第4話 アリスと朔哉の家
洋太朗さんを弔問した日の翌日、ヒロシさんから連絡をいただきました。
MMOに詳しいというお友達さんは、SOUVENIRも『紅葉の謎』もご存じだそうです。ただお二人の都合があるので、会えるのは二週間後になると書かれていました。
『連絡も会えるのも遅くなってごめんねー』と結ばれていたのですが、遅いだなんてとんでもない!
私は一日外出したら、数日は動けなくなってしまいます。むしろ、二週間いただけたことで、会える日までに準備ができるというものです。
送っていただいた日、駅で降りた私をヒロシさんが大変心配されていたので、家に着いてから無事に帰宅した旨を連絡しました。ヒロシさんはすぐに体調を確認する内容を返してくださいました。
私はすぐに返信が来たことに驚きました。
筆まめというのはヒロシさんのような方のことでしょうか。それとも、スマホでのやりとりとは、皆これほど迅速なものなのでしょうか。
とにかくお待たせしてはいけないことはわかりましたので、今回の待ち合わせ場所にも、十五分前に到着するように気をつけました。
待ち合わせ場所はヒロシさんの最寄り駅です。
休日のお昼が終わったくらいの時刻だからか、たくさんの親子連れとすれ違います。ロータリーに着いてあたりを見回すと、人待ち顔の方々がぽつぽつとあり、飲食店のガラスの向こうで飲み物をおともにスマホやPCを覗いている方が見えました。
外でまで、いったいなにをそんなに熱心に見ているのでしょう。
不思議に思っていると、目の前にヒロシさんの車がすべりこんできました。
ヒロシさんは助手席側の窓を開けて、運転席から私をまじまじ見て言いました。
「アリスちゃん、今日もかわいいね」
「恐れ入ります。ヒロシさんが見ていたように現れて驚きました」
「やった。ピッタリだった? アリスちゃんはきっと早く来るだろうと思って早めに来たかいがあったよー。さぁ乗ってのってー」
今日もよろしくお願いいたします、と助手席に腰をおろしてシートベルトをしめます。
「んじゃ、しゅっぱーつ。アリスちゃん、今日まで待たせてごめんねー。待ってる間ヤキモキしてたんじゃない? あいつの都合だけだったらもうちょい早くいけそうだったんだけど、俺の仕事の調整が難しくってさー」
「重ね重ねありがとうございます。会っていただけるだけでもありがたいのです。少々待つことなど苦でもありません」
「えー。まぁ、それなら良かったけど。アリスちゃん、即レスできなくてモメたこととかない? もしかして、アリスちゃんのいるグループって、お嬢様系?」
ヒロシさんがなにを言っているのか微妙にわかりませんが、とりあえず連絡は迅速がいいようだというのはわかりました。
「そうだ。アレ、ちゃんと持ち歩いてる?」
「私は夜道を一人歩きすることなどありませんので、持ち歩いてはおりませんが、今日は持ってきましたよ」
「うんうん。使い所をわかってくれてなによりだよ。男の家に行くのに注意しすぎることはないからねー」
ヒロシさんのお母様があの場で私にスタンガンをくださったのは、私の身を心配したからというのも間違いではないのでしょう。でも、どちらかというと、息子であるヒロシさんの身の潔白を証明するために渡されたのだと、今は思います。
それくらいヒロシさんのお母様は息子を信頼しているのでしょう。
「いきなり見知らぬ家とかハードル高いよね。あ、誓って、俺もあいつもアリスちゃんに妙なことはしないから! 危険を感じたら、すぐビリッとやっちゃっていいからね! 俺もあいつに会うの久しぶりだから、せっかくだし、どっか店に行こうよって言ったんだけどさー。あいつがネットに繋がってるPCから目を離したくないって言うもんだから、あいつん家になっちゃったんだよねー」
「それはSOUVENIRのためだと理解しています。むしろお邪魔する立場ですのに、手土産などはいらなかったのでしょうか?」
「あぁー。うん。それはすでにあるようなモンだから大丈夫。あいつんとこは、なんていうか色々デカい。あいつも大柄だし。けどまぁ普通にしてたらいいよ」
