29.集団寝坊
話は少し前に遡る。
目が覚めた時はお昼過ぎだった。
MP疲れは解消してスッキリしていたものの体がバキバキに固かったので運動する。ラジオ体操第一ってな!
「おはようゲッカ。お互い寝坊だな!」
「ヴァウ!」
目覚めのモフモフ。
起きているヴァナルガンドが鹿や馬の魔物を狩ってくれていたので肉を焼いて食べることにした。
おりこうさんに肉が焼けるのを待つヴァナルガンドを見ると野生が急速に消え去っていく感じがするね。
それから迷宮核に触って迷宮をこねこねする。
住める場所を見つけたらハルピュイアを呼ぶ約束をしているから、どうせなら気に入るような場所にしてあげたい。鳥の種族だから高台とか止まり木とか用意した方がいいかな?
それから畑のスペースも必要だし保管用の冷凍施設も作りたいな。設計を考える時が一番楽しい。
さて。
結構時間が経ったけどクローバーを見かけない。
ゲッカ見てない?見てないか。
まだ個室テントで寝てるのかな?
さすがに女の子の空間に入るのはアレやコレなのでもう少し待ってみるか。
しばらくゲッカと遊んでいるとヴァナルガンドがやってきた。
『リーダー、オハヨウゴザイマス』
ゲッカは軽く吠えて挨拶を返した。
『主モ、イッパイ寝タ』
「おう。昼過ぎまで寝ちゃったよ」
『仲間モ、タクサン寝テル。コンナニ寝ルノ、始メテ。ベッド、気持チヨカッタ』
そりゃ良かった。
気に入ったなら商人たちにベッドいっぱい取り寄せてもらおうかな?
さようなら狼の野生。
『王ノ宣告ハ、考エタ?』
おーっと。クローバーみたいな話持ち出してくるね。
「まだ考えさせてくれよ。時間はあるだろ」
『確カニ。宣告期間、マダ7日アルシ』
ん?
あと7日?
昨日の時点であと10日じゃなかった?
思わずゲッカと顔を見合わせた。
『間違イナイ。俺タチ、全員眠ルヨウナ、事ハシナイ。必ズ誰カ、起キテル。夜ノ数、数エタ』
「……なぁ、俺ってどのくらい寝てた?」
『丸2日、"てんと"カラ、出テコナカッタ』
え!
2日眠って3日目の昼に起きてきたってことか?
そりゃMP疲れとか吹っ飛んでるワケだ。いやいくら疲れたとはいえ、2日も寝るか?
『ア。デモ』
お?
『ネコ、出ルノ、見タ。』
クローバーが出て行くのを?しかも何やら大きい猫と話していたらしい。
大きな猫といえばルーニンかな?
「それいつ?今朝?」
『2日前ノ夜。主ヤボスガ、寝タ後。ソレカラ戻ッテ来テナイ』
「あ????」
「ヴァ????」
俺とゲッカの声が出たのは同時だった。
「……クローバー、何か言ってたか?」
『皆シバラク起キナイ、寝カセテアゲテ、ト言ッテタ』
ははーん。
『主タチト飯食ベタ奴ラ、ナカナカ起キナイ。俺ハ、食ベ損ネタ』
俺たちとシチュー食った奴らか。あのシチューを作ったのはクローバーだ。
あの、なんかものすっごくキナくさい話じゃない?
シチューを食べた奴は軒並み2日以上爆睡して、食べてないヤツは普通に起きてて?
そんでシチューを作ったクローバーが俺たちが眠ってから、夜こっそり出て行った?しかもルーニンまで呼んで?
シチューを食べた奴が全員2日寝るとか明らかにおかしい。
「薬を盛られていたとか……?」
クローバーと話した最後の方、どうしようもなく眠かった。
眠り薬とか盛られていたとか?そういえば沼でカエルを捕まえた時、カエルに眠り団子を食べさせていたな。
無味無臭、ゲッカでも気付けない眠り草だとかなんとか。
……。
「……あ、」
「ヴァ……!」
「あんにゃろーーーー!!!!ここに来てやりやがった!!!」
出会った初日に荷物盗まれたとはいえ以降はずっと大人しかったから油断してた!
気を許したらコレだよ!
