121 付喪神
ひと通りの買い物を終えたらもう昼前だ。
俺たちは予定通り『魔界飯 新宿』を訪れた。
相変わらず先客は一人だけ。カーミラさんだ。
カウンターいつもの席でグラスを傾けている。
「あらぁ、今日は揃っておめかししてるわねぇ。
デートかしらぁ?」
ははは。ちょっと買い物してただけで。
「よく似合ってるでしょう?
マスターのこの服、わたしが選んだのです」
「イズミちゃんはセンスあるわねぇ」
あんまり手放しで褒めないでください。調子に乗ります。
「日替わり定食を2つ。それとワンコセットをください」
おう、と渋い返事の大将。
ワンコセットというのは大将考案の新サービスだ。
頼めば適当にシロ向けのメニューをあつらえてくれる。
至れり尽くせりだな。ありがとうございます。
俺たちはカーミラさんの隣に座った。
「少しいいですか?
実はこの服も含めて相談したいことがありまして」
カーミラさんの紅い瞳がわずかに細まる。
俺の全身をサラリと眺めてから興味深げに微笑んだ。
『鑑定』が通った、ということか。
無邪気なのにちょっとコワイ。不思議な微笑み。
大人っぽいぜ。
「なるほどぉ。
ちょっと見ない間にずいぶん変わったわねぇ。
その服、『付喪神』になっちゃってるわぁ」
「前はそうじゃなかったんですか?」
「珍しくはあったけどただの専用装備だったわねぇ。
また称号が悪戯をしたのかしらぁ?
悪意は感じないから、大事にしてあげなさいな」
「ログアウト中は手洗い天日干しですよ?
柔軟剤も高級品です」
イズミありがとな。
しかし、吸血鬼装備に天日干しはいいのだろうか。
「しかし吸血鬼の服って、付喪神なモノなんですか?」
「そんなコトないわよぉ?
付喪神の概念自体ヨーロッパにはないし」
するとこのゲームオリジナル設定というやつか。適当な。
「特にこの国じゃ、なんでも擬人化してカワイイ女の子とかにしちゃうでしょぉ?
その行為自体が付喪神信仰みたいなものよねぇ」
むしろ日本オリジナル?
そういや亡き爺様のコレクションに、備長炭少女や唐傘少女のフィギュアとかあったような気がする。
あれどこにあったっけ?
吸血鬼装備に関しては心配はいらないようだ。
ただ、化けられるようになったとはいえ防御力は紙のまま。
いずれは錬金術での強化が必要になるだろう。
修行しないとな。
「もう一つ。これは俺がログアウト中のことなんですが……」
イズミがカラのアバターに加えた悪戯行為がリアルの生身にシンクロ。授業中悶え苦しんだことを説明した。
正直信じがたい話だと思うのだが。
「それはちょっと面白いわねぇ。
ヒジカタくん、できるだけ詳しく」
珍しくカーミラさんが身を乗り出してきた。
おお、興味津々だ。
改めて俺の体感とイズミの記憶を摺り合わせながら説明する、のだが。
「お前、そんなコトまでしてたのか……」
「独り寝は寂しいのですよ?」
イズミの傍若無人っぷりが想像以上だった。
しかも、まったく反省してないぞコイツ。
「コレって、一体どういうコトなんでしょうか?」
カーミラさんは顎に指をあてて思案している。なんか可愛い。
美人はなにやってもサマになるなぁ。
「うーん、アカBAN注意?」
「いえ、そっちの方じゃなくて」
「合意だからセーフですよ?」
イズミよ、寝込み襲っておいてその主張。
裁判長もビックリだよ。
学校で授業中の俺は、当然どんなデバイスとも繋がってはいない。
完全にオフラインなのだ。
イズミが弄ってたアバターも、ログアウト中は糸の切れた人形でしかないはずだ。
そうだよな?
プレイヤーはD&Cの専用ヘルメット、そして高速インターネット回線を通じて運営会社の所有するサーバーにログインしている。
専用ヘルメットがプレイヤーの脳が従来持っている『夢を見る機能』に、サーバー内のゲームシステムと設定を投影させているのが、この『D&Cの世界』なのだ。
ゲーム開始時のチュートリアルで聞かされた。
つまり『夢』を体感ディスプレイ代わりにしてるワケだな。
画期的だ。
夢の中でゲームしてるのだから寝言や寝返りとしてシンクロはあり得る。
ただしオンラインなら、だ。
オフではあり得ない。だって繋がってないのだから。
俺の考えを、カーミラさんはいつもの微笑みで聞いている。
「まぁ、普通のプレイヤーならそうねぇ。『現界』の」
「いえ、普通のプレイヤーですけど」
「あらぁ、前に言ったわよぅ。
『魔界のテストプレイヤー』だって」
あ。そういやそんな言葉、聞いたような……。いつだっけ?