第十三話「魔法剣士ベイブ、退場」
フィンはそっと矢筒に手を伸ばす。
決別のときが来たのだ。
屈辱の日々との、決別のときが――。
風が起こり、木の葉が舞い上がる。
燃え落ちた住居の煙を、さらっていく。
――火花が、舞った。
「舐めるなよ“盗っ人”がァアアアア!! 【サンダー】ッッ!!」
剣が振り下ろされた瞬間、フィンは矢をつがえ、弓を引き絞りつつ、足先で地面に円を描いた。
振り向いたとき、すでにベイブの剣先からは【サンダー】が放たれている。
矢を射たところで、それは止められない――
――はずだった。
「なにッッ!!」
フィンが矢を放った瞬間、ベイブの【サンダー】は、その矢に“落雷”した。
まばゆい火花が森を照らし、地面に焦げた矢が突き刺さる。
「バカなッッ!?」
ベイブは2発目の【サンダー】を放とうと剣を振り上げるが、フィンのスピードはそれをはるかに上回っている。
フィンが放った次の矢は、ベイブの【サンダー】を待たず、正確にその膝を射貫いた。
「ぐああああああああああっ!!」
ベイブは悲鳴を上げながら、樹上の住居から地面へと転落した。
「……“鉄の矢”は高いんだが、持っておくもんだな」
フィンが放った1本目の矢は“鉄の矢”だった。
それが避雷針となり、ベイブの【サンダー】を吸い寄せたのだ。
「いてえ……いてえよおおお!!」
フィンはベイブの悲鳴を無視して、アジトへ続くハシゴを上る。
松明に照らされた狭い住居に入ると、クレイは両手両足を縛られていた。
「怪我はないか?」
「……はい」
元気な返事が返ってくるかと思いきや。
クレイの返事は、本当に小さかった。
フィンはクレイの拘束を手際よく解いていく。
「遅くなってすまなかった。魔王とはいえ、誘拐はさすがにこたえたか?」
「いえ、その……そんなことはなく……」
クレイは、自由になった指先を、ちょん、ちょんと、つき合わせている。
松明の明かりのせいだろうか、その顔は妙に赤く見えた。
「あの……わたくし……誰かに救い出された……というのは……初めてでして……」
「それはまあ、そうだろうな」
“白銀の凶鳳”魔王イビルデスクレイン。
それがさらわれて人間に救出されたなんてことは、歴史上あり得ない話だろう。
「貴重な経験をしたな。どんな気分だ?」
「胸がきゅうって……いえ……その……なんでも……ないです……」
「なんでもないなら、よかった」
いつも元気なクレイが、妙にもじもじしている。
「あと……旦那さまに名前を呼ばれたの……初めてで……」
「そういや、そうだったな」
「……また……呼んでほしいです」
松明に照らされて、うるんだルビーの瞳が、上目遣いにフィンを見た。
くちびるが少し、震えているように見えたのは、気のせいだろうか。
「……あとでいくらでも呼んでやる」
ぶっきらぼうに言ったつもりのフィンだったが。
自分の声色が、思いのほか優しいことに、我ながら驚いていた。
フィンはいつになくしおらしいクレイを連れて“ドブイタチ”の住居を出た。
木の下に目をやると、まだベイブが悲鳴を上げている。
「矢を! 矢を抜いてくれ! ぎひいいいい! 痛いよぉおおおおお!!」
「……あいつの面倒も見なくちゃ、だな」
フィンはハシゴを下りると、うつ伏せになっているベイブの体をひっくり返した。
「早く! 早くしてくれ! いてえよおおお!!」
「抜くときも痛むんだけどな。我慢しろよ」
「へ?」
ベイブの膝に突き刺さった矢を掴むと、フィンはそれを勢いよく引き抜く。
――肉のちぎれる音がした。
「ぐあああああああああああ!!」
「悪いな、矢に“返し”がついてるんだ。こればかりはどうしようもない」
刺さった矢が、容易に抜けないための仕組みだ。
「ひいいい! 殺さないでくれええええ!!」
「そんな気はない、治療くらいはしてやる」
フィンは鉄の矢を拾って、ベイブのかたわらに突き立てた。
そして革袋を取り出し、えぐれた傷口に治療薬を塗ってやる。
