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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
3章 王の宣告と世界の敵
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28.今日は素直なクローバー

 いい匂いがしてきた。やっぱり夕飯はシチューだ。


「ゲッカと食べるのも久しぶりだよな!」

「ヴァウ!」


 今日はいろいろあった。

 ゲッカと再会してカニスやスルトと戦って、王になってゲッカが進化して。

 俺は迷宮の主に、ゲッカは狼のボスになった。

 イベント盛りだくさんで疲れるのも腹が減るのも無理はない。


「いただきます」

「ヴァウァウアーゥ」

「いただきます」


 ……。


 え。


 俺とゲッカが固まった。


 そして互いの顔を見て、クローバーを見て、またもう一度お互いの顔を見た。

 まって。

 聞き間違いじゃない?


「ヴァウゥ!」

「クローバーが!ついにいただきますって言った!!!」


 思わずスタンディングオベーションしてしまう。

 この瞬間に惜しみない拍手を!!!

 ゲッカも前脚で拍手してくれている。


「やめてください恥ずかしい!うつったんですよ、いつもあなた達がやるから!」


 顔を赤くするクローバーをなでてやろうと思ったら手をはねのけられた。

 照れ隠しだな、分かるぞ。


「さっさと食べて下さい。片付けもあるんですから」

「食べ終わったらごちそうさまだぞ!」

「気が向いたらね!」


 いつもより多めに野菜や薬草が入ってて美味しい。クローバーなりのねぎらいだろう。


 匂いにつられてヴァナルガンド達もやってくる。

 さすがに全員分は作ってなかったが多めに作ってくれていたみたいで少しずつ分けてやったらヴァナルガンド達も気に入ったみたいだ。


 それから他愛のない会話をしながら皆で夜を迎える。

 そうだ、俺はこういう時間が欲しいんだ。

 種族とか関係なく、みんなでただ一緒に過ごすこういう場所が。



 ちなみに、ごちそうさまも言ってくれた。



 ◆



 夜を迎えるとヴァナルガンドは次々眠っていった。

 あちこちで無防備に寝ているけど数日過酷な戦いがあったって言うから仕方ないね。

 ゲッカも限界を迎えたらしくスヤリ。

 いっぱい寝るんだぞ、寝る子は育つっていうしな。もう俺よりも大きいけど。


 さて、俺は。


「これが……MP使いすぎの反動か……」


 MP疲れが来た。最大MP以上のMPを短時間で使い続けた反動だ。


 クローバーの時と違って動けない程ではないものの、動きたくないくらいにはだるい。

 疲れたけれど、眠るには少し早い。スピスピ寝息をたてるゲッカに寄り掛かってボーっとしているとクローバーがお茶を持ってきてくれた。やだ、気が利くじゃん。


「助かる。飲み物取りに行くのも面倒でさ」

「ついでに少し話せないかと」

「いいよ。ちょうど暇してたとこだ」


 微睡(まどろ)むまでおしゃべりも悪くない。


「ゲッカさんとまた一緒にいられるようになって良かったですね」

「ああ。クローバーにもいっぱい助けられたな」


 クローバーが協力してくれなければ間違いなく間に合わなかった。

 迷宮内でも収納魔法には何度も助けられたしね。


「眷属契約はどうでした?」

「より深くで繋がれた気がするな。いい感じだ」

「眷属を忌避していたのに手のひら返しですね」

「良いものは良いしな!クローバーもどうだ?」


 HPの少ないクローバーが俺のステータスの10%でも受け取ればHPは5倍近くになるし良いと思うんだけど。


「ボクは、その、いろいろ言えないことがあるので。信頼できないでしょう」


 眷属契約はお互いの信頼関係が無いと命に関わる。

 確かに叩けば厄介事が出てくるくらいにクローバーは隠し事がとにかく多いけど。


「今さらだろ。誰だって言いたくないことはあるし、それと信頼するかどうかは別の話だよ」


 亜人の上にタブースキルまで持ってるクローバーだ。隠し事があるのも仕方ないだろう。

 でも俺はゲッカを助けるために危険な旅に同行してくれたクローバーを信じている。

 というか隠し事で言えば俺も別の世界から来たことを誰にも言ってないし。


「ボクのしてきたことを受け止めてくれるんですね。もっと早く、あなたに会いたかった」

「照れるな」


 クローバーにとっては最大級の褒め言葉だな。



「……そういえば、ボクの情報収集の能力を知りたがってましたね」

「種明かししてくれるのか?」


 なんとなく遠くの情報を集める能力があるのは分かってるけど、どうやって集めているかまでは分からないんだよな。


「ボクは一度会った事のあるネコに意識を繋げるスキルを持っています。意識を繋げたネコが別のネコと出会えばそのネコとも意識を繋げられるようになる。それを繰り返してこの大陸のいろんなネコと繋がれるようになりました。その子たちで情報を集めてます」


 つまり1匹街のネコと出会えばやがては街中のネコがクローバーの目と耳になるってこと?

 さらっと言ってるけど結構なトンデモ能力じゃない?


