幕間 リザードマンとノーム
4章開始までこれまで出会った人たちの話。
本編とは関係ありませんがよければお楽しみください。
◆シエル山脈にて
「いけーーー!そこです!」
「すごい!受け止めた!」
「オルドさん負けないで!頑張るです!!」
武人であるリザードマン達は定期的に模擬戦を行う。
ノーム達の小さな声援にリザードマン達の戦いにも熱が入る。
魔人ラグナが去って数ヶ月。
あれからただの一度も雨は降らないがラグナの水の魔法による豊富な水で生き永らえることができている。
ラグナが来なければ間違いなく全滅したか、住処を求めて他の地に襲撃に行っただろう。
どちらにしても多くの命が失われたのは間違いない。
若きリザードマンのウィトルは己の変化を感じていた。
数ヶ月ほど前から時折力が溢れるような感覚を覚えることがある。
長老サイプレアはおそらくは進化の時が近づいているのかもしれないと言う。
進化の兆しを覚えつつも一向に進化しない。きっと何かきっかけがあれば進化するのだろう。
進化は一族の可能性を推し進める。
進化した個体と未進化の個体が子をつくればその子は高い確率で進化した親の力と姿を受け継いで生まれるし、進化した個体に刺激され未進化の個体が進化する現象もままあることとされている。
かつて弱かった種族だった一族は長い年月をかけて進化を重ね、強きリザードマンとなった。
けれども同時に進化すると排他的になると言われている。
進化は急ぐことでもない。
体だけ強くなっても意味がない、心身共に強くならなければ愚者に堕ちる。
それに怒りや憎しみといった感情を引き金にして進化すれば体は穢れて悪しき姿に変貌する。
弱いと思っていたノーム達は爆弾を作る技術に精通していた。
隣人を大切にしていければきっとより凄い事ができるはず。
だからこそ彼らを守っていける力が欲しい。強くあろう。体だけではなく魂まで!
ウィトルは右手の甲を眺める。
魔人ラグナに譲ってもらった魔片だ。魔片の力もってウィトルの実力は急速に上がっている。
けれども力に溺れることはないよう律している。いつかこの欠片を返したとしても変わらずこの山を守っていけるようにとウィトルは力を求め続ける。
空を見上げればおよそひと月空に居座っていた赤い月は消えていた。
宣告が終わればいつこの地も襲撃を受けるか分からない。
人間にとっては難所のこの場所がすぐに攻め込まれるとは思わないが、ラバルトゥに襲撃されたことは記憶に新しい。
数日前の宣告を思い出す。
魔人ラグナ、つまり狭間の王による宣告はオブラートに何重にも包んだ言い方をすれば魔人らしく頼もしい宣告だった。
(……宣告中に仲間と喧嘩をしたのは歴史上初めてじゃなかろうか)
それでもウィトルは嬉しかった。
ウィトルだけじゃなく、この山のリザードマンとノームは皆一様に喜んだ。
魔人ラグナが元気そうだったこと。以前見たクローバーと名乗るネコの亜人がボロボロだったのは気になるものの、騒いでいたのだからきっと元気だろう。それに。
"王とは何でも受けとめるもんだ。俺が目指すのは共生の道!行き場の無い奴らは俺の元へ来い。力も弱さも全部受け止めて居場所を用意してやる"
大きくて力のあるリザードマンと小さくとも技術のあるノーム。自分たちは共生の道を選んだ。
共生の道を目指すあの人と同じところを見ていることが嬉しかった。
「ウィトルさま、持ってきましたよ」
「ああ、ありがとうマジョリ!」
ウィトルはノーム達が持ってきた道具を受け取る。どれもウィトルにとっては小さすぎるものだ。
「どうして急に爆弾作りをしてみたいと言い出したんです?」
「オレはノームのように爆弾は作れないし、作ってもノームの爆弾に比べれば遥かに劣る。だからこそノーム達の仕事を知りたいんだ。出来なくとも理解することはきっとオレ達の為になる」
そう言って爽やかに笑う。リザードマンを取りまとめるウィトルは今やこの山の要。
ノームを襲う魔物が現れれば駆けつけてくれる。そんなリザードマンが自分達を知ろうとすることはノーム達にとっても嬉しいことであり、ウィトルはノーム達にとって頼もしい守護者と言えた。
「へへー、リッパな守護者を持ててぼくらはシアワセです」
「まだまだ道半ばだ。オレは強く賢くなるぞッ、なんといってもオレの目標は……」
「『ラグナさまの眷属になることだからなッ!』でしょ?もう何回も聞いてますって」
「何度でも聞けばいいじゃないかッ」
いささか突っ走りがちなのは悪い癖かもしれない。けれどもその愚直な姿勢はウィトルの魅力でもあるとノーム達は思っている。
「ラグナ様はあれだけの力を持ちながら犠牲を出すことなく事態を収束させた。あの人は力ではなく良いところを引き出したんだ。オレもあんなボスになりたいからなッ!」
その時、模擬戦の決着が着いた。
リザードマン、ノーム達の歓声はどこか心地いい。
「仕方ないなー、ノーム秘伝の技術を見せてあげます」
爆弾作りを始めてみたものの、ウィトルの大きな手ではノーム達の繊細な技術の再現はやはり難しい。
戦い終えたリザードマン達が興味を持ったのか様子を見に来る。
「ハハッ!ウィトルなんだよそりゃ。まるで干からびた木の実じゃねーか」
「爆弾作りねぇ。雨降ってても使えれば最高なんだけどな」
「水の中で使えればもっとできること増えそうだよな!オレたち水に強いし」
仲間達ときたら思い思いに好きなことを言っている。
「水の中で爆弾……?」
「考えたことなかったなー。ケンキュウしてみるか」
「え、冗談だけどマジでやるのか。いやできるのかよ!?」
確かに水が苦手なノーム達だけでは至らなかった発想だろう。
そしてもちろんそんな爆弾はリザードマンには作れない。
共生の道は今までなかったものをもたらしてくれる。
騒ぐ仲間達を見てウィトルは穏やかに笑う。
手のひらの中で不格好な爆弾が転がった。
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