第三十三話「王都のギルドへ」
女の子と、同じベッドで眠る。
いつも一緒にいるクレイが相手とはいえ、さすがにフィンも緊張してしまう。
「ピロートークしましょう、ピロートーク!」
枕元の小さなランプだけの暗い部屋で、クレイがはしゃいでいる。
クレイがあっちを向いたりこっちを向いたりするたびに、その振動が伝わってくる。
ドキドキしないと言えば、それは嘘なわけで。
「なにか色っぽいこと言ってください! 旦那さま!」
フィンは天井を見たまま言った。
「……晩飯、うまかったな」
「はい! 美味しかったです!」
これで満足なのか――とフィンは若干あきれつつ。
クレイの無邪気さに、少しほっとする。
「旦那さま、わたくしは」
ベッドのきしみで、こちらを向いたのがわかる。
「こんなに長く人間の姿をとることがあるなんて、夢にも思っていなかったんですよ」
「長く生きてるんだろ、そういうことはなかったのか」
「乙女の歳を聞くなんて、野暮ってもんですよ旦那さま!」
魔王は何千年も昔から生きているのだと、フィンは幼い頃父親から聞いたことがある。
「人間の文献を読むとき、くらいでしょうか。人の姿になったりしたのは」
フィンは顔をクレイの方に向けた。
ランプの明かりが、クレイの銀髪に反射して金色に輝いている。
「いま、幸せなんです。この姿で旦那さまと、同じ巣にいるのが……」
「……そうか」
「旦那さまは?」
無邪気に、クレイはそんなことを聞いてくる。
「悪くはないと、思ってるよ」
フィンはこれ以上、なにか話すのは照れくさかった。
「ランプ、消すぞ」
「はい、旦那さま。おやすみなさいませ」
「おやすみ」
部屋が真っ暗になり、しばらくすると、小さく寝息が聞こえてくる。
クレイが寝返りをうつと、ベッドが軋む。
優しい体温が、伝わってくる。
「旦那さまぁ……」
急に声をかけられた。
「……どうした?」
「やだ旦那さまぁ……ふふっ」
寝言らしい。
そうしてまた寝返り。
いつの間にかけっこう近づいてきている。
(こりゃ、慣れるまで時間がかかりそうだな……)
フィンは目をつぶったが、なかなか眠りにつくことができなかった。
………………。
…………。
……。
「あっさでっすよー!」
腹に衝撃を感じて、フィンは目を覚ました。
「おはようございます、旦那さま!」
見ると、クレイがフィンの腹にまたがっていた。
「もう起きたから! 降りなさい!」
「朝のいちゃいちゃタイムですよー」
「それより朝食!」
フィンが起き上がって呼び紐を引くと、すぐに使用人がやってきた。
朝食をお願いすると、出てきたのはふっくらした白パンに、ふわふわのオムレツと、香り高い燻製肉。
マーガレットの宿と比べるとボリュームは少ないが、味は上品だ。
「よし、冒険者ギルドに行くか!」
弓と矢筒を背負い、モルデン侯爵の手紙を袂にしまって、フィンとクレイは宿を出た。
「道、ご存知なんですか?」
「知らないけど、なんとかなる」
冒険者ギルドが近いというのは、侯爵の手紙に書いてあった。
となれば当然、外を歩いている冒険者がいるはずだ。
「お、さっそく見つけた」
豪華なローブをまとった魔法使いだ。
持っている大きな杖には、宝玉がはめこまれている。
これと比べれば、レレパスの杖などつまようじみたいなものだろう。
フィンとクレイは、魔法使いの後ろをついていって、冒険者ギルドに辿り着いた。
「ここもすごいな……」
リーンベイルの建物の、3倍はあるだろうか。
中に入ると、冒険者でごったがえしていた。
そしてさっきの魔法使いもそうだが、リーンベイルの冒険者と比べて、みな装備がとてつもなく充実している。
全身を覆うフルプレートメイル、巨大な分厚い盾を持った戦士。
カウンターも異様に長く、受付が何人も並んで冒険者の対応にあたっている。
装備をガチャつかせる冒険者に混じって、フィンとクレイは列に並んだ。
「はい、次の方ッ!」
「次の方、どうぞッ!」
大声で冒険者をさばいていく受付たち。
その目は過労のためか、ひどく血走っていた。
「なんかすごいところに来ちゃったな」
「人間まみれですね! でもあんまり臭くないです」
「そこはほら、王都だから」
「次の方ァ!!」
気がつくと自分の番が来ていた。
「早くしてくださいッ! 早くッ!!」
「いやあの、ギルド長の、キリル・コーンスバーグって人に手紙を渡すように言われてまして……」
「郵便でしたらポストにお願いしますッ!」
「いや、直接渡すようにと……」
「ギルド長! お客様ですッ! はい次の方ァ!!」
受付は封筒を見もせずに、オフィスの奥に向かって叫んだ。
「なんですか騒々しい……のは、いつものことですか」
オフィスの奥から、ひとりの男が出てきた。
ハンカチで眼鏡を拭いて、七三分けを指先でクイッと直す。
この神経質そうな男が、王都のギルド長、キリル・コーンスバーグらしい。
「どうしました、私も暇じゃないんですがね」
「このギルドに暇な人なんか誰もいませんッ!」
目を血走らせた受付が、フィンを指さした。
「この方が、ギルド長に用があるとッ!」
「用……この狩人が?」
キリルはフィンを見て、フンと鼻を鳴らした。
「あなたは私の時間をいくらで買い取るおつもりですか?」
「手紙を渡すようにと言われてまして……」
「ならポストにでも放り込んでおきなさい、失敬」
ハンカチでドアノブをつかむと、キリルはまたオフィスに戻ってしまった。
「あの……」
フィンは仕方なく、もういちど受付に並ぶ。
「王都のギルドってめんどくさいですね、旦那さま」
「まあ、これだけ冒険者がいればなあ……」
ガッチャガッチャと鎧や剣が鳴る中で、フィンはなんだか心細くなる。
そうしてまた順番が来た。
「次の方ァ! ってまたあなたですかッ!!」
「いや、この手紙を渡さないと帰れなくて……」
「もういいですッ! こっちにくださいッ!」
受付はフィンから封筒をもぎ取って、送り主を確かめる。
それを見た瞬間、真っ赤だった顔が途端に真っ青になった。
「ギ、ギ、ギ……」
「ぎ?」
フィンが首を傾げると、受付の首がぐるりと後ろを向いた。
「ギ、ギルドちょおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「またですか? なんですか?」
再びオフィスの奥から、不機嫌そうなキリルが現れる。
受付は震えながら封筒をかかげた。
「これ、これを見てくださいッ!!」
「まったく、こんな些末な仕事を私に持ってくるんじゃありません」
「いいから差出人を見てくださいッッ!!」
「まったく……ん?」
封筒を受け取ったキリルのても、受付と同じように震え始めた。
「モ……モルデン侯爵からの……書状です……ッッ」
もとから病的に白いキリルの顔は、白を通り越してゾンビみたいな色になった。
「み、みみみ見れば……わかります……ッッ!!」
そうしてキリルと受付は、ぴったりと声を合わせて叫んだ。
「もうッしわけありませんでしたァアアアアアアアアアアアアア!!」
腰を直角に曲げて謝罪するキリルを見て、フィンはいたたまれない気持ちになった。
リーンベイルの冒険者ギルドを思い出す。
「旦那さま! ギルド長って、謝るのがお仕事なんですか!?」
「やめなさい」
何はともあれフィンとクレイは、建物の奥にある執務室へと通された。




