31.砂漠に向けて遠征だ
教会から神々の遺産を盗んだ猫の亜人の公開処刑が決定した。
処刑は6日後。
宣告期間最終日に処刑を行うことで戦いへの起爆剤としたいのだろうとゲインが教えてくれた。
「なんでそんなことになったんだよ?」
「それは私が聞きたいわね。それで、どうするつもり?」
「当然助けに行く!」
状況はさっぱり飲み込めないが、まずは助けに行かないと。
「処刑場所は砂漠の宗教都市インクナブラだけど場所は分かる?」
「ワカラナイデス」
「……今どこにいるの?」
「トゥーレって呼ばれれてるところらしいんだけど……」
未開の地数千キロ一帯をまとめてトゥーレと呼んでるとはクローバーの談だ。
これじゃ分かんないよな。
案の定成大なため息が聞こえてきた。ゲインがこういう態度を見せるのは初めてだ。
収納魔法が使えるクローバーがいないと商売の計画が大きく崩れるどころか最悪成立しなくなる。ゲインもどうにかしたいのだろう。
「リティバウンド山脈を南下して辿り着いた裂け目にいるんだけど、インクナブラの方角だけでも分からないか?」
「山脈に沿って南東へ進めば砂漠に出れるけど……人の足だと2ヶ月近くかかると言われているわ」
「ゲッカ、俺を乗せて長距離走れるか?」
「ヴァ!」
任せろって鳴き声だ、頼もしい。
大きくなったゲッカの移動速度なら徒歩2ヶ月の距離も数日で行けるだろう。
「行ける。山脈に沿って行けばいいんだな」
「だったら案内にキピテルを向かわせるわ。あなた達だけでは無謀そうだもの」
「キピテル?そりゃ助かるけど、そっちから砂漠にすぐ行けるのか?」
「あたしの相棒は馬車の10倍の速度で飛べるの」
あっ早い。鳥人の移動速度すごいんだな。
クローバーがいない今、案内人は是が非でも欲しい。
「分かった、頼むぞ!」
「リティバウンドの山脈沿いに進むと"赤い柱"と呼ばれる赤土の平原があるからそこに待機させるわ。高くつくからね!」
「ああ、ありがとう!」
ここで金の話が出る辺り商人らしい。
それでも金で解決できるなら安いものだ。
「よっしゃゲッカ、砂漠を目指すぞ!」
「ヴァウ!!」
俺たちはすぐに準備を始める。
鞄に最低限の荷物を入れて、ゲッカに乗って出発だ!
……出発しようと思ったんだけど、なんかヴァナルガンド達がぞろぞろとついて来た。
寝ていたヴァナルガンド達もほとんど起きたみたいで総勢22体の狼が後ろを付いて来るのは壮観だ。
いやそうじゃなくて。
「ええと、別についてこなくても大丈夫だぞ?」
戻ってくるから心配せず留守番してほしいと言ったんだけど、どうやらクローバーを行かせたことに責任を感じているらしい。
「ヴァオウ!」
ゲッカが連れて行った方がいいと言ってる。
確かに公開処刑ってくらいだから人間側の警備も厳重だよな。
ヴァナルガンドが何体かいれば脅しになってスムーズに事が進むかもしれない。
ヴァナルガンドは単体でもめちゃくちゃ強いし、連れていくか。
「つーわけで来たいヤツは来てくれ」
するとほとんどのヴァナルガンドが志願しだした。
いや、そんなにいても困ると言うか残りのメンバーはこのダンジョンを守ってもらいたいんだけど。
どうやら自分たちの力を新たなリーダーであるゲッカにアピールする機会だと思っているようだ。
狼は群れの中で序列を作り、高いほどメスにモテるとかなんとか。
モテるためか、じゃあ仕方がないね。
でも俺とゲッカとヴァナルガンド大勢分の食料なんて持って行けないよ。
『途中デ獲物、捕マエテ食ウ』
『数日クライ食ベナクテモ平気』
『気ニシナイデ』
自分達で食料確保できるなら多めにヴァナルガンド1ダースくらい連れて行っちゃおう!
