第3話 朔哉とSOUVENIRの『謎』
SOUVENIRにある『謎』自体は誰でもすぐに見つけることができる。
画面上で明滅をくり返す小さな光が『謎』だ。
『謎』と言っても、出てくる解答が名所名ズバリそのままだったり、名所にちなんだものだったり。どの『謎』も、ネットで検索すれば簡単に解ける。
朔哉はモニター上の美しい紅葉に彩られた地で明滅する光に、自分のキャラクターである屈強な戦士を動かし触れさせた。
【紅葉の謎】とウィンドウが出てくる。
【挑戦しますか? YES NO】
朔哉が【YES】を選択すると、
【目と口を閉じて
N35E135】
ウィンドウにそれだけが表示された。
観光地トリビアクイズなら問題の下に選択肢も一緒に出てくる。解くことが目的の『謎』なら、やはり問題の下に解答を入力する入力欄が表示される。ミニパズルゲームならフィールド画面自体が変わる。
『紅葉の謎』は、二行の『謎』の本文のみだ。
しばらくすると『紅葉の謎』のウィンドウ表示自体が消え、フィールドには自分のキャラクターと明滅する光だけが残る。
これが『紅葉の謎』だった。
『目と口を閉じて』の意味はわからないけれども、『N35E135』ということから、北緯35°東経135°、おそらく日本を指しているのだろうと、謎解きプレイヤーの間では考察されている。
日本のどこかなのかもしれないが、紅葉の名所はまだ具体的な聖地がわかっていなかった。
『謎』に聖地のヒントが含まれているはずなのに、謎の意味さえわからないので聖地を特定できないでいるのだ。国内にどれだけの紅葉の名所があるというのか。
SOUVENIR自体はPC用だが、携帯端末(おもにスマホ)用『SOUVENIR』アプリと連動させれば、一度でも挑戦した『謎』にアプリ上からでも挑戦できる。
連動させた携帯端末用アプリをインストールした端末を持って、現実世界の名所を訪れると、スタンプラリーのようにアプリ上でハンコが押される。
紅葉の聖地に行き当たればハンコでわかるだろうと、名のある紅葉の名所に闇雲に訪れるプレイヤーグループもいるが、今のところ聖地が特定されたという吉報は上がっていない。
朔哉はモニターの前で目と口を閉じる。
耳に流れてくるのはすっかり聞き慣れた『紅葉の地』のフィールド曲。時折ざぁっとさざなみのような音がまじるのが心地いいが、目と口を閉じたところで音に変化はない。
朔哉は目を開けて、ゲーム画面である表示を、キャラクターのななめ後ろから俯瞰する(見おろす)デフォルトの表示からキャラクター視点に変えて、ぐるぐると周囲を見回す。
キャラクター視点になると、顔を上げれば夜空に美しく輝く紅葉がゆれ、視線を落とせば同じキラめく暖色でうめつくされた足元が見える。朔哉はまさにゲームの世界に入り込んだように感じてうっとりした。
象徴的な建造物のない、ただただ美しい『紅葉の地』。
(聖地さえわかれば聖地がヒントになって解けるかもしれないのに。いったいここはどこなんだ?)
SOUVENIRで『謎』を解きながらゲーム内の名所を巡るようになった朔哉は、国内海外の旅行誌や写真集にも目を通すようになった。
それでわかったのは、これまでの名所は、なんちゃって名所にしても、わかりやすいものだったということだ。
旅行誌の小さな写真と見比べても予想できるくらい、ゲーム内の名所は似せて作り込まれている。
どこかわからない名所など、名所として矛盾している。
でも、『紅葉の謎』のあとにも、『名所』や『謎』はどんどん追加され、追加されるそばから解き明かされていっている。大規模アップデートだって何回もあった。
それでも修正されなかったということは、誰もが解ける『謎』のはずなのだ。
(なにか、なにか見落としているヒントがあるはずだ)
朔哉は、他の『謎』と『紅葉の謎』に共通項があるか調べるために、SOUVENIR内の『謎』をすべて一覧にまとめていた。
せっかくまとめたのでと、ネット上に、『謎』のあるエリア名、『謎』名、その『謎』のヒント、ズバリ解答を、それぞれワンクリックする手間をかければ誰でも見ることができるようにしている。
さらに横には各名所の聖地と、最寄り駅からの聖地への経路、近くにあるおすすめ宿泊先も紹介していた。
朔哉一人の力ではなく、無数のありがたい書き込みの力が大きい。
まず、朔哉が『謎』をまとめたサイトを公開してもいいかSOUVENIRにたずねたことで、無数の書き込みをまとめてSOUVENIR担当社員と旅行会社に確認し、許可が出た内容をサイトに載せることが今の朔哉の仕事になっていた。
現在の朔哉はSOUVENIR公認の在宅勤務社員だ。
公認とはいえ、『謎』の種明かしをしてもらえるわけじゃあなかった。
『紅葉の謎』のあまりの解けなさ具合に謎攻略サイトへの書き込みが増えたので、対応をどうすればいいか打ち合わせしたSOUVENIR担当社員にたずねたことがある。
