45.帰る場所
◆人間領王都コル・イェクル
王宮にて六刃星サウスはフォルテドート王の前に跪いた。
フォルテドートはサウスが回収した魔片を眺めて満足そうに労う。
「ご苦労だったねサウス。大義であった」
「光栄です陛下。でもいいんですか?魔片は教会のものです。教会と敵対したくはないんでしょう?」
「そうだね、だけど神官は魔人に殺されたんだ。なら神官の持ち物がなくなっても不思議はないだろう?」
罪は全て魔人にかぶせるわけねとサウスは内心苦笑した。
元々王国と教会は同じ人間でありながら親しいとは言い切れない関係だ。
魔族や亜人といった共通の敵がいるために表面上仲良くしているだけだ。
「ところで魔人は何故インクナブラに現れた?」
大臣アンビテオがサウスに疑問を投げかける。
封印が解け、凶星が降り注いだことで魔人の復活は確実視されていたが、魔人自身の行方は杳として知れなかった。
その魔人が突然インクナブラに現れた。災害獣ヴァナルガンドの群れを伴って。
「どうやらキャスパリーグを助けに来たみたいでしてね。勇者3人がまるで相手にならなかったと聞いています。それから、既に眷属としてマーナガルムを従えてました」
「既に第1の眷属を従えていたというわけだね」
「もしかしたらキャスパリーグも眷属になるかもしれません」
「アンビテオ。これから魔人はどう動くと思う?」
「眷属を増やしていくでしょうな。200年前と同じように」
眷属が増えるほど、魔人の力の一端を持つ存在が増えていく。
200年前の災厄の化身は亜人を従えて災厄を巻き起こした。
「眷属が揃えば状況は今よりも悪くなる。そうなる前に手を打つ必要があるでしょうな」
アンビテオの言葉にフォルテトード王は深く頷く。
「全ての亜人を締め上げるしかないね。神官アンデスだったかな?彼の亜人奴隷化計画は我らの手で推し進めよう。アンビテオ、彼の息のかかった者を洗い出すよう手配してくれるかい。ただし相手は人間だ、穏便に頼むよ」
「御意」
奴隷化計画が進めば反発は大きなものとなるだろう。
フォルテトードの人当たりの良い笑顔は激動を予感させた。
◆
砂漠を越え、赤土の柱の連なる道でゲッカが足を止める。
『ボス、主、来ターー!』
先にインクナブラを後にしたヴァナルガンド達が顔を出す。よしよし、救出した3人の亜人も無事到着してるね。それからキピテルもいる。
「え、キピテルさんがどうしてこちらに?」
「クローバー助けるのに商人達に手伝ってもらったんだ」
ゲインからクローバーの処刑を伝えられてインクナブラの場所を教えてもらった事、キピテルに来てもらってインクナブラの情報収集をしてもらったことを軽く説明する。
「それはご迷惑をおかけしました、というか合点がいきました。ラグナさん達だけでインクナブラまで来れるはずないですし」
ボロボロのクローバーを見た時一瞬キピテルが痛ましそうに眉をひそめたが、すぐに何事もなかったかのように衣服を渡してきた。サイズ的にクローバーのだな。
処刑されるクローバー達はまともな服を着てないだろうと見越して俺と別れた後に購入してくれたそうで、他の亜人たちも用意された服に着替えた後だ。
「服人数分用意してくれてたのかよ天才か?ありがとな!」
「処刑は4人と知らされていた。お前が他の3人も連れて来ると見越しただけだ」
これができる商人ってやつか。
モグラの獣人ヒストが頭を下げる。
「すみません、ぼくたちの分の服まで……」
「礼は不要だ。魔人に全額請求する」
んな念を押したように言わなくても払うって。
ともかくクローバーに着替えてもらおう。
正直目のやり場に困るんで助かった、下着すらはいてないしね。
どしたのゲッカ。え、俺もいつも下着はいてない?分かってんだよそんなことコンチクショウ。
近くに小川があるから着替える前に洗えそうだ。
背中の血流しておいで。
「えっと、ボクが水苦手なの知ってますよね」
そんでまぁこうなるわけだよ。以前風呂入る時もめちゃくちゃあーだーこーだ言ってたしな。
「知ってるけどそのまま着替えるワケにはいかないだろ。おまけに何日も風呂入ってないし」
「ラグナさんが洗ってくれるなら考えますよ」
……積極的なのか遠まわしに絶対イヤって言ってるのか判断に悩むところだな。
隠し事をしてきたクローバーがワガママ言えるようになったのは良いことだけど、入らないのも俺が洗うのもダメです。
「キピテル、ちょっとうちのネコ洗ってきてくれねーか」
「ちょっと!!?」
クローバーが信じられないと言わんばかりの目で見てくるけどそんな目で見てもダメなものはダメ。
「大銀貨2枚だ」
「たっか!?だっダメですよラグナさん暴利です!血も涙も倫理もない商人は!これだから!」
涼しい顔で金を要求するキピテルに全力でクローバーが反対している。
「確かに高いけど背に腹は代えられねぇな……支払おう」
「なんで!払っちゃうんですか!!何のための眷属の契約なんですか!?」
「ネコ洗う契約なんかしてねーーーーよ!!!」
金を受け取ったキピテルがクローバーを引きずっていく。
哀れな抵抗の鳴き声が聞こえてくるけどこればかりは仕方ない……ウチに戻ったら水に体つけること慣れさせていかないとな。
さて、ネコの鳴き声がかすかに聞こえてくるのは置いといて、成り行きで連れてきた亜人達をどうするか考えないと。
「助けてもらった礼がまだだったな。感謝する。家族に会うまで死ぬわけにはいかなかったんだ」
「ぼくも諦めていたので……本当にありがとうございます。災害獣ヴァナルガンドが現れた時はもうダメかと思いましたけど」
熊の獣人ドゥールムがいかつい似合わず丁寧に挨拶してくる。
ヴァナルガンドのことを餌で釣れるユカイな奴らって認識してたけど普通に大人の人間より大きな狼だ。冷静に考えれば怖いよな。
「狼に乗るなんて貴重な体験ができたわ。どうもありがとう」
なんかズレてるお礼を言うのは金髪の長耳の女性。
襲撃に来ていた亜人に助け出してほしいと頼まれたメルムって人と特徴が合致するな。
「メルムってのはアンタだな?」
「そうなの?」
「そうなのって、俺白服のやつらにアンタを助けるよう頼まれたんだけど!?」
メルム?はこてんと首をかしげる。おいマジかよ、まさか人違いだったりする?
