41.公開処刑
嫌な臭いがする。
痛いのか熱いのかも分からない、ただどうしようもなく辛かった。
筋肉が悲鳴をあげるほどに力をこめて逃れようとしているのに固定された手と首は少しも動かない。
苦しくても動けないのなら、それはもう死んでいるのと同じではないだろうか。
顔に大量に何かをかけられた。
心臓が早鐘を鳴らし、その分の酸素を求めて開いたままの口に流れ込んで気管に入る。
不快感にクローバーはむせながら水をかけられたのだと理解して、その時やっと自分が意識を失っていたことに気付いた。
自身が焼かれた匂いに呆然としていると再び前髪を引っ張られてブチブチと髪が千切れていく。
顔を衆目に晒された。
「これが大罪人、この世全ての敵の卑しい姿である!」
耳元で大声を出され、唇を噛み千切りそうなほどに噛みながらクローバーは無事な方の目を開いた。
処刑台は多くの見物客が見ることができるように高い台で造られている。
クローバーの眼下の平民たちが断頭台を見上げ、横に設けられたスペースには貴族や富裕層が座っていた。
人間が見ている。
興味本位で見に来た者、見下すために身に来た者、自分より下の者がいるとストレス発散に来た者。娯楽として消費する者。
その中でクローバーは左目が二度と使い物にならないことを悟る。
けれどももうすぐ右目が映す光景も永遠に認識できなくなるだろう。
「大の男でも2、3回打たれれば泣き喚く。何発耐えられるかな」
わざわざ目の前に鞭を見せつけられた。茨のように棘が仕込まれている。
この地のネコを通して何度か処刑を見たからこの後どうなるかは知っていた。
断頭台で一瞬で終わらせたりはせずに何度も鞭で打って痛めつけ、苦痛に満ちた表情の首を斬り落とすのだ。
そこに慈悲はなく、落とされた頭は朽ちるまでインクナブラの門前で晒されることになる。
「う、あァ!!」
人間たちは自分を見ている。
鞭打ちされてから死ぬまでどのくらいかかるだろう。
二十数回打たれてショック死した記録があったのはどこで見たのだったか。
鞭打つ処刑人の笑い声がどこか遠くのものに感じた。
早く意識を飛ばせれば幸せだろう、意識を失えばきっと二度と目覚めることは無い。
その時の訪れをひたすら祈る。
クローバーとは"幸運"という意味なのだと幼いころに両親が言っていた。
こんな厄介な自分を、気味が悪い自分を愛してくれた。
どうして忘れていたのだろう、そう思ったら目前に迫る死が怖くなくなった。この世とのお別れも近い。
口の中は先ほどまで鉄の味がしていたけれど、今では何の味かも分からない。
叫ぶことにも疲れて項垂れたまま唇を噛み続ける。
体は痛みでまるで亀のように固く縮こまっている。なんだかもう、疲れて来た。意識を手放してしまおうか。
「……何だ?」
うつろな目で終わりの訪れを待っていたが、処刑人が鞭打つ手を止めた。
体は動かないし動かす気もないけれど、残った方の目を開けば相も変わらず眼下の人間の姿が見える。
人間たちはみんな自分を見ているはずだ。
嘲笑して、罵って。中には可哀想だと思ってくれる人もいるだろうか。
意識がぼんやりしていたから人間たちが自分を見ていないことに気付くまでに時間がかかった。
自分を見ているはずの人間たちが一様に太陽の方を見ている。
人間たちの向く方へ、視線だけを動かして、クローバーは心臓が止まるのではないかと思うほどに驚いた。
まさか、と考えてはいけない淡い期待が生まれた。
いや、来るはずがない。
あの人は地理もまともに分かっていない。
建物の上に、馬鹿みたいに仁王立ちしているまるで場違いな姿が見えて、クローバーは思いきり脱力した。
「勇者は、広場を守らせていた冒険者は何をしていた!?魔法部隊、放て!!」
指揮官の声と同時に横一列に整然された魔術師達が一様に同じ杖を掲げ電撃を放つ。
回避はもちろん、受けることも困難な20人分の電撃を凝縮させたその一斉攻撃はまさしく必殺の攻撃だったが男に到達する前に黒い塊に吸い込まれた。
巨大な黒狼が不満そうに唸ると魔術師たちはたじろぐ。
この程度では餌にもならない、もっとやってみせろと言わんばかりに挑発する狼が男に従っている。
男は赤い髪を砂漠の熱風で揺らしながら低い声で言い放つ。
「うちのネコに何してんだよ」
◆
どこからともなく声が聞こえた。
「災厄の化身だ!」
「本物のラグナだ!」
「またこの街を燃やしに来たんだ!」
広場が騒然とする。
災厄の化身ね、そう呼ばれてみるとむず痒いものがあるけれども今はその恐怖を利用させてもらおう。
広場は人間でごった返している。
高い所からならクローバーを見つけられるだろうとゲッカに適当な建物の上まで移動してもらえば処刑台はすぐに見つかった。
まだギロチンは落ちてない、間に合ったと思ったのも一瞬で、クローバーの横に立つ男が鞭を持っておりその鞭が赤く染っているのが見えた。
瞬間、体の血液が沸騰するかのような感情が湧き上がる。
「魔人だと!?何故ここに!?」
処刑台の上の黒服の男が睨め付ける。男の蛇のようにまとわりつく視線がひたすら不快だ。
その時、項垂れていたクローバーが顔をあげる。
そしてこちらを見て信じられないものをみるかのような顔をした。
「クローバー!目は!?」
左目を中心に皮膚は焼けて赤黒く変色している。
美人ではないけれど整ったかわいい顔だった。今日の空のような澄んだ空色の目をしていた。
急激に湧いて来た怒りはすぐに水を差された。他ならぬクローバー自身によって。
「どうして……、どうして来たんだ!ボクはもうお前とは関係ない!」
「ハ……、ハアァァーー!?」
この街にぶつけようと思った感情が別ベクトルのものに変わっていく。
いや分かってた、分かってたよ自分から出て行ったんだからそう言われることくらい。
いかん、地味に飼いネコにお前って言われるのショックだな?
