表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/36

第二十七話「男爵自慢の庭、大改造計画」

 ビンツ男爵は馬車に乗って、まるで嵐のように去っていった。

 冒険者ギルドのホールで、ぽかんと立ち尽くすフィンたちだったが、ともかく動かなければ始まらない。


「ビンツ男爵の庭とやらを見に行こう」

「はい! 旦那さま!」


 ふたりで領主の館へと向かう。


「どうなってるのか、楽しみですね!」

「俺はあんまり楽しみじゃないなあ……」


 辿り着いてみると、館の前には人だかりができている。

 塀によじ登って中の様子をうかがっている者もいた。


 しかし彼らもフィンを見ると、まるで逃げるようにさっと道を開ける。


 フィンは未だに、街の人々に怖れられていた。

 “ドブイタチ”壊滅の噂は、いまだに大きく尾を引いている。

 “盗っ人のフィン”と呼んであざ笑ったことへの復讐が、いつ自分に襲いかかってくるのかとびくびくしているのだ。


「………………」


 フィンは構わず、空いた道の先を見た。


「こいつはひでぇ……見物人が来るわけだ」


 高い塀と、開かれた門のその向こう。


 領主の館は、湯気を立てる巨大な池の真ん中に建っていた。

 どこからどこまでが庭なのかも、さだかではない。


 なにもかもが湯に押し流され、そこかしこに泥が堆積していた。

 残された数少ない足場も〈治癒の薬草〉に覆われている。


 もしこの景色を一言で表すならば“湿地帯”だ。

 ここがかつて美しい庭園だったなどと、いったい誰が信じるだろうか。


「この惨状を、いったいどうしろと……」


 フィンはため息をついた。


「フィン、クレイ、あんたらも来てたのかい!」

「マーガレットさん……」


 宿屋のムキムキ女主人、マーガレットも見物に来ていた。


「この庭を明日までになんとかしろと言われていまして」

「そりゃ無茶ってもんさね!」


 マーガレットはきっぱりと言い切った。

 宿屋の女主人にすらわかる道理が、ビンツ男爵には通じないらしい。


「ご安心ください旦那さま、わたくしの力を使えばこんなの一発です!」

「一発で吹っ飛ぶだろ」


 クレイの力を借りることも考えたが、彼女の力は戦闘を除くとかなり大雑把だ。

 それに“美しい庭園”というものを見たことがあるかどうかすら怪しい。


 ここで魔王の力を使った結果、状況をさらに悪化させることもあり得る。

 かろうじて残っている館まで木っ端みじんに吹き飛ばされては、ビンツ男爵が憤死(ふんし)しかねない。


「ようするに、あの肉にふさわしい“ねぐら”を作ればいいんですよね【アーーース……」

「待て待て待て待て! みんなも見てるから!」


 フィンは慌ててクレイを取り押さえる。

 美的センスについてもそうだが、なにより人目があるというのが一番の問題だ。


 ただでさえいい目で見られていないというのに、ここでクレイの正体がバレてしまっては、フィンは弁解の余地もなく絞首台(こうしゅだい)行きだ。



 目の前の状況は最悪の一言に尽きる。

 絶えず野次馬が押しかけているせいでクレイの力も使えない。


 となると、庭の修繕は完全に手詰まりかと思われた。

 いよいよもってフィンが頭を抱えていると。



「しかしこりゃあ、まるで温泉だね!」



 湯気の上る池を眺めて、マーガレットが言った。



「温……泉……」



 フィン自身は実物を見たことはないが。

 温泉とは、一般的には湯治のために用いられる浴場施設だ。


 フィンは池に手を入れてみる。


 良い具合に温かい。

 そして湯の底では〈治癒の薬草〉が、ゆらゆらと揺れている。


 浴場としてはありえない規模だが、これは立派な薬湯だ。



「よし、美しい庭、なんて無茶を考えるのはやめよう」

「え? いいんですか? じゃあ旦那さまを害すると言っていたあの肉に、“摂理”わからせちゃってもいいですか?」

「いや、そういうことじゃない。ビンツ男爵は言っていただろう『どうにかしろ(・・・・・・)』って。庭を元通りにしろって言ったわけじゃない。だったら庭にこだわる必要はないだろう」