「よーし行くぞゲッカ!ヴァナルガンドたち!」
「ヴァオオォォオオウ!!」
ゲッカが吠えるとヴァナルガンド達も吠え、遠吠えを地の果てまで響かせた。
何がどうしてこんなことになったかは分からないけど処刑なんか絶対させないからな!
目指すは砂漠の街インクナブラだ。
◆インクナブラ神殿にて
神殿から処刑台を眺める男がいた。
黒の神官アンデス。黒衣を纏う神の使徒である。
「例の亜人から笛は回収できたか?」
「王国が回収し無事譲渡されました。傷もなく儀式の使用には問題ありません」
「重畳。だが念入りに洗浄しろ。ケダモノの匂いこびりついたまま儀式などをしては神の怒りに触れる」
「心得ております」
「巫女の様子は?」
「記憶を失っておりますが身体には問題ありません」
アンデスは部下の返答に満足そうに頷いた。
「体が無事ならそれでいい。あの娘の亡骸は特段に利用価値があるからな。巫女を取り戻すために亜人共が動くはずだ、しっかり準備しておけ」
「はっ!」
反発する者には粛清を。そのために人員を増員した。
インクナブラの衛兵に周辺の冒険者を募った。戦闘奴隷も数多く揃え、六刃星に勇者が3人控えている。戦力としては十分すぎるほどだ。
ふと、アンデスは部下に尋ねる。
「処刑が女子供だけで終わるのもつまらぬか。確か他国の罪人を輸送中だったな」
「は、他国の罪人を輸送中です。オスの亜人2匹を」
「戦争開始前夜だ、まとめて処刑とするか。間違っても自死などさせるな」
「そのように」
亜人を処刑する目的は別にあるが、処刑はアンデスの目的と同時に民を刺激する娯楽でもある。民は渇き刺激を求めている。
それならば望む刺激をくれてやろう。それが神の使いの使命である。
全ての魔族は滅び、亜人は人間の奴隷となる。そして人間こそがこの大陸を支配し神々の恩寵を一身に受けるべきだ。
王国との関係は盤石とはいえないが、現国王フォルテドートは亜人と魔人の排除に積極的で教会にとっても悪くない男だ。
人間同士の結束を高めねばならない。
そのために敵を作り上げる必要がある。人間以外は全て敵で、人間以外を助けようとする不届き者もまた敵である。
「……おや、大司教。王国との話し合いは終わったので?」
「ああ、つつがなく終わったよ」
大司教が部屋に入ってきてアンデスは頭を下げる。
教会が探す"導きの笛"は王国が回収した。
そして"導きの笛"と罪人を引き渡す代わりに王国が要求してきたのは処刑日を宣告期間の最終日にすることだった。
「宣告期間最終日に大々的に処刑することで魔族へのアピール、もしくは我らに従わぬ亜人への牽制としたいのであろうな」
「ええ、臭く罪深い亜人など明日にでも首を刎ねたいものですが」
「だがこんなことで王国と揉めても仕方がない。罪人を連れて来たのは彼らだ、数日の遅れくらい受け入れようではないか」
「そうですな。委細お任せ下され大司教」
大司教は頭を下げたアンデスの視線が窓の外に向けられたことに気付く。
「何か気になる事でもあるのかね?」
「西の方角で竜が飛んでいたという目撃証言があると報告を受けたので。」
「竜か……」
人間の手に負えぬ超級生命体。
風竜がおよそ100年ぶりに目覚めたと報告が入ったのは記憶に新しい。
だがこればかりは竜を下手に刺激しないようにするしかない。
「竜は人間など歯牙にもかけませぬ。気にせずとも良いと思いますが、警戒はしておきましょう」
大司教と別れたアンデスは渡り廊下を歩く。
処刑の日まであと数日だ。盛大な処刑にしてやろう。
口角を釣り上げたアンデスの狂喜の笑みに気付く者はいなかった。
久々の登場なのでおさらい。
アンデスは1章6話、2章14話などに登場したインクナブラの神官です。