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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
3章 王の宣告と世界の敵
86/163

35.人間の集まる場所

 ◆


 陽の光の入らない地下深く。

 灯りは申し訳程度につけられたランプだけ。

 今は何時だろう。昼か夜かも分からない。


 その部屋には処刑を待つだけの4人の罪人が収容されていた。


「ガハッ!ハァ、ハァ、クソッ」

「ドゥールムさん、もうやめた方が……」


 四肢は満足に動かないにも関わらず暴れた結果、熊の獣人ドゥールムは兵士たちに痛めつけられた。

 気弱そうなモグラの獣人が気遣うも、ドゥールムは傷つき転がされながらも檻の向こうを睨む。


「殺されるにはいかねぇ。家族が待ってるんだ」


 ドゥールムの故郷は森の中にあった。

 ある日家族が人間の奴隷商人によって攫われ、ドゥールムは怒りのまま奴隷商人を追って手をかけた。

 亜人の集落を襲った場合、非は人間にある。にも拘わらず人間が作った曖昧な法は亜人を守らない。


 "集落の中ならば確かにお前に責はないだろう。だがお前は集落を出た。集落の外で人間を殺したの以上、お前は死をもって償う他あるまい"


 腸が煮えくり返る思いだった。

 抗議しても判決が覆ることはなくドゥールムは公開鞭打ちによる処刑が決まった。



「僕は政治犯として捕まりました」


 モグラの青年ヒストは諦めたように話し始める。

 彼の一族は古代の言語について研究していた。古代言語は失われた神々の文明の再現に役立つと期待されている。

 人間から調査依頼を受けて遺跡を調査した際に偶然、教会が破棄した歴史について知ってしまい、罪をでっちあげられた。要は口封じである。

 人間に関わらなければと思った時には何もかもが遅すぎた。



「あなたは?どうしてここに」

「さぁ、どうしてここにいるのかしらね?」


 耳の長い金髪の女が答えた。

 自分の名前も素性も、何故ここにいるかも分からない記憶の無い植物の亜人だった。

 だがこうして監禁されている以上、人間にとって都合が悪い存在なのだろう。



「お嬢ちゃんは物を盗んだんだっけか」

「ええ。導きの笛を」

「導きの……?」


 ドゥールムはネコの亜人を見る。

 暗くて顔はよく見えないが成人すらしていないだろう。故郷の娘のことを思い出し胸がずくりと痛む。

 その声はこれからのことを受け入れるかのように淡々としている。


「楽園に行くための教会が保有する遺産です」

「楽園へ行けるのか?」

「月が太陽に完全に隠れる日、導きの笛を持って禁足地へ赴いた者は祝福を受け、北虹の架け橋と呼ばれる楽園へ行けるんです」

「天上の国か。こんな世界だ、楽園に縋る気持ちは分かるが、禁足地なんて行けるヤツほとんどいないだろう」


 こんな世界だからこそ楽園に縋りたくもなる、けれども天上の国を目指すも道のりに断念したのだろう。ドゥールムもヒストもそう結論付けたが、帰ってきた言葉は意外なものだった。


「いいえ。とても心強い人がいましたから、行くことは出来たと思います。でも、もう行く意味がなくなったんです」

「楽園に行けたのに行くのをやめて処刑されにきたということか?」


 返事は来ない。否定しないということは大体当たっているのだろう。

 少ししてネコの亜人は口を開く。


「楽園は確かに安全でしょうけれど、そこではボクの夢は叶わない。だけどここでならずっと探し続けてきた宝物がやっと見つけられそうなんです」

「宝物って?」

「皆が笑って過ごせる世界。違う種族の人と、一緒にご飯を食べて眠れるそんな場所。――なんて言ったら笑いますか?」


 考えたこともない話だった。

 普段なら夢物語と一笑に()す話だ。

 けれどそれができなかったのは、処刑を前にあまりにも穏やかな声をしていたから。


「ボクの夢はこの地で生き続ける。破滅のこの身には有り余る終わり方です」

「おい……嬢ちゃん、何者だ?」


 訝しがるドゥールムとヒストに、ネコの少女は何てことないように返した。



「キャスパリーグってご存知ですか?」




 ◆砂漠の入口にて




 処刑の日まであと三日。


 明け方に砂漠の入口に到達した俺たちは夜まで岩陰で休憩をとることにした。魔人である俺が白昼堂々と砂漠を渡るわけにはいかないしね。

 ここまで来ればインクナブラはそう遠くないそうだ。


 そして休息を取って目が覚めたのは正午をとっくに過ぎた頃。

 移動までまだ時間はある。俺とゲッカのステータスの確認をしておこう。


-----------

 名前:ラグナ

 種族:魔人

 LV:19/19[LIMIT]

 HP:5435/5435

 MP:395/395

 速度 :185(+81)

-----------

 名前:ゲッカ

 種族:マーナガルム

 LV:82

 HP:2246/2246(+543)

 MP:181/581(+39)

 速度:824(+18)

 所持スキル:

『惨劇の狼』『悪食A』『月の加護B』

『解析A』『炎魔術B』『闇魔術B』『神速S』

『毒耐性B』

-----------


 風竜を倒したせいかLVが一気に上がっている。

 眷属契約でゲッカが強くなるほど俺の速度が上がってくれるのは嬉しいな!

