32.死地に行く理由
道中川を越え谷を越え移動すること3日。宣告の最終日まであと3日だ。
これだけ移動すれば景色も変わり、赤色の土のところどころに赤い草木が生える地帯に到着する。
ところどころに柱のような巨大な岩がそびえ立っていて、遠くから見れば鍾乳洞をさかさまにしたかのような光景だ。
「ゲインが言ってた"赤い柱"はここで間違いなさそうだな」
「……ヴァ!ヴァウ!」
ゲッカが突然上空に向かって吠えるのと聞き覚えのある声が降ってきたのはほとんど同時だった。
「考えたくもないが、災害獣の群れを引き連れているのは私の知る魔人か?」
「あ!キピテル!」
翼を羽ばたかせて俺たちを見下ろすのは特徴的なターバンをまいたキピテルだ。
「来てくれてありが……」
「莫迦者が」
「おおぅ……」
俺の言葉を遮って罵ってきた。ほんの三週間くらい前に褒められたと思ったらこれだよ。
いや商人からすればリスク覚悟で俺たちと商談始めたのに商談相手が処刑されそうで、このままだと取引停止待ったなしだから慌ててフォローしに来たって感じだからな。仕方ないっちゃ仕方ない。
笑顔を崩さないゲインが苛立ちのこもったため息つくくらいだからし。
ともかくキピテルと合流したのでヴァナルガンドに乗ってもらっている。
「数日休まず飛んで来たのか?冒険者だけあって体力あるな」
「世辞などいい。協力はするが高くつくからな」
「それゲインにも言われた」
普通にすげーなって感心してたんだけど捻くれた奴だな。
ここに来るまで休まず飛んで来たようで、ブラック労働させたことは申し訳ない。でも金で解決すると言うのが商人らしいし俺も気が楽だ。
俺よりキピテルのが疲れてると思って休憩を提案したけど本人がそれより急げというので移動しながら情報を共有だ。
赤い柱からインクナブラまでキピテルが休まず飛べば半日程度の距離。
狼たちの移動速度はキピテルの飛行速度と同じくらいだけど、飛行するキピテルと違って岩山を越えたり襲い掛かる魔物を退けたりするので多めに見積もって1日くらいで着くかな?
「災害獣を従えるとは。インクナブラで暴れさせる気か?」
「なんかついてきちゃって……」
「暴れてもらった方が私個人としては胸がすくがな。あの街は好かん」
砂漠の宗教都市インクナブラは宗教と交易で賑わう人間領有数の大都市。
亜人差別が特に顕著で亜人の奴隷化を推進していて処刑を娯楽として消費する街として知られているそうだ。
宗教都市で処刑が娯楽ってどうなってんですかね。
それからこちらの状況もキピテルに伝えておく。
魔物の暴走が起こったこと、大きな裂け目で迷宮の主になったのでそこに村を構えること。そしてクローバーが姿を消して今に至ること。
「ケットシーは何故魔人から離れた?」
「俺もずっと考えてるんだけど……」
身を守るために俺についてきたクローバーが黙って姿を消した理由は何だろう。
嫌われたとか愛想が尽きたわけじゃあないだろう。
それなら出て行く前の夜、もっと早く会いたかったといった言葉は出てこない。
守ってもらう必要がなくなったか、何らかの理由で俺と一緒に行動できなくなったか。
「人間に捕まればどうなるかクローバーが一番分かっているはずだ。にも関わらず人間に捕まりかねない行動して、実際捕まったとなると……」
俺の元を去る直前の、今生の別れのような言葉が気にかかる。
最後と分かっていたから素直になったとか?
