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第十九話「魔王ちゃんは冒険者になりたい」

 翌朝。


「おっはようございまーっす!」


 ベッドからドサッと、クレイが転がり落ちてくる。


「旦那さま、朝ですよ! 朝のちゅーですよ!」


 昨日のしおらしさはどこへやら。

 寝ている場所が変わっていることにも、気づいていないらしい。

 クレイは今日も、クレイ全開だった。


「ちゅーはなしだ、おはよう……」


 フィンは床から起き上がって、絡みついてくるクレイをいなしながら、毛布を片付けた。


 マーガレットによる、相変わらず大盛りの朝食をたいらげて、フィンとクレイは街に出た。

 宿屋から冒険者ギルドまで、大した距離はない。



 ギルドに到着すると、クエストを選ばず行列に並ぶ。

 パーティーは事実上解散してしまったので、ひとりで仕事を受けるにはまず、ソロでの活動登録を済まさなければならない。


 誤解は解けているはずだが、フィンは少し緊張した面持ちで自分の順番を待った。



 順番が来ると、受付嬢から声をかけられる。


「お待たせいたしました。ご用件をどうぞ」

「パーティーの登録をしたいんだが……」


 そういってフィンは、懐から取り出した大ぶりなメダル“冒険者の証”を見せる。


「職業:狩人、フィン・バーチボルトさんですね。少々お待ちください」


 しばらく待っていると、受付の横の扉から別の案内係の男が出てきた。


「ギルド長がお呼びです。執務室にご案内いたします」


 フィンの背筋に緊張が走る。

 やはりまだ例の悪い噂が尾を引いているのだろうか。


 あるいは別の、たとえば“ドブイタチ”がらみかもしれない。

 クレイと並んでギルドの中を案内されているときも、フィンの心は落ち着かなかった。


 職員たちが忙しそうなオフィスを抜けて、階段を上がったところに執務室がある。


 案内係が分厚いドアを開けると、目つきの鋭いシャープな印象の女が現れた。

 彼女がここ、リーンベイル冒険者ギルドの長だ。


「かけたまえ。噂は聞いたよ」


 フィンとクレイは、深いソファに腰を下ろした。


「いや、正確には噂の変化、というところかな。“盗っ人のフィン”の汚名がすすがれてなによりだ。君には迷惑をかけた。ギルドを代表して謝罪させてほしい」


 そう言って深く頭を下げる。

 ギルド長は、フィンにひとりでクエストを受注させてやれなかったことを、悔やんでいるらしい。


「そんな、顔を上げてください。べつに噂はギルド長のせいじゃありませんし」

「冒険者にクエストを用意するのは、ギルドの義務。それを果たせなかったのは、我々の責任だ」


 ギルド長はもう一度頭を下げ、何枚かの書類を持ってフィンたちの対面に腰掛けた。

 ひとまず、フィンは胸をなでおろす。


 しかしギルド長は暗い面持ちを浮かべる。


「本ギルドにおいては、私が君の潔白を証明する。だが、残念なことに」


 ギルド長は、静かな声でいった。


「いちど傷ついた名誉を取り戻すことは容易なことではない。火が消えても、火傷は残る。それが、身に覚えのないものであったとしても」


 そう説明するギルド長の顔は、本当に申し訳なさそうだった。


「もちろん、ギルドとして君のフォローはしていく。しかし今はマイナスがゼロに近づいただけだ。君自身が一番よくわかっていることだとは思うが」

「それは、自覚してるつもりです」


 フィンは、テーブルの上で指を組む。


「俺が受けられるクエストは、ありそうですか?」


 おそるおそる尋ねるフィンに、ギルド長はため息交じりにこたえた。


「ギルドとはいえ客商売だ。依頼主にも、冒険者を選ぶ権利があることは理解してほしい。それにここだけの話なんだが……」


 ギルド長は声をひそめる。


「ビンツ男爵が、君には特別な注意(・・・・・)が必要だと、依頼主に圧力をかけているようなんだ。腹立たしいことに」


 フィンとギルド長は同時にため息を吐いた。

 男爵はやはり、“ドブイタチ”を壊滅させたフィンを目の敵にしているようだ。


「となると、俺は廃業ですか」

「そうはさせん。あの豚の好きにさせてたまるか」


 ギルド長は手にした書類を机の上に広げた。


「リーンベイルの()からの依頼ならば問題なく斡旋できる。私のほうでいくつか見繕(みつくろ)っておいたから目を通してくれ」


 ギルド長が用意した数枚の書類には、いくつかのクエストが並んでいた。

 しかしどれも“おつかい”と呼ばれるようなものばかりだ。


「できる限りのことはしたつもりだ。あとは自分の手で、(ビンツ)が足元にも及ばないような信用を勝ち取ってくれ、フィン・バーチボルト」

「……そのつもりです。お気遣いありがとうございます」

「“ドブイタチ”と“冒険者殺し”の件、感謝している。君はこんな小さな街に収まるような男ではない。期待しているぞ」


 ギルド長に激励(げきれい)を受け、クエストの依頼書を受け取ると、フィンとクレイはエントランスに戻った。



「地道にやっていくしかないか」


 ぼそりと呟いて、クエストに目を通す。


「せめて、狩人のクエストができればな」

「旦那さま、旦那さま!」


 ずっと黙っていたクレイが、フィンの(すそ)をつかんだ。


「わたくしも、“ぼうけんしゃ”になりたいです!」

「無茶言わないでくれ。手続きはけっこう大変なんだぞ」


 冒険者ギルドは信用が命だ。

 出生地から職歴まで、(そろ)えなければならない書類は多い。


 おまけにクレイの正体は“白銀の凶鳳”魔王イビルデスクレイン。

 出自など知れたものではない。


「クエストを受けるときは、宿でお留守番だな」

「嫌です! わたくしは昨夜、旦那さまを応援すると宣言しました!」


 クレイがそんな駄々をこねているうちに、行列の順番が回ってきた。


「さっさと用件を言ってください。まったくもう、こっちは忙しいんですから!」


 なかなかに愛想の悪い受付嬢だ。

 フィンは“冒険者の証”と、ギルド長から受け取った依頼書を見せた。


「ソロパーティーでの活動登録と、クエストの……」


 そう言いかけた瞬間――。



「【ヒーーープノシーーーーース】ッッッ!!!」



 クレイの元気な声がギルドのエントランスに響き渡った。




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[一言] 「あの豚の好きにさせてたまるか」さすがギルド長…確実にかっこいい…
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