 今の所持スキルポイントは3だ。

 インクナブラで何が起こるか分からないから状況に応じて使おう。



 それからゲッカの闇魔法について改めて確認。

 ゲッカができることは主に3つ。


 ①闇を発生させて吸収する。これは小さなブラックホールみたいなやつ。

 ②影と一体化し影を操る。影が濃くて辺りが暗い程効果が強くなる。夜だと竜を完封できるほど強力だ。

 ③影に潜む。小さな影にも入ることができるので隠れたい時に有効。


「俺も影に入れれば隠密して街に行けそうなんだけどなぁ」

「ヴァウ!」


 ゲッカが得意げに出来る!と言ってる。

 え、できるの?


 ゲッカの影に収まるサイズまでならゲッカと一緒に影に潜れるらしい。ゲッカは俺より大きいから俺も一緒に入れるな。

 影の中は自由に移動ができる他、影が動けば影と一緒に中身も移動するようだ。


「ってことは……インクナブラを目指す旅人とかの影に入ればそのまま街の中に入れる!」

「ヴァウ!!」


 いやまぁ砂漠でどうやって人の影に入り込むかって問題はあるけど、なんと今そこは何の問題もないんですよ。


「……砂漠前まで着いたか」

「キピテル!めっちゃいいタイミングで起きて来たな!!」

「なんだそのニヤついた顔は」


 キピテルという商人がまさにいるからな!



 ◆



「影に潜る能力か。確かに潜入難易度は大幅に下がる」


 ゲッカの能力についてキピテルに共有するとやっぱり好感触だった。

 影に入る時と出る時にMPを使用するから影に入ったままでMPが切れることもない完璧な使い勝手だ。

 MPをとことん搾り取るどこかの災厄な魔法にも見習ってほしいですねマジで。


 試しにキピテルの影に入らせてもらった。

 影の中からは外の景色はぼんやりとしか見えないけど、影が濃いほど外の様子も見えるようになるらしい。一方音は聞こえるので影の中からでも会話はできる。

 ただし影が小さくなったり薄くなると強制的に影から追い出される。

 そうそうないだろうけど光次第で影がなくなることはありうるから気を付けような。


挿絵(By みてみん)


 インクナブラには多くの戦力が集まっているため影に隠れていても感知できるスキルを持つ人間がいるかもしれない。

 だからまずは砂漠に点在する補給地点でインクナブラに関する情報を集めることになった。

 夜のうちに移動して朝を迎えれば処刑の日まであと二日だ。


 ヴァナルガンドは目立つので一度別れて各自で潜んでもらうことにする。

 二日後にゲッカが合図したら一斉に来てもらう手筈だ。


 キピテルは頭にターバンを巻きなおしていつもの商人の格好。

 意外と幼顔で寝顔もかわいかったけれど機嫌損ねそうだから本人には言わないでおこう。


 俺とゲッカはキピテルの影に潜り込んだ。

 あとはキピテルが補給地点に到達するまで大人しく待てばいい。



「インクナブラへ商談に来たレギス商会の者だ。ここで補給をさせて欲しい」

「商会タグと本人確認完了しました。どうぞお通り下さい」


 人間の街に入る時は身分を証明できるものを提示する必要がある。


 インクナブラは亜人奴隷制度を進めている街なので人間が連れた奴隷かハルピュイアといったギルドの遣いでもない限り入ることができない。

 でもキピテルは改竄でステータスを人間に書き換えてるので堂々と入っている。度胸あるねこの鳥。



 補給地点と聞いていたけれどこの地には信仰者や商人が行き交うから情報が集まるそうだ。

 影の中から耳を澄ませば人の気配と賑やかな喧騒が耳に入る。


 考えてみればこの世界に来てから人間の街に来たことは一度もなかったな。

 普通の暮らしをする人間の声を間近で聞いたのは初めてだ。


 商いを行う者がいて、宿があり食事処があって人が集まるのだから軽く小さな町だな。

 何が売れる、どの街で何があった、処刑が近い、教会が慌ただしいといった話が聞こえてくる。

 魔人ではなく普通の人間として転生していれば俺もこうやって過ごしたんだろうな。

 この体もそう悪いもんじゃないけど。



「一晩泊まりたい。個室はあるか」

「あるよ!個室なら夕食付で一晩小銀貨5枚だ」


 宿に入ったようだ。

 人間との普通の会話に俺が話してるわけでもないのになんだかテンションが上がる。


「はい確かに。部屋は2階の奥、こっちが鍵だ」

「感謝する。それとインクナブラの様子について尋ねたいのだが」

「おや。お兄さん商人みたいだし知りたいのは情勢かな?近々また処刑があるから騎士やお偉方が来て慌ただしいみたいだよ」

「詳しく聞いても?」

「なんでも騎士のお偉いさん、それに勇者が3人も来てるそうだよ」


 勇者が3人も。


「炎熱の勇者ベクト、光星の勇者ユーリス、幻影の勇者アンブラ。勇者目当てで見に来る人もいるって話さ」

「――ぶ!」


 思わず声が漏れた、と同時にガン!!!と大きな音が鳴った。

 ……キピテルが床を蹴ったっぽい。

 や、やらかした。店主に聞こえたかな?


「すまない、長旅で足を痛めてな。バランスを崩した」

「あ、ああ。砂漠の道は過酷だからねぇ。ゆっくり休んでおくれ」

「痛み入る」


 ……苦しい言い訳だと思うんだけど、あまりにも堂々と言うからそうなんだ、と思わされそうになるな。商人のメンタル強い。


 まさかここでユーリスの名前を聞くとは。

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