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喫茶 たまゆら  作者: 都 空色
2/2

1杯目 1-2

 坂道の終りは二手に分かれていた。

 手の込んだ木彫りの標識によると、右は一段下に作られた駐車場に繋がっているようだ。

 少し覗くと、下り坂の先に空っぽの駐車場が見える。

 まだこの時間はお客様がいないようだと分かりほっとした。


 元の道に戻ると、目の前には広々とした敷地に洋風のおしゃれな建物が佇んでいた。

 3階建ての1階は入ってすぐがカウンター、入口の少し横からはウッドデッキに2つのテーブルが用意されている。

 ウッドデッキから見える店内の左端には木彫の階段。2階に目を向けると、左の芝に面したバルコニーが見えた。

 晴れた10月の空気は気持ちよく、ぬくぬくした日差しと相まって最高だろう。


 新しい職場の第一印象は、控えめに言って――――最高だ。

 かすかに珈琲のすっとした香りが通り抜ける。

 お上りさんよろしく店舗を見渡している間に、坂道の試練を乗り越えて上がっていた息も整った。


 店舗の入り口からは、なかなか入ってこない無月を見かねてか、店長とその奥様らしき方が出てこようとしている。

 急いで登ってきて良かったと思った。

 遠目からも仲の睦まじさが分かるオーナー夫婦だ。第一印象が肝心。

 足も心も軽く、2人に向かって歩き出した。


 ------------------------------------------------


「まぁまぁまぁまぁ!コウキさんどう?むーちゃんのメイド姿!」

 喜色満面で私の制服姿にニコニコしているのは、マスターの奥さん、ミサキさんだ。

 セミロングの銀髪を一本に束ね前に流していて、白地に濃紺のボタンが付いたコックコートとボタンと同色のエプロンが見事に調和している。

 皺一つない透明感のある肌に、可愛らしさを基本とした各パーツが乗っている。


 こう見えてコウキさんと2つしか違わないの。と爆弾を落とされた時は、初対面であることも雇い主であることも忘れて

「――――何言ってるかよくわからないです」

 と返してしまった。

 ミサキさんはちょっと驚いたあと、クスクス笑い出して、慌てて謝る私をコウキさんが宥めてくれた。


「良く似合っているよ。でも、さっきのエプロンにベレー帽の方が馴染んでいたかな」

 そう言って助け舟を出してくれたコウキさんは、ミサキさんとお揃いの綺麗な銀髪を後ろに流してセットしていて、穏やかで優しい目にくっきりした顔立ちの紳士だ。年齢は60代だよとのこと。

 ミサキさんと和んでいる時の姿は若々しく、とても壮年には見えないが、珈琲を淹れている時の真剣な佇まいはどっしりとしたオーラを感じて相応の年月を感じさせた。

 目元の皺もいい味を出していて、青を深くした黒のシャツに黒のエプロンがとても似合っている。


 今の私は遺憾ながらフリフリのメイド姿だ。

 男性向きの制服と女性向きの制服を並べられて、即答で男性向きのエプロンにベレー帽を選んだのだが、1回着てみないとわからないじゃない?とミサキさんに押し切られて着ている。

 正直今すぐ脱ぎたいくらい恥ずかしい。

 えー、でも似合ってるよ?と可愛らしくむくれるミサキさんの破壊力は相当だが、ここはコウキさんの包容力でなんとか治めて欲しい。というか治めてください、なんとしても。


 ミサキさんの年齢詐欺は置いておいて、おかしなことがある。

 ミサキさんは左の二の腕に、コウキさんは右の二の腕に小さな宝石の付いた細いアームバングルをしていることだ。

 アクセサリーを付けていることがおかしいのではない。

 強く意識しないと()()()()()()のだ。


 おかしなことは他にもある。

 店の入口の反対にある2つの扉は、お客様の誰もそこに意識が向かず、あることすら気付いていない。

 右の扉は、不思議な感覚はあるが不穏な感じはしない。

 左の扉は、恐怖は無いものの開けてはダメだという確信がある。


「むーちゃんは感覚が鋭いのね......その内分かるから、今は着替えてしまいましょ?」

 ミサキさんの声に、いつの間にか扉に意識が持っていかれていた私は我に返り、エプロンにベレー帽で治めてくれたコウキさんに感謝を捧げつつ、控室に駆け込んだ。


 その扉から、私にとって初めてのお客様を迎えるのは少し後のことだった。

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