30.何気ないやりとり
あの時、あいつは全部持って行った。
そして今、あいつは全部置いて行った。
「ヴァ……!」
ゲッカは眠っていたから俺とクローバーが夜話していたことを知らない。
それでも、さすがにただ事ではないと察したようだ。
「何の真似だ……」
テント、ベッド、枕、調理器具、小型ナイフ、調味料、食料が無造作に置かれている中で丁寧に包まれているものがある。
包みを開いたのは無意識だった。
「……胡椒」
いつかクローバーに持たせたものだ。
クローバーがもし誰かに捕まったとしても、胡椒を渡せば釈放されるかもしれない。
そう言って保身のために持たせたものだ。
胡椒に紛れて白い石が床に転がった。
いつかあげたユニークコアだ。クローバーの方が使いこなせるからとあげたものだ。
喜んでいた。とても、喜んでいたはずだ。
もう1つ小さな包みが置かれていることに気付く。
俺の手のひらに収まる程度の大きさ。
包まれていたのは金色のリンゴだった。
エネルバ先生にもらったどんな怪我も治すという黄金の果実。
どうしてこれがこんなに大切そうに包まれているんだろう。
"エネルバ先生っていうリスの賢者に譲ってもらった大切なものなんだ。ゲッカも覚えてるか?エネルバ先生元気にしてるかなぁ"
"ヴァウ!"
"大切なもの、ですか"
何気ないやりとりだった。
少なくとも俺にとっては、何気ないやりとりだった。
俺は、大切なものと言った。
クローバーは、あの言葉を覚えていた。
結論。
まずい気がする。
荷物を持って行くなら分かるが荷物の大半を置いていく理由が分からない。
しかもクローバーが元々持っていた荷物すら置いて行っている。
これが半日くらいで帰ってくれば前みたいにたまには収納してるもの全部出したかったから、とかで済んだんだけど既にクローバーが出て行ってから2日半だ。
「……禁足地に行くって言ってたな」
「ヴァ?」
「クローバーが禁足地に行きたいって言ってたんだ。もしかしたら、そこへ向かってるのかもしれない」
現状手がかりはこれしかない、禁足地へ行くか!
……禁足地ってどこですかね?これまで道案内とか全面的にクローバー頼みだった。
「ヴァナルガンドの中に禁足地について知ってる奴はいないか?」
答えはノー。誰も知らなかった。
万事休す……とはいかないんだよな!
俺には商人たちから借りたビデオ通話……もとい、伝映鏡がある!
MPを消費するが遠く離れた相手と話ができるスグレモノだ。
商人なら禁足地について知ってるかもしれない。
さて、どうやって通話繋ぐんだっけ。
いつも向こうから連絡が来てこちらは受け取るだけだったからな。
と、その時。
突然伝映鏡が輝きはじめた。商人たちの方から連絡してきたみたいだ。
「うわ最高のタイミング」
「ヴァウ!」
さすが商人だな!偶然だけど。
そう思いながら通話に応じた瞬間、ゲインの怒鳴り声に近い大声が聞こえた。
「ラグナ!!あなた一体何やってるの!?」
「な、なにって」
久しぶりと言う間もなくいきなりその態度はどうしたよ。
禁足地の場所を訊こうと思ったのにすっとんでしまった。
「クローバーと何があったの!?」
「え、クローバー!?そっちにいるのか?」
「いるわけないでしょう!?……まさか何も知らないの?」
「アイツに丸2日眠らされて今さっき起きたばっかだ。今状況確認してるところでさ」
「……落ち着いて聞いて。今情報が入ったの。"教会から神々の遺物を盗んだ猫の獣人の公開処刑を執り行う"って。これクローバーのことでしょう!?」
「は?」
「ヴァ?」
公開処刑?
◆
数日前、魔人ラグナが迷宮の王となった日の夜。
数体のヴァナルガンドが起きている以外は寝静まった深夜、クローバーは迷宮の外へ向かう。
迷宮の外へ出ると夜風が妙に冷たく感じた。冬の訪れが近い。
クローバーは魔方陣を展開し、化け猫を召喚する。
その時ヴァナルガンドの1体が現れ、何をしているのか尋ねた。
クローバーは一瞬驚いたものの、すぐに落ち着きを取り戻す。
「眠れないので少し散歩に。ラグナさんもゲッカさんもよく眠っているから、起きるまで寝かせてあげてください」
『分カッタ』
穏やかに微笑めばヴァナルガンドは踵を返す。
これから行く所に比べれば、この敵意を持たないヴァナルガンドなど可愛いものだった。
薄ら笑いを浮かべながらその様子を眺めていた化け猫ルーニンはおどけたように切り出した。
『どーしたクローバー。こんな深夜に』
「視界を返しに。他人の目が入るのは気持ち悪いですね。楽しいものは見れましたか?」
『ああ満足だ!ゲギャギャ、改めて確信したがやっぱりお前はロクでもないメスだよクローバー!お前は破滅を呼ぶ!ギャギャギャ!』
心底愉快といった風に笑うルーニン。
この化け猫のことは好きになれないと思いながらクローバーはルーニンに触れた。
それまで色を失っていた化け猫の片目に光が灯り、ルーニンは満足そうに笑う。
「視界はお返ししました。契約はここまでです、後はボクの個人的なお願い」
『……あ?』
ガチャリと音がした。
視界を返すために触れた、その隙にルーニンに首輪が付けられた。
『なんだコレ、クローバーてめぇ、これ外せ!』
首輪は頑丈な鍵が取り付けられており、ルーニンにはとても外せそうにない。
「その首輪、笛がついてるんです。かわいいでしょう?」
ルーニンの位置からは見えないものの、なるほど確かに首の裏側に固いものが取り付けられている気がした。
「神々の遺産の1つ、"導きの笛"。教会が儀式に使うものですがボクが盗んだから躍起になって探しているようです。こんな笛のために人間たちが大勢が動員されているんですって」
クローバーは他人事のように淡々と告げた。
人間と関わりのないルーニンだがクローバーが人間に追われていることは知っている。
何か大切なものを盗んだと聞いていたが、よりにもよって神々の遺産を盗んだのかとルーニンは青褪めた。
「六刃星って知ってます?人間達の最高戦力です。彼らがこの笛を取り返すためにここに来ます」
『外せ!この鍵を外せ!殺すぞクローバー!』
「ボクを殺したら次に殺されるのはあなたです。奴らの手にかかればまともな死に方はさせてもらえませんよ。いや、もう死んでるんでしたっけ」
一度死んで化けた猫に死はない。しかし消滅はあるし苦しみもする。
人間たちの大切なものを持っていることが知られたら、人間以外の生き物の命に興味を持たない残忍な連中はルーニンを嬲り最後には完全に消滅させるだろう。
『……何が望みだ』
「暗がりの大地の東までボクを連れていけ。そしたら鍵を外して元居た場所へ送り返してあげる。……急がないと人間が来ます」
選択肢などなかった。
『……本性出したな、破滅の怪猫!』
「聞きたくない。急いで」
憎まれ口のひとつでも叩いてやらねば気が済まなかったが冷たい声で言われれば黙るほかなく、同時にこんな声も出せたのかとルーニンは今更ながらに感心した。
『お前、1人か?』
ルーニンの背に乗ったクローバーはその言葉に一度だけダンジョンを見る。
そして二度と振り返ることは無かった。
「いいんです。……行くのは、ボク1人」
妖しく輝く赤い月が荒野を照らしていた。