ゲッカがぺろぺろ舐めてくれる。ゲッカは優しいな、いやネコは気まぐれって言うからこのくらい大丈夫だぞ。でもそれはそれとして、これは言い返さないと気が済まない。
「傷つくじゃねーかバカ!どうしてもクソも、主人に断りもいれずに逃げ出したネコを連れ戻しに来たんだよ!」
「だ、誰が主人だ!!」
「お前に飯食わせて守ってきた、この俺だよ!!」
「主人と思ったことなんて一度もない!!」
今にも死にそうな顔してたわりに言い返す気力はあるな。思ったより元気そうで少し安心した。
それならとっとと回収してこんな街オサラバしよう。
「狙いはキャスパリーグか!」
「んんっ!」
黒服の男が抵抗できないクローバーの頭を黒い靴が踏みつける。
固定された首が押し付けられて息がつまり、くぐもった声が聞こえる。
ちょっと何してくれんの!?
「オイてめぇ!!」
「処刑を続けろ!」
処刑人が鞭を振り下ろす。
クローバーが叫びをかみ殺している。鞭で鮮血が飛び散るのが見えた。
「てめぇええ!!ゲッカ、アレ行くぞ!!」
「ヴァオオゥ!」
「来い!災厄魔法"黒の行進"!!」
風竜との戦いで眷属から手に入れた魔片で覚えた新しい魔法だ。
闇の力が俺の声に呼応し、足元から噴きあがる黒い靄が上空に向かって放たれた。
"黒の行進"、災厄魔法にしては珍しく、災厄魔法にしては本当に珍しくMPコストが低めで殺傷力もない人畜無害な魔法だ。
その効果は"その地の光を奪う"というもの。靄が空を覆い尽くし、辺りに暗がりが訪れる。
「急に夜に!?」
「灯りを!灯りを用意しろ!!」
太陽の光がかき消え、宣告期間であることを示す赤い月だけが空にぽっかりと浮かんだ。
この魔法、とにかく闇魔法を使うゲッカとの相性がめちゃくちゃ良い。
「今だゲッカ!」
「ヴァ!!」
俺の合図でゲッカの目が光り影が広がった。
風竜を屠る決め手となった例の魔法。そう、"どう見ても悪いヤツが使う魔法"!
