表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/36

第三十四話「いきなりランクアップ」

 冒険者ギルドの執務室。

 フィンとクレイはソファーに座ってテーブルを挟み、ギルド長キリルと対面していた。


「なるほど、君はリーンベイル出身ですか」


 そう言いながら、キリルは(たもと)から小さな包みを取り出す。

 中に入った粉薬を口に入れると、秘書が用意した水で喉に流し込んだ。


「リーンベイルをご存知なんですね」


 フィンが尋ねると、キリルはハンカチで口元をぬぐって答えた。


「もちろん。〈治癒の薬草〉の有名な産地ではないですか」


 自分の腹を撫でながら、キリルは言った。


「リーンベイルの〈治癒の薬草〉は〈ヌメヌメ草〉と調合することで、素晴らしい胃薬になるんです」


 キリルは青白い顔でニヤリと笑う。


「私は状況に合わせて数種類の胃薬を使い分けています。今のは“冒険者に謝罪するとき用”の胃薬です。久々に飲みましたよ」

「それはどうも……」


 フィンはなんだか、逆にこちらが謝らなければいけないような気がしてくる。

 キリルはもういちど、頭を下げた。


「本当に申し訳ございませんでした。モルデン侯爵の推薦とあらば無碍(むげ)には致しませんでしたものを……失敬。早速ですが本題に入りましょう」


 そうして、書類をテーブルに広げる。


「手紙には、バーチボルトさんの功績について詳しく書かれていました。それらを勘案(かんあん)致しますと……」


 キリルは羽ペンで、書類に書き込んだ。


「冒険者ランクはCからのスタートが妥当でしょう」

「いきなりCですか!?」


 フィンは目を見開いた。

 リーンベイルではあまり用いられない冒険者ランクだが、フィンとクレイは便宜上“F”ということになっている。

 それがフィンだけ、一足飛びに“C”だ。


「シーってすごいんですか? 旦那さま」

「ちょっとめまいがするくらいにはね……」


 フィンは王都に来てから、驚いてばかりだ。

 まさかモルデン侯爵の推薦が、これほど力を発揮するとは。


「地域を悩ませていた賊をひとりで一掃し、連続殺人犯の逮捕に大きく貢献……あなたをただの狩人と評価するのは間違いでしょう」

「よくわかってるじゃないですか! 寿命が短そうな人間だなと思って見てましたけれど、判断力はあるんですね!」


 クレイは無邪気な笑顔を見せる。

 キリルは黙って、新しい胃薬を取り出した。


「これは“冒険者に侮辱されたとき用”の胃薬です」

「いろいろ持ってますね! やはり長生きしたいんですか?」

「長生きよりも、今の痛みをどうにかしたいんですよ。我々“胃薬の民”は」


 はかない顔で微笑むキリルに、フィンは謝るタイミングを完全に見失った。

 キリルは腹をさすりながら、それでも真剣な目をフィンに向ける。


「王都の冒険者ギルドは実力主義です、フィン・バーチボルトさん。活躍を期待していますよ」

「……ええ、力を尽くします」


 キリルとの手続きを済ませて、フィンたちは執務室から出た。




 再びホールに戻ると“Cランク”と書かれた掲示板から、クエストを見繕う。


「着いていきなりハードなのは、避けたいな……となると」


 本来、狩人の受けるクエストというのは、ちょっとした弱い魔物の狩猟や調査がメインだ。

 戦術面においても、戦略面においても、サポート役としての立ち回りを求められるのが狩人である。


 だから冒険者ランクにおいて、Cまでたどり着く狩人は、基本的にいない。


 つまりフィンが弓矢を背負って、Cランクのクエストを選んでいる姿は目立つのだ。

 あちこちから声が聞こえた。


「リーンベイルとかいう街の英雄らしいぜ……」

「あのモルデン侯爵に気に入られたとか……」

「だから狩人のくせにCランクなのか……」


 そんなフィンの背後を、イスに座って睨みつけている男がいた。

 フィンは当然、その視線に気づいている。


(田舎者が嫌いなやつもいるんだろうな)


 そんなことを思いながら、フィンはクエストを掲示板からはがした。

 再び列に並ぼうとした矢先、さっきの男がフィンの足をひっかけようと、つま先を前に突き出した。


「………………」


 そんなものに引っかかるほど、フィンは抜けてはいない。

 やれやれとばかりに足を軽くまたぐと、男が難癖をつけてきた。


「そこのお前、俺の前を黙って横切ったな?」


 見れば、筋骨隆々の大男だ。

 巨大な盾と頑丈そうな鎧を見るに“タンク”の役割を負っている戦士だろう。


「誰もあんたに頭を下げて通っちゃいないようだけど」

「新入りは別なんだよ」


 そう言って、男は立ち上がる。


「リーンベイルの英雄だかなんだか知らねえが、ずいぶんとラクに出世してるみたいじゃねえか……だがなあ」


 男は胸にぶら下げた“冒険者の証”をかざして言った。


「俺の名はダブーン・オーガスタ。冒険者ランクは……Bだ!」


 ガン、と、これもまた巨大なメイスの柄で床を叩いた。


「冒険者には冒険者の秩序ってもんがあるだろうが。CランクごときがBランク様に口答えするんじゃねえ、特に俺にはな! わかるかァ?」

「………………」


 フィンがなんとも答えられずにいると、ダブーンは大声で怒鳴った。


「俺がこの冒険者ギルドのルールだ! Aランクを超えるとも言われる耐久力と攻撃力、それらを兼ね備えた俺には、ふさわしい態度で接してもらわないとなァ」

「それはすまなかった」


 ただでも目立っているらしいのに、来て早々に問題は起こしたくない。

 軽く頭を下げて列に並ぼうとするが、ダブーンはまだ文句が言い足りないらしい。


「ポッと出の田舎者がさらすには、それなりのツラってもんがあるだろうが?」


 完全にいいがかりだ。


「なんだその反抗的な顔は? 俺はお前みたいな田舎者が俺はいちばん嫌いなんだよ!」


 メイスをガンガン鳴らしながら、ダブーンは続ける。


「知ってるぜ? リーンベイルとかいう田舎じゃあ、狩人は戦士の靴をなめて生きてるんだろ? 俺の靴もなめてみろよ。お?」

「悪いが、俺の故郷じゃそんな習慣はなかったよ」

「だったら改めて命令してやるよ! 俺の靴をなめろ! Bランク様に反抗して、このギルドで生きていけるわけねえんだよ! わかってんのか!?」


 場を収めるためだとはいえ、さすがに靴をなめるわけにはいかない。

 さてどう対処したものかとフィンが考えていると、クレイがとんでもないことを言い出した。



「Bランクって、ヒマなんですね」



 場の空気が、凍りついた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