンは興奮気味のあえぎ声を返す。
『バブ! バブバブハフン!』
そうして女の手はダブーンの巨大なおむつへと――。
「やめろォオオオオオ! 今すぐそれを止めろォオオオオオオオオ!!」
ダブーンは映し出された自分のおむつ姿を、必死で隠そうとする。
するとクレイの魔法はススス、と天井に移動した。
『あら~、いっぱい出まちたね~』
『バァーブーゥ』
「やめてくれェエエエエエエエエエエエエ!!」
『ダァーアーイブー』
泣き叫ぶダブーンの声と、おむつ交換に満足げなダブーンの声が重なる。
「あ、あそこのすみにサイフ落ちてますよ!」
クレイが指をさす。
サイフをなくしていたのは本当らしい。
だが今となってはもうサイフどころの話ではない。
みんながざわついている間に、コソコソとクエストを受注したフィンは、クレイの手をつかんだ。
「いいから行くぞ! あいつの精神が崩壊する前に!」
「でもサイフ見つかりましたよ」
「いいから!」
フィンはクレイを連れて、急いで冒険者ギルドをあとにした。
この日を境に、Bランクの冒険者ダブーン・オーガスタは、新たな名前を得ることとなった。
夜の街で――目を輝かせておむつを交換してもらう筋肉ダルマ。
人は彼を“バブーン・オーギャスタ”と呼ぶ。
………………。
…………。
……。
「相変わらずとんでもないことをするな君は!」
フィンは街を歩きながら、クレイに言った。
「そうですかね? というかあの人、何してたんですか?」
「知らなくていいこともあるし、実際俺にもよくわからん!」
それはともかく、イヤな絡まれ方をしたものだとフィンは思った。
しかしダブーンのような連中にとっては、そういうことも必要なことなのだろう。
あれだけ冒険者がいれば、良いクエストは取り合いになるに違いない。
そんなときに欲しいクエストをぶんどれるよう、一生懸命いばっているのだ。
(ああ見えて、いろいろ大変なんだろうなあ……)
フィンはそんなことを考えながら、クエストの書類を広げた。
『ブランの村に〈治癒の薬草〉を届ける:銀貨300枚』
「銀貨300枚!?」
フィンは目を丸くした。
「さすが王都のクエストだ……ケタが違うな……」
王都における〈治癒の薬草〉不足は、リーンベイルからの供給によって回復しつつある。
薬草を運ぶ定期便も、運行を始めた。
しかし王都付近の村々まで〈治癒の薬草〉を届けるには、まだまだ人手が足りない。
そこで、冒険者が手を貸すというわけだ。
書類の下に目をやると、見覚えのあるサインがある。
「なるほど、これはモルデン侯爵のクエストか」
いつも民を第一に考える、彼らしい依頼だった。
………………。
…………。
……。
一方その頃。
冒険者ギルドの執務室では、ギルド長キリルが書類をひっくり返していた。
「ない……ないぞ……!」
「どうしたんですか? なにをお探しで?」
キリルの秘書が尋ねた。
「モルデン侯爵からの依頼状です! あれは政治情勢に明るい冒険者へ直接渡すクエストなのに……!」
そう言ってキリスは胃薬を取り出す。
秘書はすかさず水を用意した。
「これは“探しものが見つからないとき用”の胃薬です……しかし、本当にどこに行ったのか……」
「ああ、モルデン侯爵からのクエストでしたら」
ポン、と秘書は手を叩いた。
「さっきクエスト掲示板に貼っておきました。Cランクで間違いないですよね?」
「いますぐ剥がしてきなさい!」
キリルの言ったとおり、あのクエストは普通の冒険者には受けられないものだ。
ただ薬草を運ぶだけではなく、複雑な駆け引きが要求される。
秘書はすぐに戻ってきた。
「もうクエスト受注されてましたー」
「なんですって? 冒険者は?」
「フィン・バーチボルトさんです」
「ウウッ」
キリルは腹を押さえる。
再び胃薬を取り出して、水で喉に流し込んだ。
「いいですか、これは……“達成不可能なクエストに冒険者を送り出してしまったとき用”の胃薬です!」
連載再開いたしました。
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