地面のところどころかがギョロ、ギョロと目玉が生えてきて処刑を見に来ていた人間達があちこちで悲鳴をあげる。
「ひっ、いやあぁあ!」
「なんだよコレ、き、気持ち悪ぃ!!」
「こ……この!!」
恐怖に駆られて目玉に剣を突き刺そうとする兵士の手を床から伸びた影が絡め取り、そしてそのままずぶずぶと影に引きずり込んでいった。
「いやだ……いやだ!助けてくれ!!」
完全に影に呑み込む直前に兵士の意識は落ちる。失禁したようだ。
その光景は周囲の人間に恐怖を与えるには十分で、暗闇の中で人間達が我先にこの場から離れようとパニックになった。
さらに俺にとっては良いニュースで市民の皆さんには最悪のニュースが訪れた。
『主!リーダー!!!』
『遅クナッタ!!』
「よぉーーーし、よく来たヴァナルガンドたち!」
赤い月灯りに照らされる広場にヴァナルガンド達が次々到着する。
「災害獣だ!!一匹じゃない!」
「報告しろ!狼は何体いる!」
「目視で確認できるだけでも、五、六……まだ増えます!」
逃げようとしていた人間たちも広場はヴァナルガンド達に包囲されていると悟ったようだ。
逃げ場を失って引き返すヤツらが人を押しのけ、蹴りつけ、逃げる場所もないのに逃げ惑う。
「ヴァナルガンド!!東の建物に亜人が3人捕まってるはずだからさらって来てくれ!逃げるヤツと無抵抗のヤツは攻撃するな!――あとは好きにしろ!荒らせ!!こんなとこ、ぶっつぶせ!!」
ゲッカの合図で終結したヴァナルガンド達が一斉に処刑広場、そして処刑を見に来た人間達のもとになだれ込み辺りは悲鳴と混乱で聞くに堪えない雑音に支配された。
「ゲッカ、台に行くぞ!」
「ヴァルルル!!」
ゲッカが建物を蹴って地に着地した。そして処刑台にまっすぐ駆ける。
「……っ、いらない!あなたが来たらボクがここに来た意味がない!」
「もうおせーよ!来ちまったんだから!」
「地理もまともに知らないくせに!無知なくせに!なんでこんな時だけ自力で来れるんだ!」
ナチュラルにバカにしてるなコイツ。
いや商人に案内してもらったから自力じゃないけど。
「誰が無知だ!それ以上バカなこと言ってるとくすぐり倒すぞ!」
「なっ……!どっちがバカだ露出狂!!」
「今のおめーの布面積もどっこいだよバーカ!!!」
いやもう口論するだけ無駄だ。回収してあとで心置きなく文句言おう。
「ひ、ひぃィっ!?」
鞭を持った処刑人が向かってくる俺とゲッカに恐れたのか後ずさる。
「鞭はいい、とっとと刃を落とせ!」
「は、はい!」
黒服の指示で処刑人が慌ててクローバーが固定されている断頭台に手をかけた。
刃を固定している縄が切られればクローバーの細い首は断たれるだろう。
「ゲッカ!」
「ヴァッ!!」
ゲッカの影が伸び、処刑人の脇腹を貫いた。
「ぎゃあぁあッ!!」
処刑人の男は苦痛に悶え、高台から落下する。
黒服の神官が忌々しいと言わんばかりに目を見開いた。
台にいるのは黒服とあと処刑人が1人。ゲッカに振り落としてもらおうと思っていたが、うまくはいかなかった。
「これ以上は近付けさせないぜ」
「ジャマは間に合ってんだよ!」
鷲頭に獅子の体の魔物、グリフォンに乗った男が現れる。
「助かった、六刃星が来た!」
「撃摧のサウスだ!」
ゲッカが影から腕を数本伸ばし一蹴しようとするが男は大きな斧を振り回して影を叩き切る。
なるほど、そこらの人間とは一線を画す。
「ウワサに聞く人間の最高戦力っていう騎士か!」
「おっ、魔人に知られているとはそりゃ光栄だ」
態度は軽いが動きに隙は無い。
「サウス様、我ら聖鷲隊到着しました」
「いいぞ、そのままオレについてこい!魔人を相手にできるなど滅多にない機会だ」
サウスはグリフォンを駆り、ゲッカの黒炎を全て跳ねのけ回避する。
そして部下であろうグリフォン軍団が続々到着する。今相手してる暇無いってのに!
「つれないな、逃げるのか?」
「うちのネコ回収した後で相手してやるよ!ゲッカ、足止め頼む!」
「ヴァウ!」
ゲッカが闇魔術でサウスたちを足止めする間にゲッカから飛び降りて処刑台へ駆け抜ける。
邪魔な兵は全部なぎ倒せば終わりだ。
「ダメ、やめてください。ボクはいいから!」
「いいわけあるか!だったらなんでそんな縋るような顔してんだよ!」
俺を拒絶するにはクローバーは懐を見せすぎた。
追われ続ける境遇に生まれながら生きあがいてきたことを俺は知っている。
「せっかく覚悟を決めたんです。ボクがいれば、いつかあなたもあなたの居場所も壊してしまう。ボクはキャスパリーグだ!」
「なんだよそのキャスパリーグっての!俺今日初めて聞いたんだよ!」
「……『破滅の怪猫』、自分にも周りにも災禍をもたらすというキャスパリーグの固有スキルです」
おおう……。
清々しいくらいにデメリット満載なスキルっぽい。
有り体に言えば不幸体質ってことか。
「あなたの居場所にスルトみたいなのを呼ぶかもしれません」
「そのスルトだって俺たちで倒しただろが!」
根無し草だったこれまではともかく、自分がいることで亜人の居場所を破滅させたくないってことか。
俺が隣人に優しい場所を作るよう願ったんだろう。その時その場に自分がいなくとも。出て行く理由は分かった。
でもそれなら対処はシンプルだ。
クローバーが招く破滅を俺がなぎ倒せばいいだけ。
クローバーの破滅よりも俺の災厄の方が強いことを何度でも何度でも教えてやる。
だから、言葉が聞きたい。
「ああもう、お前のウソは聞き飽きた!」
「っ!」
クローバーが右目を見開く。
「正直に言え、お前の言葉で!お前がどうしたいか!!」
10万PV達成しました!どうもありがとうございます!




