第5話 アリスと衣装のつながり
お友達さんが開いてくださった扉を、ヒロシさんは慣れた様子でくぐりました。
おうちに入るのですから挨拶するべきでは? なにも言わなくて良いのでしょうか?
でも、さきほどすでに『お邪魔いたします』と言ってしまいましたから、なんと言えば?
「失礼いたしま……っ」
ここまで靴を履いたままでしたので、てっきりここからがお友達さんのおうちで、すぐに靴を脱ぐ玄関があると思ったのですが、違いました。
施設であれば、皆で集まってお話しするお部屋の談話室のように見えました。
大きな窓からはレースのカーテンを通して明るい光がたくさん入っています。これだけなら、ちょっと、いえ、かなり広いお部屋だと思えたかもしれません。
でも中央には、椅子がよっつしかありませんが、八人は座れそうな大きなテーブルセットがあります。
横長な窓際には細長いカウンターテーブルが備え付けられており、一人の男性が、飲み物を横に置いてPCに向かっているのですが。部屋に入った私たちを気にする様子がまったくありません。さきほど駅前で見かけたPCが使える飲食店を思い出しました。
窓のない面の壁には雑誌や本がギッシリ入った天井まである棚になっています。反対側の壁には、なにも映っていませんが大きな薄型テレビが掛けてあります。それぞれの前には、四人掛けできそうなソファがひとつずつおいてあります。
「座ってて」
「ほら、アリスちゃん、こっち。ここに荷物を置いたらいいよー」
ヒロシさんがテーブルセットの方から手招きしてくれて、ようやく我に返りました。
帽子と上着をぬいで、ヒロシさんに勧められるままに、鞄も一緒に空いている椅子に置きます。
ヒロシさんと私が椅子に落ち着くと、丈の長い黒いワンピースに白いエプロンを着けた女性がワゴンを押してきました。おしぼり、お水、お菓子と手際良くテーブルに並べていきます。
ここは個室として利用できる喫茶店で、ここを経営しているのがお友達さんの親御さん、というところでしょうか。
ジャムやナッツのクッキーと薄くスライスされ揚げられたジャガイモが大皿に、それぞれの小皿には小ぶりのケーキをみっつも乗せてくれました。
ケーキは色味や形状からして、チョコ、抹茶、栗でしょうか。小さいのにそれぞれ違ったデコレーションで可愛らしいです。
「失礼ですが、お嬢様、アレルギーや苦手な食材などはございませんか?」
ティーカップに紅茶を注ぎ終えた白エプロンの女性が、優しくたずねてくださいました。
「ご親切にありがとうございます。大丈夫です。どれも可愛いですね」
「恐縮です。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
にっこり笑ってくれた白エプロンの女性をなんとなく目で追っていると、窓際に座る男性の飲み物を取り替えていました。
「サクー、先に食べるよー? いただきまーす」
ヒロシさんはプチケーキをフォークで突き刺すと、ぱくり!
見ている間に、ひょいぱく、ひょいぱくと、あっという間にヒロシさんのケーキがなくなりました。
「……」
「んんー? アリスちゃん食べないの? 美味しいよ?」
ヒロシさんが紅茶の入ったカップを傾けていると、白エプロンの女性が空いたヒロシさんの小皿を下げて、新しい小皿に大皿いっぱいに入っていたスライスジャガイモを不思議なトングで移し入れてくれます。
ケーキの時よりも勢い良くスライスジャガイモを口に運び出したヒロシさんのカップに、さりげなく紅茶が足されました。
「あー、これこれ。ほんとうまいっ」
どうしましょう。
ヒロシさんを参考にしたいのですが、今のを真似するのはちょっと、いえかなり難しいです。
順番や勢いはともかく、きっと美味しくいただいたらいいんですよね?