「……」
少しもわかりませんでしたが、とにかく普通にしていたらいいということだけはわかりました。
私には、その普通がわからないので、それとなくヒロシさんを参考にさせてもらうことにします。
車が減速しました。早くも到着したようです。
私たちが乗っているヒロシさんの車が(運転がお好きだそうで、お給料を貯めて購入したそうです)ゆっくりと高い壁に近づくと、シャッターが自動で上がっていきます。
そのまま坂道を降りて地下へと進むと広い駐車場がありました。お友達さんのおうちはマンションなのでしょうか。
車をとめて大きなエレベーターであがると、そこはもう広いエントランスでした。
天井が高いからか、車椅子や担架が通る施設の玄関よりも大きく感じます。
光と風を感じて顔を向けると、開け放たれた扉の向こうに、ととのえられた広いお庭が見えました。
花が咲き誇る中に噴水まであります。
秋は春と同じくらい花が咲く季節だと聞いたことがありますが。本当に満開で、どこを切り取っても絵葉書にできるような美しさです。
「いらっしゃいませ、ヒロシ様」
いつの間にか、喫茶店の店員さんのような格好のおじいさまが微笑んでいました。
「榊さん、おっじゃまっしまーす。あー、なんかけっこう久しぶりだけど変わってないね」
「ヒロシ様もお変わりないようで、なによりです」
「お、お邪魔いたします」
「初めまして、可愛らしいお嬢様。ようこそおいでくださいました」
ヒロシさんを真似てご挨拶したのですが、正解だったようでほっとしました。
ここはお友達さんのおうちなんですよね?
正面には大きな絵が、床にはお花いっぱいのどっしりとした……花瓶だとは思うのですが、私が横になって二人入れるくらい大きくて色鮮やかな複雑な形をしたものが飾られています。
玄関も、続く廊下も、丈夫そうなつるりとした素材で、靴を脱ぎ履きするような場所はありません。
おうちというよりも美術館のような雰囲気なのですが。
高級マンションなのでしょうか? だとしたら、このおじいさまはコンシェルジュと呼ばれる管理人さん?
「うわ、サクが出迎えてくれるなんて。珍しいこともあるもんだ」
ヒロシさんの視線の方向、玄関を入った少し先に、大柄な男性が立っていました。
お顔立ちといい、全体的に薄い色彩をしていることといい、海外の方でしょうか?
どうやらこの方がヒロシさんのお友達さんらしいのですが。
私がついお友達さんをじっと見てしまったのと同じように、私もお友達さんにずっと見つめられています。一体どうすればいいのでしょう。
おじいさまも、ヒロシさんも、お友達さんも、誰もなにも言わないのは、なにか私の格好に変なところがあるからでしょうか。
短期間に同じ方と会うなら服装を変えた方が良いと聞いていたので、本日は、この前着ていたお気に入りのワンピースではないのです。
いただいたお洋服の中から選んだのですが、場違いだったのでしょうか。
「こっち」
どこか張り詰めていた空気がふっとなくなり、振り返ることなく進むお友達さんのあとを追うかたちで、ヒロシさんにも「行こう」と、うながされ、私はようやく玄関から先へと進むことができました。
うしろでおじいさまが「ごゆっくり」と見送ってくださいます。
お友達さんとヒロシさんに続いて長い廊下を歩くと、大きな階段があり、そのまま二階へと上がります。
「サクの部屋に入るのも何年ぶりだよなー。昔はよくゲームさせてもらったけど、今もあんの?」
「……」
「安定のスルーだよ」
ヒロシさんが苦笑しながらため息をついています。
私が頼んだことでお友達さんを怒らせてしまったのでしょうか。
不安に思っていると、ヒロシさんが振り返って大げさに肩をすくめてみせました。
「いつものことだから気にしないでねー。サクが集中しているときは会話が成り立たないだけだから」
二階をしばらく歩いた突き当たりがお友達さんのおうちのようでした。
お友達さんは無造作にドアノブをひねって扉を開き、私とヒロシさんが通れるようにおさえていてくれました。
「失礼いたしま……っ」