「ネコは愛玩動物として好まれるので城や教会でも飼われます。ネコなら盗み聞きも容易ですし、同時に複数の物事をこなす『並行処理』スキルがあるのであなたと話してる今でも情報収集できるんです」

「初めて会った頃、耳がたくさんあるって言ってたのはそういうことか」


 確かにネコの数だけ耳がある。


「ネコなので警戒も緩く、貴族の図書館や禁書を保管する部屋に潜り込んで本を読み漁れます。ネコなのでページめくるのは大変ですが」


 なんでそんなこと知ってるの?な話はそれで集めたんだろうな。


「……で、そのスキルも改竄で隠してたと」


 解析してもそれらしいスキルは見当たらなかった、ということは改竄で見えないようにしたんだろう。

 ジト目で見ればクローバーはバツが悪そうに目を逸らした。


「ボクがこのスキルを持っているとバレれば罪のない多くのネコが殺される可能性もありますから」

「あ、そりゃマズイな」


 なら隠すのも無理はない。

 どこで漏れるか分からないのはその通りで、キピテルがこっそりクローバーを解析して改竄持ちと気付いたようにいつどこでステータスを見られるか分からない。


「俺の『神殺し』も隠した方がいいかな?」


 神殺しのスキルなんかなくても人間たちには狙われる身だけど、こう、もしかしたら分かりあえるはずの相手とこのスキルのせいで分かり合えないとかあるかもじゃん?


「ラグナさんが望むなら隠しますが」

「クローバーもMP切れかけてるだろ。今度でいいぞ」


 小さくそうですね、と返ってくる。



「ねぇラグナさん。ボク頑張りましたよね。なでて、下さい」

「そっちから言ってくるのは珍しいな。いいぞ、こい!」


 体を動かしたくないといっても手くらいなら全然動くぞ!


「やけに素直じゃないか」

「ヴァナルガンドに睨まれたら今度はスルトは出てきて正直ここで終わりかと思いました。明日を無事迎えられる保証なんて無いと思ったら、少しくらい素直になった方がいいかなと思いまして」


 大袈裟な、と言いたいとこだけど実際危なかったからな。

 そう思うのも無理はない。


挿絵(By みてみん)


「そういえば、頼みってなんだ?」

「え?」

「ゲッカを迎えに行く時、協力する代わりに頼みを聞いてくれって言ってたろ?」

「ああ……そうでしたね」


 クローバーはそう言ったきり、目をつむって口を閉じる。

 撫でられるのが気持ちよさそうだった。

 そのまま眠ったんじゃないかと思った頃ようやく次の言葉が紡がれる。


「初めてラグナさんと会った時、ある場所を目指していたんです」

「ある場所?」


「種族に関わらず等しく祝福される場所。ただし辿り着くのも困難で禁足地に指定されています。ボク1人では行けないと分かっていましたが、あの時ボクは追われてて食料もなくあとが無かったから一か八かで挑むつもりでした。ラグナさんに会って行く必要がなくなったのですが」


 そうだったんだ。


「亜人にももたらされる祝福とは何なのか見てみたくて」

「そういうことか。じゃそこ行くか!」

「そ、そんな軽いノリでいいんですか?」

「約束したしな!それに俺も祝福っての気になるし」


 留守番はヴァナルガンド達がいる。ゲッカがいるから移動も早い。

 何よりも約束したことだからな。


「でももうちょっと落ち着いたらでいいか?せめてこの疲れがとれてから」

「明日すぐ行こうとかボクだって思ってませんよ」


 はにかんだ笑顔を見せるクローバーになんとなく胸の奥に暖かいものを感じながら、落ち着いたら禁足地に行ってみることにする。

 名前からしていかにも来るなって感じの所だけど。



 いろいろ話したらいい感じに眠くなってきた。

 撫でるのをやめるとクローバーは名残惜しそうに離れる。

 もっと触れて欲しいのかな?いや今日はもう眠い。また今度いくらでも撫でてやるからな。


 クローバーが独り言のように口を開く。


「200年前、かつてのあなたは災厄の化身と呼ばれ、あらゆる戦いを引き起こしました」


 おう、そうだな。突然どした?


「魔人ラグナは亜人を守るために戦っていたんです。狭間の王として」


 狭間の王。かつての魔人ラグナも王だったのか。


「神々が去って人間と魔族が争う時代になって、敵対しながらも交わった者がいました。そして人間と魔族の子、人間でも魔族でもない"狭間の者"が生まれました」


「人間も魔族も自分たちから生まれた狭間の存在を認めたくなかった。狭間の者という呼ばれ方は廃れ、やがて亜人という別の生き物として扱われるようになりました」


「その後はあなたも知る通り、亜人は人間からも魔族からも虐げられた。本当かどうかは知りませんが、世界に対する亜人たちの嘆きが魔人を生んだそうです。そして魔人はそんな亜人たちの王となり戦を始めました」


「かつてあなたは亜人を守るため世界を相手に戦いました。でも、今のあなたは別の人ですから」


 俺の返事を期待していないのか、クローバーは話し続ける。

 めちゃくちゃ眠い。

 あの、それ、今する話じゃなくない?



「今この時代であなたという王がどんな王になるのかが楽しみです。想像するだけで希望が持てます。……ありがとう、ラグナさん」



 だからそういう話もそういう台詞も、今じゃなくて……。

 明日もっかい言ってもらうぞコンチクショー!


 心に固く決意したところで俺の意識は沈んだ。




 ◆






 ダンジョンで迎える初めての朝、と思ったらもう昼過ぎだった。

 MP疲れは嘘のようにスッキリ抜けてる。ただ体は暫く動かしてないみたいにガチガチだった。

 あんな戦いの後だ、不調も出るだろう。ほぐさないとな。


 ゲッカも目を覚ましたので一緒にダンジョンを見回る。

 そこかしこにまだ寝てるヴァナルガンドがいるけれど、ヴァナルガンドの何体かは普通に活動していた。

 運動がてら巨大な猪を狩ってる。優秀優秀。



 これからはダンジョンで目覚めてヴァナルガンドがうろつく景色が日常になるんだろう。

 日常は変わり、違う日常が始まる。


 けれどもこの日、これまでの日常と一番違ったことがあった。







 クローバーが姿を消した。

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