「なるほど!」


 どのみち、まともに庭など作っていては、どうあがいても明日の朝には間に合わない。


「今からこの池を、立派な浴場に仕立て上げるぞ」


 できないことを無理やり押し通すのではなく、現状を見て最善の手を打つ。

 これは狩人としてだけでなく、冒険者としての鉄則でもある。


「もちろん、あたしにも手伝わせてくれるんだろう?」

「ありがとうございます、マーガレットさん」

「そのかわり一番風呂はあたしがいただくからね!」


 マーガレットは力こぶを作って快活に笑う。

 正直、とても心強い。


「となると、さっそく手をつけないといけないのは……」


 湯の外に放り出された土砂の除去。

 そして、着替える場所を用意することだ。


 庭師の人たちにも協力してもらう。

 シャベルを借りて、土砂を台車に積んでいく。


「旦那さま! ここはわたくしの力で!」


 すがりつくようにクレイは言った。

 地道な協力作業というのは、いかにも苦手そうではある。


「気持ちは嬉しいけど、君の力をここにいる人たちに見せたくない」

「旦那さまはつまり、ふたりきりでわたくしの全てをご覧になりたいと……! でしたら今夜にでも……その、お見せするのは少し恥ずかしいですが……」

「イチャついてる暇があったら手を動かしなア!」


 いつの間にやら現場監督と化したマーガレットの喝が飛ぶ。


「いいか、魔法はナシだ。ここからは手作業でいく」

「なるほどそういうことでしたか! 承知しました旦那さま、肉体労働もお任せください!」


 そう言うとクレイは猛烈なスピードで土砂を掘り始めた。

 むしろ土砂を捨てにいく台車のほうが間に合わないぐらいだ。


 あんな可愛らしい姿をしていても、その正体はやはり魔王なのだと、フィンは改めて実感する。

 無限の体力は、はっきり言ってありがたい。


 しかし作業に加わっているのはフィンたちと、庭師が数名、あとはマーガレットだけだ。

 それに対して男爵の館の庭はあまりにも広大だった。


 いかにクレイとマーガレットが20人分働いているとはいえ、この少人数では、なかなか仕事は(はかど)らない。


「マズいな。わかってはいたけど、これじゃキリがない」


 なにせ、明日の朝までに仕上げないといけないのだ。

 働きながら、どうしたものかと思案していると――。



「フィン・バーチボルト。私たちも、ぜひ力になりたい」

「こういった仕事は初めてですが……」

「ゴチュウモンヲ、ウケタマワリマス」


 やってきたのは、ギルド長と、ギルド職員の面々だった。


「事務仕事を終わらせてきた。それにもとはと言えば私の責任だ。冒険者ほどの足腰はないが、なんでも言いつけてくれ」

「助かります……! ではまず泥の除去と、それから……」


 ギルド長たちに作業内容を伝えつつも、フィンはそろそろ疲れを感じ始めている。

 しかしやるべきことは、まだまだ残っていた。


 フィンは袖で額の汗を拭う。

 ギルド長たちが加勢に来たとはいえ、まだまだ人数が足りない。

 本当にこの作業は、明日までに終わるのだろうか。


「しかし、君はまじめだな」


 顔中を泥と汗まみれにしながら、ギルド長がフィンに話しかける。


「ビンツ男爵のあんな横暴に、わざわざ義理立てする必要もないだろう」

「それはまあ……そうかもしれません」

「最悪の場合、君がこの街から逃げる時間ぐらいは稼ぐつもりでいた。むしろいますぐ上手く逃げてくれとさえ思っていたんだが」


 フィンは泥をすくう手を止めずに言った。


「逃げたく、なかったんだと思います。この街から」


 作業をしながら言葉を続ける。


「たしかに居心地は、良いとは言えませんけど。それでもこのリーンベイルには、いろんな思い出があって、お世話になった人もいる。ギルド長、あなたもそのひとりです」


 そう言って、フィンは少しだけ笑った。


「だから、もし逃げ出すなら、自分にやれることをやってから逃げようかなって」


 お互いに視線は手元に向けたままだったが、フィンにはギルド長がうなずくのがわかった。


「そうか。いささか優しすぎるとは思うが、それも君のいいところだ。この町が抱く君への誤解が、一刻も早く解けることを願っているよ」

「ありがとうございます……ん?」



 ザク、ザク、ザク――



 フィンがふと隣を見ると、ギルド職員でも庭師でもない、ひとりの憲兵(・・)がシャベルで泥をすくっていた。



「つちおいしい」

「あんたは……!」



 いや、ひとりではない。


 気づけば何人もの憲兵たちが、作業を手伝っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