『「紅葉の謎」はバグ(プログラム上のあやまり)ではないんですよね?』
『もちろん。ちゃんと解ける「謎」だよ。ただ、他の「謎」と同じようには解けないようになっているんだ。アリスの……っとと。悪いけど、これ以上は話せない。ナゾトキ楽しんでね』
アリス? そういえばそんな名前のNPC(non player character:コンピューターが制御しているキャラクター)がいたな、と朔哉は思い出した。
アリスは、あちこちの名所にいるゲーム上の女の子だ。
【最近になってメロン味が増えたんですよ!】
【ここからの眺めが最高なんです!】
といった感じで、最新トリビアを教えてくれたり、名所のベストビューポイントをアドバイスしてくれたりする。
名所に同時に存在しているアリスは、服装こそ違うけれども、同じ名前で同じ黒髪おかっぱ頭の同じ顔だ。名所案内役なのだろうと、朔哉は気にもとめていなかった。
このアリスというNPCは、朔哉がMMORPGとしてSOUVENIRを楽しんでいる時はまだおらず、名所巡りをするようになってからしばらく後のアップデートで追加された。
名所に今までいなかったNPCがいて、「NPCまで旅をするのか!」と驚いたのをよく覚えている。
確認してみたところ、更新ごとに各名所にアリスが増えているだけで、各地のアリスたちはそれぞれ担当の名所から出ることはなく、ただ同時に存在しているだけだった。
しかし、今でも『紅葉の地』にだけアリスがいない。
(もしかしたら出会っていないだけなのか? 他の名所ではNPCらしく一日中同じ場所に居続けているけれども、紅葉の地ではアリスが出現する時間が決まっているのか?)
そう考えた朔哉は、ゲーム内での一日中『紅葉の地』にはりついてみたが、アリスは出てこなかった。
(ゲーム内時間じゃないのなら現実の日付か?)
そう思いついてからは、朔哉は再びひたすら『紅葉の地』で待機している。
ようやくリアルで紅葉の季節になったのだ。そろそろアリスが現れるかもしれない。
電話がかかってきたのはそんな時だった。
「……なに?」
『うっわ。相変わらず愛想ないなー。久しぶりだけど元気?』
「ヒロ、用件」
『ええー? まぁいいや。サクってMMOに詳しかっただろ? SOUVENIRも知ってる?』
「もちろん」
知ってるもなにも絶賛稼働中だ。
『じゃあさ、「紅葉の謎」って知ってる?』
「なんで?」
『女の子に聞かれたの。そんで「紅葉の謎」を知ってる人を紹介して欲しいって』
「誰?」
『詳しくは知らないんだけど、死んだじぃちゃんつながり。中学生かな? アリスちゃん。あ、あれは名前じゃないんだっけ?』
「アリス? もしかして座敷童みたいな髪型の?」
『それ絶対、本人に言うなよ。まぁ、散髪したてみたいにキッチリそろった黒髪ボブカットで、レトロなチェックのワンピース着て、今時でっかいリボンカチューシャつけてたから、俺も一瞬うたがったけどさー」
電話の向こうでふはっと笑う気配が伝わる。
『じぃちゃんのお客さんだから、てっきりじいちゃんと同年代だと思っててさ。具合悪いって聞いてそりゃヤバいだろってアセったら、若い女の子がいてびっくりしたよー。でも、若いのに言葉づかいも仕草もいちいち古めかしいからさ。じぃちゃんの昔馴染みのお嬢様がタイムリープでもしたのかなって妄想が広がっちゃって』
ヒロシがこうなるとしばらく止まらない。口をはさめば長くなるのを知っているので、朔哉は黙って聞いていた。
『もし実際に過去から来ていたとしたら、未来の世界である今は不思議な世界に感じるだろうなぁ。女の子が未来に行くんだから「不思議の国のアリス」じゃなくて「未来の国のアリス」いや「時をかけるアリス」、「アリスイン」なんだろー?……とか考えてたら、うっかり「アリス」って言っちゃってたんだけど。なに? アリスちゃんてサクの知り合いだったの?』
「アリスはなんて言ってた?」
『ちょ、スルー?』
「なんて?」
『もー。たしか最初はSOUVENIRを知ってるか聞かれて、知ってるって答えたら「紅葉の謎」を知ってるか聞かれた。謎は知らないっつったら、すっごいガッカリしたから、知ってる人を紹介しようかって話になったんだよ』
「いつ会う?」
『あ、会ってくれるんだ。良かったー。なんっかアリスちゃん、真剣そうだったからさー。今ってナゾトキ流行ってんの?』
「日にち決まったら連絡して」
『ちょ、待』
朔哉はスマートフォンの電源を落とした。
(すぐに各名所のアリスに会いに行かなくては。『レトロなチェック柄のワンピース』を着て『リボンカチューシャ』をつけたアリスがどこかの名所にいたはずだ)
朔哉は『紅葉の地』で待機させている一台目はそのままに、二台目のPCを立ち上げると、SOUVENIRに別キャラでログインした。
そうして、今いる全NPCアリスのセリフと衣装を、名所名と一緒に書き出していった。