「あの、彼女記憶喪失らしいんです」
「あ、そういう……」
まさか記憶喪失とは。そりゃ名前も分からないか。
とはいえ放り出すわけにもいかない。
「仕方ねぇ、しばらくうちで保護するか」
ドゥールムは家族の元へ帰るつもり、ヒストは人間から逃れたいと今後の希望を聞く。
何をするにしてもまず一度拠点に戻っていろいろ支度しないとな。
それにしても帰る場所があるってなんかいいな!と言ってもまだ広大な場所を確保しただけでテントしかないけど。
それからゲインにクローバーを無事救出したことを伝える。
クローバーが処刑されることを真っ先に伝えてくれたし気にかけてくれたもんな。
伝映鏡の使い方は補給地点でキピテルに聞いたからバッチリだ。
……そんで通話に出たゲインは俺の顔を見るなり盛大に爆笑した。
いやめちゃくちゃ失礼じゃない?と思ったらさっきの俺の宣告を思い出したらしい。
「そりゃ確かに放送事故だったけどね!!?でも俺真面目にやったの!」
『魔王や国王陛下の宣告を見た後だと余計にね。あたしは1人くらいああいうのいても良いと思うわ、これは本心よ』
「褒めてねーだろ!!」
そう言いながらも今まさに笑いを堪えている。
ゲインがこんなに笑うの初めて見たんだけどもっと別のところで見たかったよこういうの。
「それよりもゲイン、風竜を倒した。翼以外は傷一つない。素材の輸送手配を進めて欲しい」
「うっわ!急に出てくんなよ!」
俺を押しのけるようにキピテルが割り込んできた。
クローバーはどうしたと思えばクローバーは衣服はちゃんと着て左目に包帯が巻かれていた。髪も洗って風魔法で乾かしてもらってあるので文句も言えない。
『何やってたのあなた達……。竜ね、それなら売り方も考えないといけないわ』
笑っていたゲインが呆れ顔になったのも一瞬ですぐに商人の顔になる。
滅多に流通しないどころではない、流通するのがありえないレベルの素材らしいので売り方にも工夫がいるそうだ。
『キピテルもお疲れさま。ねぇラグナ、あたしの相棒頼りになるでしょう?』
「ああ、口の悪さ以外は完璧だったよ」
俺を挟んで通話越しに相棒自慢とはやってくれる。相棒なら俺のゲッカも負けてないからな!
キピテルが口元を隠していても分かるくらいに嬉しそうだけどこれ俺の発言じゃなくてゲインのねぎらいに対する反応だな。
と前々から思ってたけどキピテルはゲインとそれ以外の奴で態度結構違うよね。
ゲインへの連絡を終えたところでキピテルともお別れだ。次の取引で、とだけ言って翼を広げて帰って行った。
アッサリしてるけどどうせまた近いうちに会うしな、買い物とか竜の受け渡しで。
眷属になったクローバーは収納魔法の容量も入口のジッパーも大きくなったようで、凍ったままの風竜を切り分けることなくまるっとそのまま収納した。
ますます便利ネコに磨きがかかったぜ。
「そんじゃ、休憩して身支度も整ったところでそろそろ出発するかぁ」
「ヴァウ!」
「いつでもいけます!」
ゲッカが合図すればヴァナルガンド達が集まってきた。助けた亜人たちはヴァナルガンドの背中に乗っている。
俺とクローバーはもちろん、ゲッカの背中の上だ。
「帰ろう。俺たちの居場所へ!」
3章はこれにて終了です。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
4章から世界の敵となったラグナ達が村を作ったり交友関係を広めたり戦ったりする話になります。
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