「……いただきます」
緊張で喉が渇いていたこともあって、まずお水のグラスに手を伸ばしました。
グラスには複雑なカットが入っていて、想像以上に重たくて驚きました。落とさないように気をつけて持ちます。
さわやかな柑橘系が香る冷たいお水はとても美味しいです。
次に紅茶のカップを手に取ります。
よく見ると、秋の草花が繊細に描かれたものでした。なにかまではわかりませんが、ほっとする香りの湯気がただよっています。
一口飲んで落ち着いたところで、ケーキを食べることにしました。
チョコは正方形で、外側はキラキラとろーりとしています。
抹茶は長方形にカットされた断面からしてムースのようです。ちょこんと乗った生クリームが可愛いです。
栗は小さいタルトカップに入ったモンブラン。てっぺんの小さな栗が愛らしいです。
みっつのプチケーキそれぞれに金粉が輝いています。
どれも見ているだけで美味しそうで、どれから食べようか迷ってしまいました。
「あとはいい」
「かしこまりました。失礼いたします」
白エプロンの女性は紅茶のポットとミルクピッチャーと砂糖壺、小皿とトングをテーブルに置いて退室しました。扉は開け放たれたままなので、ほどよく風が抜けていきます。
いつの間にか窓辺にいる男性と話していたお友達さんが、ヒロシさんの方に戻ってきました。
「これ」
「なになに?」
おしぼりで手を拭いてから、ヒロシさんはお友達さんから差し出された紙束を受け取りました。
「相変わらずサクの絵、激うまだねー。これってサクがデザインしたの?」
「違う」
「ふーん? あ、これって、前にアリスちゃん着てたのと似てる?」
ヒロシさんから渡された一枚には、私と同じ黒髪おかっぱの女の子が、私のお気に入りのワンピースと同じ柄のワンピースを着ているイラストが描かれていました。
ワンピースと共布のカチューシャも、白いレースの靴下や合わせていた靴まで同じです。
「すごいですね。チェックの色柄までそっくりです!」
私がまじまじと見ている間に、残りの紙束をパラパラとめくっていたヒロシさんは、また一枚を抜き取りました。
「今日の服はこれかな?」
私が今日着てきたのは、黒のサスペンダーで支える落ち着いた色合いのショートパンツにフリルシャツ。その上に短いマントとベレー帽です。
「膝下すぐにある靴下どめがサスペンダーと同じ黒で、アクセントになっているのよ、だからぜひ一緒に身に着けてね」とお洋服をいただくときに聞いたのを思い出します。
どこか遠い異国の学生服みたいで気に入っています。
それがそのまま、手にした紙にイラストとして描かれていました。
帽子やシャツのデザイン、マントやショートパンツの色合いや丈まで同じです。
「まさにこのお洋服ですね」
「アリスちゃんの着てる服って有名なブランドものなの?」
「いえ。あの、手作りなんです」
「へぇ。手作りとは思わなかった。すごく良くできてるね。お店で売ってるのと変わらないよ。アリスちゃんが作ったの?」
「私は作れません。施設で仲良くなった方が、もともとは子供服を作る方で、その方が作ってくださいました」
「この中にまだ作ってもらった服があるか?」
お友達さんがヒロシさんの持っていた紙束を取り上げて私に突き出しました。
「え、まだあるの?」
「こちらの中にあるかはわかりませんが、たくさん作っていただきました」
イラストはどれも今の自分と同じ髪型の女の子がモデルなので、不思議な気持ちになりながら一枚ずつ見ていきます。
女の子はモデルさんなのか、実に様々な服を着ています。
着ぐるみが多いので、子どもを相手にイベントをされる方なのでしょうか?
大部分が蛍光色の服や、水着みたいな服は、私にはとても着こなせません。
ドレスのようなものや鎧などもあるので、劇団員の方なのかもしれません。
「こちらが同じものです」
いただいたお洋服と同じイラストがさらに三枚ありました。
「他は知らない?」
「はい」
「たくさんもらったと言ったからには、まだあるはずだ。ここにない服はどんな服なんだ?」
「寝間着や部屋着といった、おそとに着ていけない服ですね」
着心地がいいので、家では愛用しています。
「サクー、そろそろ説明してよー」
「まだ聞きたいことがある」
お友達さんは私をまっすぐに見つめて言いました。
「あんた自身はSOUVENIRをしたことがないみたいだが。なんで『紅葉の謎』を解きたい? 解くだけなら他にも『謎』があるだろう?」
どうして『紅葉の謎』を解かなければならないかなんて。そんなの私だって知りたいです。
でも、もう、誰にも聞けないのです。解くしかないではありませんか。
「……約束、したからです」
「約束? 誰と?」
「施設の皆さんとです」
お友達さんの視線を受けたヒロシさんが説明してくださいました。
「俺のじぃちゃんが入ってた終末医療施設だよ。じぃちゃんはそこで死んだんだ。俺は行ったことないけど、アリスちゃんの話を聞く限り、そこのみんなは仲良く過ごしてる感じだから、意地悪で押しつけられたとかじゃないと思うよ」
「もちろんです!」
「山内」
窓際でPCの前にずっと座っていた男性が、テレビの前に移動していたことにも驚いたのですが。テレビと長いコードで繋がったノートPCごとテーブルにやってきました。
「映しますよ」
大きな壁掛けテレビに、色鮮やかに輝く紅葉が広がりました。
「すごいなー。動く写真みたいだ」
「もうこんなに色づいているのですね。どこの紅葉なのですか?」
「あんた、ここに見覚えは?」
「ありません。こんなにきれいな紅葉は見たこともないです」
「これSOUVENIRだろ? ここもどっかの名所?」
これがゲーム画面なのですか?