「ゲッカ!探すぞ!理由次第じゃくすぐり倒してやる!!」
「ヴォオオン!!」
ゲッカもやる気だな。薬盛られるのは業腹だって?分かるぞ俺もだ。
でも出て行ったのは2日前か。ルーニンの移動速度を考えれば闇雲に探して見つかるような距離にはいないだろう。
ちなみに報告したヴァナルガンドはクローバーを行かせたことが失態だったと気付いたのか平謝りしてるけどいや別にお前が悪いわけじゃないからな。しゃーなし。
そもそも会ったばかりの俺たちのことよく知らないだろうし、疑えって方が無理だ。お咎め無しだから行っていいぞ。
その時、突如上空が暗くなった。
そして赤い月に人の顔が映る。
「な、王の宣告!?」
「ヴァウ!?ヴァオウ!!」
『こんにちは諸君。私はフォルテトード。前回勝者した人王ピアントードの息子であり、此度の人間の王だ。古からの約定に従って宣告を行うとしよう』
魔王エクスヴァーニとは対照的な、細い目に柔和な表情が印象的な紫の髪の男だった。
人間の王の宣告が始まり、赤い月からゆっくりと声が下りてくる。
『王とは。支配するものである。我は人を束ねる者。我が信ずるは統制の道。我は大陸全てを管理する者なり』
支配の王か。確かに王は支配する者だ。
『――開戦の刻だ、魔王エクスヴァーニ、そして我ら人間に仇なす全ての命よ。私は人間を傷つける者を許さない。害するならば必ずや君たちを討とう。そして人間達よ、私は戦いに勝利し栄光を約束する。どうか信じてついてきて欲しい』
「このタイミングでか……」
短い宣告だった。
傷つける者を許さないって言うけど、それなら亜人にも手出さないでもらいたいもんだ。
王の宣告か、今ちょっとそれどころじゃないんだけど。
というかあのこっぱずかしい演説、なんか逆に冷静にさせてくれるな。
そんで冷静になって考えてみたんだけど。
「なぁゲッカ。クローバーにわざわざ薬を盛って黙って出て行く理由なんてあると思うか?」
「ヴァフ……」
クローバーは1人で生きていけないから俺に同行してきた。
"禁足地"に行きたいようだったけどそれなら連れて行くって約束したし、夜逃げのように姿を消すのはおかしい。
眠る前、クローバーと話をした。
"荷物を盗んだことも、隠してきたことも受け止めてくれるんですね。……もっと早く、あなたに会いたかった"
"明日を無事迎えられる保証なんて無いなと思ったら、少しくらい素直になった方がいいかなと思いまして"
"今この時代であなたという王がどんな王になるのかが楽しみです。想像するだけで希望が持てます。……ありがとう、ラグナさん"
あの話をした時はもう飯を食べた後だ。つまりクローバーは俺が眠ると分かっていた。
そのタイミングでする話としては、なんというか、こう……。
今生の別れみたいな言い方じゃない?
嫌な汗が出てくる。
「ヴァウ?」
ゲッカが俺の様子を心配したのか、気を遣うように鳴く。
大丈夫、まだ決まったわけじゃない。
よく考えたらクローバーが元々持っていたテントはそのままだった。テントすら持たずに1人で夜逃げなんかしないだろう。
「ゲッカ、クローバーのテントを見てみよう。案外ヴァナルガンドが見落としてるだけで、もう戻って寝てるだけかもしれないぞ」
「……ヴァ!」
見慣れたこじんまりとしたテントに辿り着く。
俺が入るには小さいけど小柄なクローバーならそこそこ快適に過ごせるくらいの大きさ。
オシャレは度外視で、屋外で魔物に視認されにくい土の色。
「入るぞー」
念のため、声をかける。それは誰に向けた声だったんだろう。
クローバーか、ゲッカか、俺自身か。
ふと初めて会った時のことを思い出す。
魔物に襲われたクローバーを助けたらと思ったら荷物を盗まれた。
俺たちはそうして出会った。
「……どういうことだ」
そして今、逆の光景が広がっている。
クローバーのテントの中には俺が預けていた荷物が所狭しと置かれていた。
あの時、あいつは全部持って行った。
そして今、あいつは全部置いて行った。