第十一話「魔王ちゃん誘拐される」
「これからは、あの部屋を自分のウチだと思いな!」
マーガレットのそんな言葉を聞きながら、フィンは宿屋の外に出た。
すると道行く人が、妙にざわついている。
「そういや、あのクレイとかいう娘っ子はどこへ行ったんだい?」
「あいつなら、さっきまで大道芸を……」
気づけば、大道芸人もいなくなっている。
それも商売道具を残したまま。
「……ひょっとしてあいつ、また何かやったんじゃないだろうな」
通りにいた男のひとりに、フィンは声をかけた。
「おいあんた、ここにいた女の子を知らないか?」
男はあからさまに、うさんくさそうな顔でフィンを見た。
「ああ? お前“盗っ人のフィン”だろ? お前みたいなやつに答えることは何もねえよ」
「おいおい“盗っ人のフィン”まで来やがったぜ」
「この街も物騒になったな」
あちこちから声が聞こえる。
いくらロンゴとレレパスが逮捕されたとはいえ、連中のまいた噂がすぐに消えるわけではない。
誰もがマーガレットほど、耳が早いわけではないのだ。
フィンがため息をついていると、
「いいから、銀髪の小娘がどこへ行ったか教えなァァァッッッ!!!」
ガラス戸がビリビリと震え、怯えた小鳥たちが飛び立った。
大地をゆるがす、マーガレットの凄まじい怒鳴り声だ。
「あたしが言えた義理じゃないけどねェ!! いい加減バカみたいな噂から目を覚ましな!!」
そう言ってマーガレットは、フィンの背中をバァンと思い切り叩いた。
フィンは思わずたたらを踏む。
「フィンは盗っ人なんかじゃないよ!! いい嫁さんをもらった立派な狩人さね!!」
マーガレットの声が、宿屋街に響き渡った。
通りにいた者たちは驚きの目でフィンを見る。
「ま……マーガレットさん……! なのか……?」
「あたしの他に“リーンベイルのマーガレット”がどこにいるってんだい! いるなら連れてきな!!」
「いやでも、その筋肉は……」
「あたしの知ったこっちゃないよ! 女の体になんの文句があるってんだい!」
街の顔役である女主人マーガレットの言葉に、人々は黙り込んだ。
フィンに声をかけられた男は、仕方がないといった様子で答える。
「……わかった、話すよ。ただ、俺が言ったってことは秘密にしておいてくれ」
なにか事情があるらしい。
それは、次のひとことでわかった。
「“ドブイタチ”の連中だ。あいつらが、銀髪の女の子をさらったんだよ」
――“ドブイタチ”――。
リーンベイルの街で最凶と言われている、ゴロツキ集団だ。
違法な金貸しや恐喝などで荒稼ぎしているが、最近では人さらいにまで手を染めているという。
だというのに、憲兵に賄賂を渡しているので捕まることもない。
“盗っ人のフィン”などとは比べものにならない、正真正銘の鼻つまみ者たち。
「俺が喋っただなんて、絶対に言わないでくれよ! あんなやつらと関わったら命がいくつあっても足りやしねぇ!」
それだけ言い残すと、男は足早にその場を去って行った。
やがて集まっていた群衆も、散り散りになる。
残されたフィンは、考えた。
連れ去られた理由は、見当がつく。
――ベイブだ。
ロンゴに続きレレパスが逮捕されたことは、少しずつ街に広まっている。
その両方の場にフィンがいたことを、ベイブが知った可能性は十分にあるのだ。
“フィンがついに復讐を始めた”――そう考えたとしても、不思議はない。
そして、次は自分の番だと考え“ドブイタチ”に金を渡した。
おそらくはそんなところだろう。
それにしても――。
「なんで、抵抗もせずにさらわれたんだ……?」
しかしその自分の言葉で、はたと気づく。
魔王の力を使うな、とクレイに言い含めたのはフィン自身だ。
つまり、クレイはフィンの言葉どおり、一切の抵抗をしなかった。
暴漢を前にしてさえ、クレイはフィンの言葉を守ったのだ。
そうとしか考えられなかった。
「自業自得……じゃないか、俺みたいな奴につきまとって……」
クレイは勘違いを重ねて、ロンゴやレレパスを留置所送りにし、そしてベイブの怒りを買った。
自己責任だ。
そんなふうに自分を言いくるめようとしたが、なにかが引っかかる。
背中に負った矢筒が、奇妙に重い。
そこで、マーガレットが口を開いた。
「ウチの亭主は酒飲みのばくち打ちのロクでなしだった……でもね、いちどだけ男を見せたんだ」
遠く空を見つめて、マーガレットは言った。
「それを知ってるから、私は今でも墓参りに行ってる。亭主がなにをしたかなんて、ヤボな話はしないけどね」
宿屋街に風が吹く。
風が矢羽根に当たって、矢を鳴らす。
「いいかい、フィン・バーチボルト。男の人生で、本当に“男”を見せるチャンスなんて、何回もないんだよ」
フィンが振り向くと、マーガレットは快活に笑った。
「チャンスをフイにするんじゃないよ! 毎月女が墓参りに来るような男になりな!」
「………………」
弓と矢筒を担ぎ直して、フィンは言った。
「墓を建ててくれるような親類は、いないんですけどね」
「死んだときゃあ、私に任せな! でっかい岩を運んでやるよ!」
「そりゃあ、助かります」
その言葉を背にして、フィンは宿屋街を出た。
“ドブイタチ”のアジトはわかっている。
――森の中、誰もがそこを避けて通るからだ。




