幕間 ユーリスとステラ
一方その頃な話②
インクナブラ出身のステラとユーリスのその後。
「改めて……」
「めちゃくちゃだな……」
インクナブラの広場だった場所。
ユーリスとステラは凶星により破壊された広場を見てため息をついた。
ラグナがインクナブラから去って数日。
魔人ラグナは災害獣ヴァナルガンドを引き連れインクナブラを襲撃した。
街から光を奪って凶星を落として広場を破壊。そして処刑されるはずの4人の亜人を連れ去った。魔人を止めようとした神官アンデスは殺され、多くの兵士や冒険者が負傷した。
これが今回の事件だ。
怪我人こそ多いものの破壊の規模のわりに死者が少ないのが不幸中の幸いかもしれない。
処刑される罪人の奪還を狙う亜人の襲撃を阻止した矢先に魔人が現れ襲撃者は取り逃がし、勇者3人共敗北した。ユーリスはインクナブラにそう報告した。
皆気絶していたから異を唱える者はいないし、勇者ベクトとサンブラが一蹴されたのは事実。
「歯がゆいな。説明しにくいことを全てラグナ殿に押し付けているようで」
「それ、人に聞かれたら大変よユーリス」
「そうだな、気を付けよう」
インクナブラに戻ったユーリス達を待っていたのは惨憺たる光景。
兵や冒険者は大なり小なり怪我を負い、ヴァナルガンドのひと睨みで心理ダメージを負った者もいる。
ラグナが立ちはだかる冒険者や兵を蹴散らしながら通って行った様が容易に想像できてユーリスは苦笑した。
「200年前の火の海の再来にならなかったのが唯一の救いだな」
「ヴァナルガンド怖ぇよぉ。おれ正面から睨まれたんだぜ」
「災害獣に襲われて生還したって武勇伝が増えるな、ハハ」
兵達はそう言って励まし合うものの当のラグナには襲う気は無かったのだろう。
死者の少なさがその事実を物語る。
「勇者も騎士団も何してたんだよ」
「聞いたか、勇者3人いても何もできなかったそうだぜ?」
軽傷の兵達がわざわざ聞こえるように言ってくる。
「ユーリス、行きましょう」
「フフ、気にしてないさ。何もできなかったのは事実だしな」
ユーリスの心はざわつかない。
役目を果たせない勇者はお飾りでしかないと分かっているし、友であるラグナが処刑場を破壊し亜人達をさらっていったことへの痛快感が勝った。
ラグナとはおよそ四ヶ月ぶりの再会だった。
とはいえとても再会を喜べるような状況ではなく、ユーリスは亜人を粛清するため、ラグナは亜人を救出するために相まみえた。
勇者は正義の味方である、などと言い出したのは誰だろう。どちらが正義なのか悪なのか分かったものではない。
正義という陳腐な言葉を振りかざすつもりはないけれど、自分が信じるものを正義と呼ぶなら亜人にも当然正義がある。
亜人の処刑を推し進めるこの街にも正義と呼べるものはあるのだろうか。
自分の頭が良いとは思っていないけれど、せめて考え続けるようにしよう。
「もっと話したかったな、彼と」
「だから、ユーリス」
ステラに咎められユーリスは苦笑する。
名前を出さなければ大丈夫だと思っていたのだけれど。
同じ勇者として来ていたベクトともサンブラとも話は合わない。
サンブラは勇者としての行動以外に無関心。
ベクトは粗暴で気に入らない多くの亜人を殺している。
逆に彼らから見れば私情で亜人を見逃そうとするユーリスは甘い半人前なのだろう。
ユーリスは誰にも恥じぬような勇者であるつもりだった。
けれどラグナと戦ってもいないのに魔人に敗北したとごまかしの報告をする自分は胸を張って勇者と言えるだろうか。
きっと大衆が求める勇者としては人間以外に一切の甘さを見せないベクト達の方がふさわしいのだろう。
いけない、今はこんなことを考える時ではないのに。
「もう、やっとお休みがとれたのにユーリスったら人のことばかり」
「ごめんごめん」
頬を膨らませる友人を可愛らしいと思っていると自然と笑顔がほころぶ。
「あなたがそんなに惚れこむなんてね」
「私は私の目で見て彼を良き友だと結論付けた。また彼に関わることがあったなら、今度はゆっくりとキミ自身で判断して欲しい」
「惚れるのところは否定してよ!」
その気はなかったのだけど怒らせてしまったようだ。
ほころんだ顔は苦笑に変わる。
「念のため聞いておくけど脅されたり大切な物を取られたりとかはしてないわよね?」
「誓ってそれはないが、強いて言えば胃袋は掴まされた。彼の作る料理は派手さは無いが、王宮で食べたどの料理よりも美味しかったぞ」
格式ばる王宮の料理はあまり合わず、庶民的な料理を好むユーリスだけれどそれを差し引いても美味しかったというのは紛れもなく本音だ。
「あの見た目で料理が上手なの?私の料理より?」
「ンン、……」
ユーリスが言葉に詰まるのを見てステラは肯定ととらえたらしい。
否定はしないけれど機嫌を損ねるのは好ましくない。
「ステラにも機会があれば是非一度食べてみて欲しい。食に感謝したくなるぞ!」
ユーリスはそう返すのがやっとだった。
けれども思った程機嫌を損ねたわけでもないようで、ステラはくすくすと笑った。
おいしいものを食べて、食事に感謝する。
そんなことを災厄の化身に教わったと言って信じる者がどのくらいいるだろうか。
「……ねぇユーリス、少し付き合ってもらえる?」
「構わないよ」
ふとユーリスはステラが先ほどから抱えている荷物が気になった。
治癒に使う道具か、誰かに受け渡す物かと考えていたけれど、それならここまで持ち歩く必要は無い。
「ステラ。それは」
抱える程の大きさの箱を持つステラにユーリスは何気なく尋ねた。
「オンラード様よ。やっと見つかったから丁重に葬ってあげたいの」
「……そうだね」
数か月前この地で火刑に処されたステラの恩師オンラードは魔女として断罪されたため、埋葬されることもなく破棄されたと聞かされた。体の一部をアンデスが持っていたそうだ。
「魔人は全てを敵に回してもキャスパリーグを助けに行くって言っていた。私には覚悟が足りなかったのかしら。今でも悩んでいるの、全てを捨ててでもオンラード様を助けに行けば良かったんじゃないかって」
「彼が言っていただろう。決めたことの責任は自分で取れと」
責任、とステラが呟く。
彼女はまだあの日のことを悩み、抜け出せずにいる。これからも悩み続けるのだろう。
幾度となく彼女の心は恩師の処刑の日に立ち戻るはずだ。
「オンラード様を助ければステラ、キミもまた罪人になる。処刑される人間が増える仮に助け出したとしてもキミとオンラード様はあらゆる人間から命を狙われることになる」
「分かっているの」
「助けない選択をしたのが今のキミだ。恩師に対して何もできなかったことを悔やんでいる。どちらの選択をしてもキミは後悔する」
何度悩んでも、最後に前に踏み出すことが出来るならそれでいい。
自分もきっといずれいなくなる。
その時前に歩いて行けるように少しでも話をしよう。
自分の好きなもの、好きな人の話をしようと考えていればステラは先ほどよりも幾分晴れた顔をしていた。
「もう一度、今度はゆっくり話してみたいわ。魔人と」
自分達と彼らは生きる場所が違うけれど。
ある種の確認に近い予感を覚えてユーリスは答える。
「きっと、また会えるさ」