38.ラグナとステラ
ステラの『魔人特攻』により受けるダメージがいちいちデカイ。
さっきから『常在戦場』の先読みがロクに働かないのもこのせいか?
「今度は以前のようにはいきません!」
以前?何かやったっけ?
「忘れたのですか、200年前この街を火の海にしたことを!」
アッ、昔の俺がいろいろやってくれたみたいだわ。
「インクナブラにはあなたに家族や親友を殺された人々の子孫が生きています。あなたが忘れても私たちはあなたを忘れない!」
「Oh...」
火の海か。"嘘つきの炎"だろうなー。
あんな殺意高い魔法街に撃っちゃダメだろ前の俺。いや街に向けて撃っていい災厄魔法なんかないけど。
「"断罪の矢"!!」
「ヴァウゥッ!!」
「ゲッカ、大丈夫か!?」
直撃は逃れたものの、ゲッカ共々攻撃の余波ですらダメージを受ける。
ゲッカが苦しそうに呻いている。
「ゲッカは『魔人特攻』の範囲外なのになんでこんなダメージ受けるんだ!?」
「ゲッカ殿は、貴殿の眷属になったのか?」
「そうだけど!?」
ユーリスがゲッカを眺めながら言う。
「眷属は主の性質を一部受け継ぐ。魔人の眷属であれば魔人特攻の対象だ」
マジかよ。
眷属契約、利点が大きいけれどこういうデメリットもあるのか。
俺と契約した奴はもれなく『魔人特攻』の対象になる。
「ユーリス、どうして魔人なんかと……!」
「ステラ、私は以前彼に一度会ったが話に聞く程の悪人だとは思わない。彼は200年前の記憶を失っており、もはや私たちの知る魔人とは別人だ」
「別人?」
「少なくとも私はそう確信している」
「……それでも200年前の事件がなくなったわけじゃないわ。今だって勇者を簡単に倒してしまうだけの力はあるもの」
この世界、力を持つ生き物ほど強い者を嫌悪するようになる。
人間という種族は強い。
だからこそ力を持つ俺が怖いのかもしれない。
「そうだね、その上で私は彼とは戦いたくないと思っている。善人とも思わないが」
善人だったらメロウ達に商人を殺させたり領主の館を襲撃とかしないしな。
俺は俺のルールに則って何人も殺してきた。
「それでも私は勇者だ、人に仇なす災厄は止める。私の大切な友を傷つけるなら貴殿と剣を交えることになるが、貴殿が彼女を傷つけることなくこの場を収めたなら、私は貴殿を災厄とは認識しない」
「ステラを説得してみせろって事か?」
「これが私にできる最大限の譲歩だ。私は貴殿の友である前に勇者だ」
俺への殺意マシマシなステラに手を出さずに説得すれば見て見ぬふりするよってことね!
難しいことを言う、けれどもユーリスが約束を違えることはないだろう。
「仕方ねぇな、やってやる!」
「私を説得?あなたの言葉など信じません」
「こっちが話すっつってんだから攻撃やめろや!」
ステラは容赦なく攻撃してくる。
このお嬢さん俺とは話し合いのテーブルに着く気すらないわけね!
「ヴァ、ヴァウ!!」
ホーミングして襲い掛かる光の玉をゲッカの黒炎が相殺する。
「記憶を失ったということはルナリア様のことも覚えてないのですね」
「誰それ!?」
「かつてあなたを結界で捕らえあなたを討った女性。私の大叔母様です」
あ、納得がいった。あと『常在戦場』が働かない理由にも説明がつく。
『常在戦場』の効果は「相手の行動・動きを予測し、戦闘経験が多いほど精度が上がる」というもの。
前の俺はステラの先祖ルナリアに勝てなかった。
魔人の体はルナリアの血を引くステラの戦い方に苦手意識とかあるのかも。
「俺を封印したヤツの子孫か……『魔人特攻』スキルは遺伝なのか?」
「大叔母様の血が影響しているのは確かでしょう。けれどもこのスキルに目覚めたのは最近です」
ステラの顔に陰りが見える。
「最近とはまた都合がいいな」
「はい。運命とすら思います」
「カッ!情熱的だな!」
陰を落としたまま俺に光を放ち続けるステラ。何がそんな顔にさせるんだろう。
「茶化さないでください!あなたの封印が解けるまであと100年はかかるはずでした。けれどもこの時代にあなたは目覚めてしまった!」
ステラは歯噛みして、ひと際大きな光の玉を浮かばせた。
