第二十一話「薬草大爆発事件」
リーンベイル近郊にある大邸宅の、ある一室。
悪徳商人ヂェルミはグラスでワインを飲みつつ、王都からの手紙を読んでほくそ笑んでいた。
「薬草不足はまだ続いているらしいな……ウヒヒヒ、狙いどおりだ」
王都ウルカンヘイムでは供給不足により、薬草の値段が従来の20倍にも跳ね上がっていた。
なにせ薬草がなければ、冒険者や兵士は傷を癒せない。
すると領内を脅かす魔物への対処に、手が回らなくなる。
魔物が増えれば、一般市民への被害も増えてさらに薬草が不足する。
薬草不足はまさに、国家の一大事なのだ。
ところが、悪徳商人ヂェルミの広大な倉庫には、箱に詰められた〈治癒の薬草〉が山積みになっている。
今これがすべて王都に運ばれれば、多くの者が助かるにも関わらずだ。
――しかし。
「これは……まだまだ値段が上がるぞ……もっとだ、もっともっと買い占めてやる」
ヂェルミは舌なめずりをする。
「リーンベイルで採れる良質な“ブツ”は、ひとつ残らず俺の手にあるんだからな……」
冒険者たちがかき集めた〈治癒の薬草〉を、ヂェルミは片っ端から買い占めていた。
輸送隊に賄賂を渡して、本来王都に届くはずの薬草までも自分の懐に貯め込んでいるのだ。
そして値段が限界まで吊り上がったところで、独占した在庫を売りさばく。
転売の差額で楽して大儲け、ヂェルミは笑いが止まらない、という寸法だった。
「ウヒヒヒヒ、この買い占め……うまくいけば、俺は大陸一の大金持ちだ!」
ヂェルミはこの目論見のために全財産をつぎ込み、更には多額の借金までしている。
それだけ、この“まっとうな商売”は堅いと睨んでいた。
「金は頭を使って上手く稼がねえとなあ。俺はバカな連中が汗水たらして稼いだ金で、ヌーク島にデカい別荘を建てて、女を山ほどはべらせて暮らすんだ……ウヒヒヒヒ」
そのとき、部屋のドアが激しく叩かれた。
「ヂェルミ様! 大変でございますぅううううう!!」
「なんだァ? 騒々しい」
入ってきたのは、ヂェルミが雇っている使用人だ。
ぜいぜいと肩で息をしている。
「リーンベイルで……〈治癒の薬草〉が大繁殖しました……っ!」
「ほう」
ヂェルミはニヤリと笑う。
「最近は暖かくなってきたからな。ようし、それも全部まとめて買い占めろ!」
「そんなもんじゃねえんです! まっ、ままま、窓の外を見てください!!」
「そう騒ぐな、商人というものは常に冷静に……」
カーテンを開いた瞬間、ヂェルミは口の中のワインを吹き出した。
「な……そんな……バカな……」
リーンベイルの街があったところに、巨大な緑色の山ができていた。
ヂェルミのワイングラスが、床でパリンと割れる。
「あれがぜんぶ〈治癒の薬草〉なんですぅ!! あれじゃあ、もはや雑草……」
使用人が言葉を言い終えるまでに、ヂェルミは失禁しながら崩れ落ちた。
「ウヒ……ウヒヒ……ヌーク島で……別荘……女……ウヒヒヒヒヒ……」
リーンベイルで採れる〈治癒の薬草〉は、苦味も少なく歯ごたえも爽やかだ。
ヂェルミが借りられるだけの金を借り、全財産をかけて集めていた〈治癒の薬草〉。
それが今日からは、貴重な治療薬から庶民に優しいお手軽なサラダとなった。
………………。
…………。
……。
「死傷者はいないか!?」
〈治癒の薬草〉の山に埋もれながら、憲兵隊長が叫んだ。
「ひとりもいません! なにせ怪我をした瞬間、全回復するので!!」
「なるほど一理ある!!」
大きな被害はというと、ボロボロになったビンツ男爵の庭くらいのものだった。
補修が必要な建物がいくつか出たが、それらは大工や冒険者がなんとかしてくれる。
それよりも、だ。
「ありがてぇ……! こりゃあ神様からの贈り物に違いねぇ……!」
「しかもとんでもなく上質だ。こいつはリーンベイルの新しい特産品になるぜ!」
まさにゴールドラッシュ、いやグリーンラッシュというべきか。
街の人々は喜んで、せっせと〈治癒の薬草〉を集めた。
しかし抜いた端から次々と新しく生えてくる。
大繁殖の原因は不明だが、こんなにありがたいことはない。
「王都の連中、こいつを見たら泣いて喜ぶだろうな」
「ああ、これなら格安で譲ってやれる。ありったけの荷車をかき集めろ!」
善良な商人たちは、目の前に広がる緑色の景色を見て、満面の笑みを浮かべた。
――彼らはそれで良かったのだが。
「本当に申し訳ないッッ!!」
冒険者ギルドの執務室で、ギルド長は深々と頭を下げた。
「まさか〈治癒の薬草〉がこんな大繁殖を起こすとは予想できなかった……。君たちにクエストを斡旋した手前、なんと言って詫びればいいか……」
「頭を上げてください、こんなの誰も予想できませんから」
フィンとしては、後ろめたいことこの上ない。
なにせすべてはクレイの仕業なのだ。
「いっぱい〈治癒の薬草〉が採れるようになりましたよ! 褒めてください!」
「お願いだ、今だけは黙っていてくれ。頼むから」
フィンとクレイのやりとりをよそに、ギルド長は、深くため息をついた。
「これだけ〈治癒の薬草〉が大繁殖したとあっては、さすがにクエストを取り下げざるを得ない……この私としたことが……君の傷に塩を塗りこむような真似を……ッ!!」
ギルド長は悔しげにテーブルを叩く。
職務に対し、なによりも誠実さを重視するギルド長のことだ。
自分で自分が許せないのだろう。
ちなみに今年で3X歳になるそうだが、この真面目すぎる性格のせいでいまだに独身を貫いているらしい。
フィンはかつてベイブが、彼女のことを“行き遅れの女騎士”と呼んでいたのを思い出す。
「なんたる不覚……なんたる不義……ッ! 君たち冒険者の生活を預かるべき、長たるこの私が……ッ! 私はなんのために……なんのためにこの仕事を……ッ!」
フィンの後ろめたさは、どこまでも加速していった。
「ギルド長にはなんの責任もありませんから! ほんとに、草一本分もありません!」
申し訳なさを通り越して自己嫌悪に陥っているギルド長を見ていると、フィンは胃が痛くなってくる。
いっぽう、事件を起こした張本人は、ニコニコと機嫌が良さそうだった。
「草は外にいっぱい生えてますよ!」
「そうだね!」
引きつった笑みを浮かべながら、フィンはクレイの銀色の髪をわしわしと撫でた。
悪気があってのことではないから、叱るわけにもいかない。
ただ、商品流通の仕組みについては、いろいろと教える必要がありそうだ。
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