第一話「魔王との出会い」
冒険者たちが集う小さな街リーンベイル。
狩人フィン・バーチボルトは、パーティーとともに、街の近くの森へ薬草集めに来ていた。
つい先日、魔王を倒すために王都で結成された千人を超える討伐隊が、多数の負傷者を出したのだ。
おかげで〈治癒の薬草〉が飛ぶように売れているらしい。
パーティーリーダーの、魔法剣士ベイブが言った。
「ひとり200束は集めるぞ」
そこでレレパスが不満を漏らした。
「こんなのフィンひとりにやらせればいいじゃない」
レレパスはベイブの恋人で、魔法使いだ。
薬草集めのクエストは不満らしい。
ロンゴも不平たらたらだった。
「そうだぜェ、俺たちがなんで〈治癒の薬草〉なんか集めなきゃいけねェんだ。下っ端の仕事だろうがよォ!」
戦士ロンゴは、さっそく作業に取りかかっているフィンを睨みつけた。
「そうしたいのは山々だが、このノロマに任せてたら日が暮れちまう」
ベイブがせせら笑う。
「………………」
フィンがこんな扱いを受けているのには、理由がある。
身に覚えのない悪い噂が街中に流れているからだ。
“盗っ人のフィン”
ロクに働きもしないパーティーの寄生虫。
いつも仲間のアイテムを盗む。
そして万引きの常習犯。
レレパスとロンゴが、そんな噂を流しているらしい。
そのせいで、このパーティーを抜けてひとりでクエストを受けることもできない。
冒険者は信用が第一だからだ。
根も葉もない噂のせいで、フィンは完全にその信用を失っている。
黙ってベイブたちに従っているしかなかった。
均等に分けるべき報酬も、ほとんどピンハネされている。
フィンの生活はとても苦しい。
宿代の支払いもすっかり溜め込んでいる有様だ。
「みなさん、やめましょう」
5人パーティー最後のひとり、回復術師のサンティが言う。
「パーティーで受けたクエストなんですから、みんなで取り組まないと」
サンティだけが、不思議とフィンに優しかった。
「頑張りましょうね」
「……ありがとう」
もしサンティがいなかったら、フィンの心はとっくの昔に折れてしまっていたかもしれない。
「わかったよ、じゃあ取りかかろう」
ベイブがそう言うと5人は森に分け入り、薬草探しを始めた。
〈治癒の薬草〉は、朽ちた倒木の影に密生していることが多い。
フィンはノルマを超えて、300束ほど〈治癒の薬草〉を集めた。
こういう作業は嫌いじゃない。
「ようフィン、調子はどうだァ?」
髪に櫛を当てながら、戦士のロンゴが声をかけてきた。
「とりあえずノルマはこなしたよ」
「そりゃいい、俺がベイブに届けてやるよォ」
嫌な予感しかしない。
「いいよ、俺は自分で」
フィンがそう言いかけると、ロンゴに睨みつけられた。
「いいから出せよ」
ここで逆らってもロクなことはない。
フィンはしぶしぶ、ロンゴに薬草の束を渡した。
「それでいい。ゆっくり休んでな、ギヘヘヘヘ……」
ロンゴが親切心を見せるなど、空から槍が降ってくるようなものだ。
間違いなく、自分の手柄にするのだろう。
フィンは急いで、その場に残った〈治癒の薬草〉をかき集める。
「おいフィン!」
予想通り、ベイブの怒号が飛ぶ。
「そりゃ、どう見てもノルマに足りてねえよな!?」
フィンの持っている〈治癒の薬草〉を、ベイブは叩き落とした。
「こんな簡単なこともできねえのかよ!!」
その横で、ロンゴが下品な笑いを浮かべている。
やはりフィンが集めた薬草を、自分の手柄としてベイブに渡したらしい。
「なんでそこまでやる気ないんだよ、おめえはよお!」
ベイブが木を蹴りつけて、木の葉が散った。
見れば、レレパスも腕を組んで、機嫌悪そうにしている。
「………………」
ベイブとレレパスのことだ。
おおかた、ケンカでもしていたのだろう。
どうやらそれで、いつも以上に当たりがキツくなっているらしい。
「待っててやるからよ、もう500束集めてこいよ」
「ノルマはひとり200束のはずだろ……」
「ペナルティだよ。根性たたき直して来い!」
こうなったベイブにはもう、なにを言っても通じない。
フィンは仕方なく、さっき叩き落とされた薬草を拾い集めた。
近くの〈治癒の薬草〉は、もう穫り尽くしてしまっている。
ならば森の奥を目指すしかない。
フィンは深い森へと分け入っていった。
「……ひとりのほうが、かえって落ち着くなあ」
3人に嫌がらせをされ続けるより、その方がいいに決まっている。
しかし冒険者としての信用を奪われたフィンは、生活のため、このパーティーにしがみつくほかないのだ。
フィンは枯れ葉の敷き詰められた浅い谷を降りていく。
先は小さな広場になっているようだ。
「……ん?」
広場の真ん中に、奇妙に盛り上がった小山のようなものが見えた。
少し、動いているような気もする。
――巨大な魔物かもしれない。
もし魔物であれば、放っておくと近郊の村を襲う可能性もある。
そういった危険を事前に取り除くのも、冒険者の仕事だ。
小山の正体を確かめるべく、フィンは慎重に近づいていった。
それは、息をのむほど美しい――しかし傷ついた、巨大な“鳥”だった。
銀色の羽、しなやかに伸びる長い首。
そのところどころから血を流している。
呼吸は浅く、今にも死に絶えそうに見えた。
「こいつは、まさか……!」
『魔王イビルデスクレインの討伐:金貨50000枚!』
そのクエストは、冒険者ギルドの掲示板の上に、昔からでかでかと貼ってある。
冒険者であれば誰もが知っている存在。
千人の討伐隊が敵わなかった、あの魔王だ。
魔物を統べる王――魔王と呼ばれる特異な生物は、この世界に4体いると言われている。
圧倒的な力を持つそれらは、もはや生物という次元を超えた“生きる災害”であった。
人々は大自然の脅威たる王の存在を怖れ、崇拝し、あるいは果敢に挑んだ。
そしていつしか、かの絶対的な強者たちは、畏敬の念を込めて『魔王』と呼ばれるようになった。
その一角をなすのが、“白銀の凶鳳”イビルデスクレインだ。
それがいま、フィンの目の前で、瀕死の重傷を負って横たわっていた。