『常在戦場』が働いたのか、それとも魔人の体が憶えているのか、次に何が起こるか予測ができた。――あの光の玉は爆発して俺の体を射貫く。
「魔人ラグナ。どうしてあなたがこの時代に目覚めたのか、私が納得できる答えをくださいっ……!」
ステラの切なげな声が言い終わるよりも早く。
光が辺り一面を塗りつぶす。
「あ!っぶ!ねーな!!」
大技だったのだろう、消耗して肩で息をするステラ。
こっちだって1撃1撃が超威力の攻撃を向けられ続けて気が休まらない。でも対策はだいぶ分かってきた。
「アンタの攻撃、俺たちにはよく効くけど、俺たちの放つ魔術に対してまでは対象にならないみたいだな」
「ヴァオォォウ!!」
ステラは特攻抜きなら多少腕が立つ程度。純粋な戦闘力ならキピテルなんかの方がずっと強い。
ステラの特攻対象は魔人とその眷属であって、ゲッカが放った闇や炎に対しては特攻対象にならない。
ステラの光が俺たちを潰す瞬間にゲッカが放った闇が光を食い潰した。
つまりステラの攻撃は受けるんじゃなくて相殺や魔術による防御で問題なく防げる。
「どうだ俺の相棒のゲッカの力は!強いしかわいいだろ!」
「ヴァウ!」
ふさふさの首回りをモフモフしてやればゲッカは気持ち良さそうに鳴く。
けれどもステラは眉間にしわを寄せる。オイオイ綺麗な顔が台無しだぞ。
「大きな狼なんて恐ろしいだけです」
「人間だの亜人だの……まずその先入観を捨てて物事を見たらどうだ!?」
「先入観……?あ!」
消耗している今なら大きな技は使えない。息切れしているステラに向かって走り出す。
ステラは呼吸を整えながらも攻撃体勢に入った。
「ラグナ殿、待っ――」
「怪我させなきゃいいんだろ!」
ステラの足元目掛けて拳を振り下ろせば衝撃で大穴があく。
以前キピテルと戦った時にもやったやつだ。あっちは飛べるから意味無かったけど。
「きゃ!!?」
足元が突然消滅し体勢を崩したステラはそのまま穴に転がった。
砂漠の砂が窪んだ穴に流れ、起き上がろうとするステラの脚元をすくう。
「まず大前提だけどな!火の海だの勇者を倒すだの興味ねーっての!俺は家出したアホネコ迎えに来たんだよ!」
「ネ……ネコ?」
予想していなかったようでステラがポカンとする。
だがすぐに本来のネコの意味ではないことに気付いたようだ。
「……今日処刑されるネコの亜人のことですか?」
「そう!ケットシーのクローバーだ!」
「教会から遺産を盗んだ罪人と聞いています」
さすがあちこちの街で手配されただけあってクローバーは有名人だな。
人間にとってクローバーは処刑されて然るべき亜人という認識かもしれない。
「俺は行き場のない亜人が生きる村を作ってる。その場所にアイツは必要なんだよ」
「村、ですって?」
「ああ、違う種族でも一緒に飯を食って安心して寝れる場所だ。亜人の扱いが良くないのはインクナブラで生きるアンタだって知ってるだろ?」
「居場所を作るために必要だから、亜人を助けると?」
ステラは俺の話を一蹴しない。
よかった、ユーリスの友人だからきっと亜人の扱いに思う所ある奴だと信じていた。
これで亜人の命なんか知るかーとか言われたら説得諦めてユーリスと戦うコースだったわ。
「っていうのは建前でな」
「え?」
村作りにクローバーの力が必要なのは本当だ。でもクローバーを助けたいのは役に立つからじゃない。
「俺はアイツを気に入ってる、助ける理由なんてそれで十分だろ!」
ステラは俺を見上げている。
「処刑なんざ認めねぇ、邪魔するヤツ全員はっ倒してでも助ける!アンタだって好きなヤツが苦しめば助けたいと思うだろ?」
ステラの顔に動揺の色が浮かんだ。
けれども次の瞬間、堰を切ったかのようにステラが声を張り上げる。
「処刑は覆りません。あなたが大切な人を助けたいということは分かりました。でもその人は今日、法というルールで裁かれます」
「そりゃ人間が決めた人間のためのルールだ!道行く亜人は殺しても無罪とかいうふざけたルール満載のな!」
「確かに酷いルールです。しかしルールは守られるためのもの。人がルールを越えてはなりません」
理論武装をかざすその姿がどうしてか心細く見える。
悪法もまた法であるとは誰の言葉だったか。一理ある、あるけどな!