あらためて見直しましたが、私には本物との違いがわかりません。
「まだどこかわかっていない。山内、それはそのまま、ここに」
一枚のイラストを受け取ったヤマウチさんは、もう一台のノートPCにコードを差し替えました。
大きなテレビ画面は、一面に映っていた美しい紅葉から、うさぎのような耳の生えた女性がいる見知らぬ街に切り替わりました。さすがにこの街はゲームの中だと私にもわかります。
ヤマウチさんがPCに繋げたなにかを操作しますと、テレビの中のうさ耳女性が軽快に走り始めました。
うさ耳女性が緑の美しい小道に入ったところで、
「あのワンピースだ!」
「イラストそっくりですね!」
ヒロシさんと私は同時に声を上げました。
小道には、私がいただいたのと同じワンピースを着た、私と同じ髪型の女の子が歩いていたのです。
「あんた、ここに見覚えは?」
「……ありません」
ゲームをしたこともなく、外を歩くことさえままならないのに、見覚えがあるわけないじゃないですか!
思わず幾分うらみがましい声になってしまいましたが、お友達さんは気にした様子もなくてほっとしました。
「山内、次はここだ」
うさ耳女性はまた走り始めました。
あんな風に思いきり走れたら、どれほど気持ちが良いでしょう。
そう思いながら見ていると、うさ耳女性はぼんやり光る柱に触れて、風景が一変しました。
うさ耳女性はそこからも迷いなく走ってはしって。色のない、さみしい雰囲気の丘へとやってきました。
「今日のアリスちゃんだ!」
「本当に同じ服ですね!」
丘の上には、まさに今日の私と同じ格好をした、さきほどと同じ女の子が立っていたのです。
「ここは知ってる?」
「知りませんし、見たこともありません」
そのあとも、お友達さんは、私が選び出したイラストと同じ服を着た女の子のいる場所を見せてくれました。
そのたびに「見覚えがあるか?」「知ってるか?」と聞かれるのですが、どれも否定することしかできません。
だんだん申し訳なくなってきました。
私が行ったことのある場所など数えるほどしかないのです。お友達さんは、いったいなにを知りたいのでしょう?
「サクー、さっき見たイラストって、このNPCだったんだ?」
「そうだ。このNPCは名所案内役として、名前や姿は同じながらSOUVENIRに何人も同時に存在している」
「まさにNPCだねー」
「具体的には今これだけの人数がいる」、とお友達さんは紙束を示しました。
色付きでそっくりに描かれたイラストの数は、さきほど拝見した感じ、百枚はあるでしょう。
「同じ服もひとつだけなら偶然かもしれない。しかも、あんたは全部の服を持っているわけじゃなかったし、持ってる服の場所を知ってるかと思ったら、場所も知らなかった」
「すみません」
「いや、知らないことがわかったからいいんだ」
お友達さんはイラストが描かれた紙束をふたつにわけて机に重ねていきます。
「現在わかっている服で一番多いのはこっち。ご当地ゆるキャラの着ぐるみや、名産品をイメージした服。続いて、色や形に特徴があるゲームらしい服だ。これはプレイヤーの装備品でもある。季節イベントで配布されたネタ服もあった」
「あぁー。水着とかサンタ服とかあるよねー」
お友達さんは五枚だけ広げて置きました。
「懐古的な雰囲気ながら、現実に着てどこかへ出かけられるような服らしい服は、あんたがもらったという服だけなんだ」
言われてみれば確かにそうです。
イラストのほとんどが日常で着られるような服ではありませんでした。
「服を作ってくれた人は他になにか話してなかったか? ここまで同じだということは、なにかしらの理由があるはずだ」
「お洋服のポイントですとかは伺いましたけれど。SOUVENIRについてはなにも。なにしろSOUVENIRという名称を耳にしたのが、あの時ただ一度だけ……で」
そこまで話して、あの時のことが思い出されました。
「『謎を解くときは、ぜひ私の作ったお洋服を着ていってね。私のお洋服がきっと力になるから』、と、言われました」
そうです。
いただいたお洋服を気に入った私は着始めた理由をすっかり忘れていましたが、確かにそう言われていました!
「ということは、その服にはやはり意味がある。どちらが先だ? 服の作り手がデザインしたのか、SOUVENIRの衣装を見て作り手がその通りに作ったのか」
「施設でSOUVENIRの話が出たのはただ一度きりですので。私にはわかりかねます」
謎が解けたのか深まったのか、よくわからなくなってしまいました。