「自殺願望でもあるのではないか」
「怒るぞ」
「お前たちの問題だ、お前が考えろ。死にたくなったか、死を覚悟してでもお前の元を去る理由ができたのだろう」
死を覚悟してでも去る理由。
「ケットシーは六刃星に捕らえられたそうだ」
「六刃星?」
「知らんのか、先が思いやられる。王の盾であり国家の最高戦力でもある6人の騎士団長だ」
勇者が魔王を倒す剣ならば、騎士は国と王を守るための忠実な盾。
その騎士のトップに立つ6人の勇将が六刃星と呼ばれるそうだ。
クローバーはネコを利用した情報収集で自分が狙われることも知っていただろう。
どうして俺の元を去ったのか。
考えろ、あいつが行っていた言葉を思い出せ。
"今この時代であなたという王がどんな王になるのかが楽しみです。想像するだけで希望が持てます。……ありがとう、ラグナさん"
想像するだけで希望が持てる。自分がその光景を見ることはないかのような言い方だ。
自分のいない未来で俺がうまくやってくれると願うかのような。
俺から黙って出て行って、あえてたった1人で死地に行く理由。
「……俺たちを巻き込まないようにするため?」
まるで自分が言った言葉じゃないかのように半ば無意識で出た言葉だった。けれどもすとんと頭に入りこむ。
納得がいってしまった。それなら黙って去った理由に説明がつく。
人間はクローバーを探していた。
人間の最高戦力がクローバーの居場所を察知したとして、何の準備もしていないダンジョンにそんな奴らが攻め込んでくれば村作りどころではなくなる。
かと言ってダンジョンを巻き込まないためにクローバーが1人で去ろうとしたら言い出したら確実に俺は止める。だから黙って出て行くしかないけど、俺とゲッカに怪しまれずに去るのは難しい。
でもあの日はスルトとの戦いでみんな疲れていた。
出て行くなら今しかないと思ったのでは?
ゲッカを助けに行く前、クローバーは死にに行く趣味はないと言っていた。
その考えに転機が訪れたタイミングは俺が王になると決意した時。
根無し草だった俺に守らないといけない居場所ができた時だ。
「俺たちと、いつかダンジョンで暮らす亜人たちのために出て行った……?」
そんな殊勝なヤツじゃなかっただろうに。
ノームやリザードマンを助ける時も、ハルピュイアに肝を渡す時も渋っていたのに今更自己犠牲とか似合わなすぎる。
「どうする、ケットシーの望み通りに死なせてやるか、それとも決意を無駄にして助けるか?」
あんな別れ方、俺は認めない。
でも、迎えに行ったときに助けなんか必要ないと拒絶されるかもしれないという気持ちもあった。
だけど、そういうことなら。
「カッ、是が非でも助けに行かないとって思ったとこだよ!なんせ俺はハッピーエンド主義だ」
家に帰りたくない家出少女を連れ戻しにいくより、望まぬ生贄となるヒロインを助ける方がモチベーションは上がるに決まっている。
バッドエンドなんて認めない、仲間が死ぬ展開なんてクソ食らえだ!
「当然だ。でなければお前の居場所を騎士団に報告して帰る所だった」
「こ、怖いこと言うなよオイ」
まぁここでクローバーを見捨てるようなら俺たちは取引相手としての価値はないってことだろう。そんなことありえないけどな!
「この地帯を越えれば砂漠に着く。夜通し走るぞ」
「よっしゃ!」
昼の砂漠越えは遠くからでも目立つ。そのため夜間に砂漠の入口まで移動して昼に休息を取り、明日の夜に一気に街まで移動するとキピテルに提案された。
夜通しは大変だけど人間領のことはキピテルに任せるよう。
空を見れば陽は沈みかけの夕暮れ時だ。
「よしみんな、悪いが砂漠まで頑張ってくれ!」
「……ヴァッルルルゥァ!!」
ゲッカが激しく唸る。
「どうした」
「……敵がいるって言ってる!」
ゲッカが警戒を促すような相手がいるようだ。
視線を上げればそそり立つ岩の柱に佇む大きなシルエットが見える。
「アイツは……以前シエル山脈で見た竜だ!」
「風竜だと!?こんな時に!」
キピテルがターバンをつけていても分かる程に顔を顰めた。
こちらを一瞥した風竜は翼を羽ばたかせ、岩の柱の間を縫うように飛んで来た。
そして俺たちの攻撃が届かないくらいの距離でストップする。いかにも攻撃しますよって感じの顔で。
「魔人。お前を見ているぞ」
「前もいきなりケンカ売られたんだよなぁ……」
そんで山から落とされたんだよね、無傷だったからよかったけど。
俺ほんと何もしてないと思うんだけど竜にとっては俺が気に入らない存在らしい。
「竜と喧嘩など冗談にもならん。私は逃げる」
「あーっ!待って!!」
本気で離脱するつもりなんだろう、キピテルが突然大きな翼を広げた。
しかし俺たちの周りに3体の魔物が現れる。
腕が鎌になっているイタチに、半身が蛇になったニワトリ、それから白く光る大きな鳥だ。
どの個体も風竜とく同じ顎から逆さまに生えた鱗がはえていて、さらに魔片を持っている。
「もしかしてアイツら風竜の眷属か!?」
「最悪の状況だな。奴らは我々を逃がす気はないようだぞ」
ちくしょう、急いでるってのに!!