第14話 浜辺にて
「本日はお忙しい中こちらまでお越しいただき、大変ありがたく存じます」
「もー。アリスちゃんってば、そんな堅苦しい挨拶いらないよー」
「なんでこんな寒い中、浜辺でバーベキューなんだ? あんたまた体調崩したりしないだろうな?」
あの日、山で倒れたアリスに慌てて救急車を手配したものの、すぐに意識を取り戻したアリスは「休んでいれば治りますから」と自ら救急車を断わる電話を入れた。
治るにしても心配だったので、ヒロシがアリスを背負って車まで戻り、安全第一な朔哉の静かな運転で、少女の最寄り駅まで送り届けた。
車に乗ってからもアリスはぐったりした様子だったが、最寄り駅に着く頃には回復し、ほっとした二人にアリスは申し訳なさそうに言った。
「大変心残りですが、今日はこれでおいとまします。後日あらためてお目にかかりたいです」
それであの日から二週間後、またヒロシと朔哉とアリスの三人で集まることとなったのだ。
それがなぜか初冬の海辺でバーベキューという、なんとも奇妙なお誘いだった。
「おそらく立ち歩かなければ体調も大丈夫だと思います」
冷たい潮風が吹きぬける浜辺に置かれた背もたれつきチェアの後ろには、人数分の七輪が用意されていた。
顔や手先は潮風に吹かれるが、七輪が背中側から暖めてくれる。前には、すっかり準備万端な焼き網からも熱を感じるので、寒くはない。
「よーし。俺がばんばん焼いていくから、アリスちゃんもサクも座ってていいよー」
「俺まで過保護に扱うな。それより、このバーベキューグリルだ」
朔哉は目の前にある調理器から目が離せなかった。
一般的なバーベキューの焼き網セットではない。
通常の網のように食材を置けるのだが、熱源が二段あり、上下の間にも置いて焼けるようになっている。
「朔哉さん、お気づきになられたのですね」
「そういえば見たことない形だけど、どこかの国の?」
「SOUVENIRで使われている焼き器だ。これで狩った獲物の肉を焼く。実際は、狩りの直前に食べて加護をつけてから狩りに行くんだが」
「へー」
「今回ご厚意で調理器を貸していただき、『竜肉』『獅子肉』『蛇肉』『夢肉』も一緒にいただきました。お手数をおかけしますが、借りる条件が、SOUVENIRをご存じの方、知らない方に、焼き加減や味の感想をおうかがいすることでしたので、ぜひ感想をお聞かせください」
「シシってイノシシ肉? 蛇はともかく、竜や夢肉ってなんの肉なのかなー?」
少女の横に大きなクーラーボックスが鎮座しているが、いったい中にはどんな肉が入っているのか。
顔を引きつらせるヒロシに、少女はにっこりと笑う。
「ご安心ください。すべて食べられる肉で作られています」
「うん。まぁ、食べるんだけどね。はぁ。まさかバーベキューで闇鍋みたいな気分を味わえるとは思わなかったよー」
ヒロシと朔哉がクーラーボックスを開くと、いかにもバーベキュー用の串にさした野菜と肉とは別に、2本の串に刺さった平たい肉や、骨付き肉、なにかの葉に包まれた大きな肉塊があった。
「おお! これぞまさに『竜肉』!」
朔哉が嬉しそうに一番大きな塊を取り出した。
「え、そこテンション上がるとこ?」
「『竜肉』は中段に入れて焼いてみてください。下味をつけてから全面を焼き、アルミホイルを巻いてじっくり中段で焼けば良い感じに焼けるそうです」
「楽しみだ」
朔哉はさっそくクーラーボックス横に用意されていたテーブルにアルミホイルを広げ、下味をつけると塊肉を焼き始めた。
「『竜肉』は時間がかかりますので、それまでは『獅子肉』や『蛇肉』をどうぞ。『夢肉』は少し癖があります」
「よし。どんどん焼こう」
珍しくテンションマックスな朔哉が率先して串を並べていくので、ヒロシは焼き手を朔哉に任せることにして、少女の隣に座った。
網に置いたそばから、美味しそうな匂いが漂ってくる。
ああ、この匂いは豚肉と鶏肉だ。良かった普通の食材で、とヒロシはほっとした。
「ヒロシさんはお肉、お好きでしたよね?」
「うん。ありがとう。楽しみだな」
「こちらにはスープもご用意しました。良かったら飲んでくださいね」
「まさかそれも」
「はい。SOUVENIRで作られている現地のスープをイメージしています」
「ちなみに現地のスープはその土地での加護が得られる。海辺なら耐水性や、対水生物だ」