ルールは人を守るためにあるからこそ人はルールを守る。
けれどもそのルールは亜人を守ってはくれない。
「インクナブラでは、食うのに困る奴はいるのかい?」
「インクナブラには仕事があり、貧しくとも教会から施しを受けられます。飢える人など……」
「そりゃご立派。宗教都市と呼ばれるだけある」
ステラは何の話だろうかと訝しがっている。
インクナブラは交易と宗教で栄える宗教都市だから、教会の司祭なら食事に困ることはないだろうな。
「盗みは悪いことに違いない。初めて会った時もアイツは俺から荷物を盗んだ。腹空かして、飯食うためにな」
「……それは」
「タブースキルを持って生まれた亜人がどうなるか分かるだろ。誰にも頼れない。欲しいものは自分で得るか、奪うか、諦めるかしかない」
クローバーと会った日、あいつには物を分けてもらうという発想すらなかった。
インクナブラという街で生きるステラはそのことに思い至るだろうか。
「だから、飢えることも怯えることもない新天地を人里離れたトコに作ろうとしてる真っ最中だ!押し付けるルールなんざゴメンだ、俺たちは俺たちのルールでやる!」
ステラが息を呑む。俺の主張お分かりいただけただろうか!
いやまだだ、まだもう1つあった。
「あとさっきの質問の答えだけどなぁ!」
ひと息ついて、言いたいことを言わせてもらう。
「なんで俺がこの時代に目覚めたのか、とかンなこと俺が知りてーーわ!!マイホーム建ててのんびり過ごしてぇなーって計画立ててんのにやれお前は災厄だやれ戦争を引き起こした張本人だと言われて困惑しっぱなしなんだわ!!マジなんなんですかね!?」
ここぞとばかりに想いをぶちまける。
ステラやユーリスだけじゃなくてゲッカまで唖然としてた。
あんま言わないようにしてるからねこれ!!
「人間と仲良くしたいと思って街に行こうとすれば止められるし、そもそも人間に会えば罵倒のち斬りかかられるし!寂しいだろが!!」
目覚めた時、俺は1人だった。
そして地底湖で1人だったゲッカ、故郷を捨て1人だったクローバーと出会った。
俺たちはひとりぼっちの集まりだ。今さら独りには戻れない。
暫く黙っていたステラが口を開く。
「あなたは……あの処刑を止めると?」
「さっきからそう言ってるし!そのつもりで俺ここにいるし!だから今必死にアンタに結界解いてくれって説得してんだけど!!?」
いやマジいい加減結界解除してもらえますかね!?時間あんまないの!
「全てを敵に回しても、亜人を助けるつもりなんですね」
「あったり前だろ!」
「当たり前ですか……私は、助けられませんでした。恩師の処刑を止められませんでした」
恩師の処刑?
頭にハテナマークを浮かべていると、ステラの代わりにユーリスが説明してくれた。
「ラグナ殿、以前私が言ったことを覚えているか?数ヶ月前、貴殿が目覚めたことで封印が解けた責を問われオンラードという方が処刑されたのだ。……ステラの育ての親だ」
ステラの顔に陰が差していた理由にようやく思い至った。
ステラは大切な人の処刑を止められなかった。
「全てを捨ててでもオンラード様を助けることができなかった私は、弱いのでしょうか」
めちゃくちゃ答えにくいこと聞くね。
「あのな、他人に大事なもんの答えを求めんなよ。決めたことの責任は自分で取れ!だいたい、俺が何言ってもアンタ納得しないだろ?」
生きにくいのは亜人だけじゃない。
司祭という人を支える立場であるステラが我先に感情を放り投げることなどできないし、勇者であるユーリスは人間と魔族が戦うことのない世界を願いながらも魔王を倒しに行く。
「世界は気に入らないもんばかりだ。亜人の立場も、人間のルールも、俺の仲間を奪おうとする処刑もな!俺は気に入らないもん全部をぶっとばして押し通る。これ以上アンタが邪魔をするっていうのならユーリスごとアンタを倒して行くしかない」
処刑までの時間はない。陽は残酷に高くなっていく。
「……納得は、できません。かつての魔人と違うとはいっても割り切れません。私ができなかったことを成そうとするあなたが羨ましくて憎くもあります」
そこで、ステラが杖を降ろす。
「けれど……、ユーリスに友を斬らせるわけにはいきませんね」
ステラの言葉と共に俺たちを囲う結界が霧散した。
ゲッカが嬉しそうに通れることをアピールする。
「ヴァウ!!」
「っしゃ、ありがとな!時間がないからもう行く!」
「待って。インクナブラの人に手を出さないと約束していただけますか?」
「無理だと思う。降りかかる火の粉は払うだろ」
「……そう、ですよね」
俺にそんな約束を求める事そのものが綺麗ごとだとステラ本人も分かっているんだろう。
きっとステラには気持ちを整理するための圧倒的に足りない。
「もう行くぞ!ホントに時間ないんだからな!」
「ではどうか」
「どうか、神官アンデスに気を付けて」