「すまねえ……本当にすまねえ……! 俺がバカだった、許してくれぇ……」
ベイブは涙と鼻水を垂らしながら懇願した。
「許してくれよぉ……子供の頃からの友達だろぉ……」
「わかったから歯を食いしばってろ。沁みるぞ」
「うぎいいいいいいッッッ!!」
激痛に耐えるように、ベイブは必死にフィンの服の裾を掴んだ。
フィンはそれに構わず、丁寧に薬を塗っていく。
「なぜこんなことをした」
「やりたくてやってたわけじゃねえ!」
ベイブは泣きじゃくりながらフィンにすがりつく。
「信じねえかもしれねえけどよぉ……パーティーでお前をいじめてたのだって、俺の意思じゃねえんだ!」
フィンの手が、止まった。
「何か、理由があったのか?」
「そうなんだ! 脅されてたんだよォ! その小娘を誘拐したのも! どれもこれも、俺が考えてやったことじゃねえ!」
「脅された……? 誰かの差し金ってことか?」
ふうっ、ふうっ、と痛みに耐えながら、ベイブは信じ難いことを口にした。
「サンティだ!」
フィンは耳を疑った。
「全部サンティに命令されたんだよぉッ!!」
フィンの口から「馬鹿な……」と、言葉が漏れた。
ベイブの全身には耐え難い激痛が走っているはずだ。
嘘を吐く余裕があるとは思えない。
「あのサンティが……なんでそんなことを?」
「それがあの女の……サンティの趣味なんだよぉ!」
ベイブはほとんど泣き叫ぶようにして言った。
「男をいじめ倒して、そいつを助けるフリをして、それから……それからぶっ殺すのが!!」
パーティーで、ただひとりの味方であったサンティが。
「………………」
さすがにベイブの言葉を、そのまま信じるわけにはいかなかった。
しかしフィンは考える。
ここまで痛めつけられたベイブが、意味もなくこんな嘘を吐くものだろうか。
――いまここで考えても、答えの出る問題ではない。
「だから、本当に、今まで、本当にすまなかった!! 許してくれえ!!」
「ああ、それはもういい。だから二度と、妙な気を起こすんじゃないぞ」
「わかった! わかったよぉ! 今日から心を入れ替えるって誓う! 約束する! 悪かったよぉ!!」
フィンの手当てがひとしきり終わったところで、樹上の住居から、クレイがすとんと降りてくる。
「行こうか」
「はいっ!」
ふたりはベイブに背を向け、歩き出した。
「………………ざッけんな……」
蚊が鳴くよりも小さな声で、ベイブはそう呟く。
音を立てないように、そっと剣を握る。
そうして寝そべったまま、ゆっくりと振り上げた。
「生きて返すと思ったかバカが!! 【サンダー】ッッッ!!」
剣が青い雷を帯びたかと思うと、剣先から最大火力の雷撃がほとばしる。
ベイブの“悪あがき”は、無防備なふたりの背中に襲いかかると思われた――
――が。
「んなッ!!」
剣から放たれた雷は、まっすぐベイブへと落下した。
――正確には、ベイブのすぐそばに突き立てられていた、“鉄の矢”へと。
「ぎいやあああああああああああああああッッッッッ!!!!!!」
今までで、いちばん大きな悲鳴が、ベイブの肺からしぼり出された。
ゼロ距離から自身の、全力の【サンダー】をまともに喰らったベイブは、もはやピクリとも動かなくなる。
「………………」
フィンは振り返り、黒焦げになっている哀れなベイブを見つめた。
そうして、悲しげに呟く。
「俺はな。お前が、心の底から謝ってくれているんだと、思っていたんだ……」
ベイブは、何も答えない。
「行きましょう、旦那さま」
クレイが、フィンの袖を引く。
フィンは静かにうなずいた。
「……ああ」
ふたりは、ベイブを背にして歩き出す。
背後で、住居がまたひとつ、焼け落ちる音がした。
「………………」
遅かれ早かれ、サンティには真実を問いたださなければならない。
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