保温ポットからこれまた用意されていた人数分のカップに入れてみると、具だくさんのクラムチャウダーだった。
「海の近くではやはり海の物がいいかと思いました」
ヒロシは素早く鼻を動かした。うん、普通そうだ。
「お水はペットボトルをクーラーボックスに用意してあります。前回は本当にお世話になりましたので。今日はぜひ楽しんでくださいね。そうそう。こちらを上からお召しになってください」
「エプロン?」
「はい」
「へー。至れり尽くせりだね」
ヒロシは単純に服を汚さないためかと思ったのだが、朔哉が目を見開いた。
「それは調理人のエプロンじゃないか!」
「はい。朔哉さんもぜひどうぞ」
「ありがたく着させていただこう!」
「アリスちゃん、これって?」
「SOUVENIRで調理人が調理する時に身に着けるものだそうです」
「へー。アリスちゃんも着けた方がいいんじゃない? その服汚れたら困るでしょ?」
本日の少女はセーラーカラーのあたたかそうな長袖のワンピースにカラータイツを合わせている。その上にPコートなので、どこかの制服のようにも見える。
「そうですね」
少女用に小さめサイズもあったようで、三人でおそろいのエプロンをつけることになった。
しっかりとした黄みがかったベージュの生地で、形は無骨だが、ぐるりと青い糸で刺繍が施されている。
刺繍はSOUVENIRの文字で、食への感謝と探求を宣言し、毒から身を守る呪文が縫い取られているらしい。
ヒロシは感動がうすいが、朔哉はかなり上機嫌だ。
「最初の肉が焼けたぞ」
朔哉がそれぞれのお皿に一本ずつ置いていく。
「んじゃ、まぁ」
「いただきます!」
クラムチャウダーで乾杯してから3人は串肉を食べ始めた。
「あふっ、おいひぃ」
「美味しいですね」
「おいしいが、これはなんだ? 猪じゃないな?」
「『獅子肉』をイメージして作られた豚肉の串です。SOUVENIRでの獅子は、体の大きさの割にかなりの運動量をこなす魔物だそうで、普通の豚肉よりもしっかりした肉質の放牧豚が使われています」
「なるほど。確かにイメージに合うな」
話しながらも、朔哉の焼く手は止まらず、焼き上がったものをそれぞれのお皿に入れるのも忘れない。
次は、甘辛い匂いが食欲をそそる平たくて2本の串が刺さった蒲焼き風な肉だった。
「あ、これいいね。好きな味だ」
「これも蛇じゃないな」
「はい。こちらの『蛇肉』は鶏肉のささみ部分です。『獅子肉』にしても『蛇肉』にしても本物のイノシシやヘビを使うことも考えたそうですが、やはりなじみのある肉の方が良いかという話になったそうです」
「雰囲気を楽しめたら十分。普通の食材で嬉しいよー」
「……」
食の冒険はしたくないヒロシとは反対に、朔哉は不満そうだ。
それでも口には合うようで、スープを飲み、水でリセットしながら、もくもくと食べている。
「『夢肉』はラムチョップだな」
「わかりましたか! SOUVENIRでトリッキーな働きをする魔物ということで、癖のあるラムを使ったそうです」
「レアな魔物を食べていると思うと、クセも嬉しく感じるな」
「トリッキーって、その夢肉の魔物はどんなことすんの?」
「出現ポイントが決まってないから会えるだけでもレアなんだが、いきなり逃げ出したり、別の魔物の群れを呼んだりする。でも、経験値が高いんだ」
「あー。なるほど」
ヒロシは銀色のぽよんとしたアレや、針を飛ばしてくる緑のアレや、這い寄るアレを思い出した。
朔哉は口の中の物を飲み込むと、全面を焼いた『竜肉』をアルミホイルにあげ、きっちり包むと中段に入れた。
「なんでこんなに手間かけてくれたの? 嬉しいけど、準備とか大変だったでしょ?」
「私一人ではなく、お手伝いしてもらいましたので楽しかったですよ。なにより、お二人に、少しでもお礼をしたかったんです。私一人では『紅葉の謎』を解けませんでしたから」
アリスの様子は今までになく晴れやかだ。
「そろそろあんた自身のことを話してもらえるのか?」
「はい」
網の上で焼かれていた竜肉以外のすべての肉をお皿にうつすと、朔哉も椅子に座った。
「私は、その……。なにからお話しすればいいのか……」
言葉を探すアリスに、ヒロシと朔哉は頷きあう。
「もうだいたいわかってるからさ。ざっくり言ってくれていいよ?」
「あんたは見舞客じゃなく、終末医療施設の入居者の一人だったんだろう?」




