24.月の犬
【王を名乗ったことで『狭間の???』が『狭間の王』に変化しました】
【王の宣告を行えるようになりました】
「は????」
何いまの。
いや俺そういうつもりで言ったんじゃないんだけど。
<ぎは はは は は はは は !押 し つぶさ れ て し まえ!>
スルトの熱は昂る。
天上から熱した鉄のようにどろりと溶岩が降り四方の壁は迫ってくる。
俺たちを終わらせるつもりのようだ。廃棄神スルトの願望を迷宮核が反映している。
まさにこの世の終わりのような光景。
こんな状況だ、王とかどうでもいい。
今は目の前の溶岩地獄に集中だ!
魔片を砕けば力と一緒に一緒にカニスの生命力が流れてくるような気がした。
極北の冷気を操るカニスの力は冷たいのに熱い。
この大陸を駆ける、それだけの夢のために全てを敵にするような奴の心が熱くないはずがない。
【LV上限が解放されました】
「ラ、ラグナ氏~~~ッ!急いで!」
天上から降る溶岩を狼達が防ぐ中ラティが叫ぶ。
魔法をいつでも使えるようにラティはMPを俺に流し続けていた。
立つことのできないカニスのMPだ。
「氷魔法のLVを上げる!」
【氷属性のLVが最大になりました。殃禍魔法・"灰色の炎"を修得しました】
炎?氷属性なのに炎?
溶岩は目前だ。魔法の詳細を見る余裕はない、迷う時間もない。
「こいつに賭ける!答えろ!"灰色の炎"」
< ソ の 名 は ! !>
魔法を発動し、すぐに何が起こったか確認する。
青白く光る魔方陣が展開され、俺は魔方陣の中心にいる。
魔方陣の周りに無数の文字が浮かび上がり、1つ、2つとゆっくり発光していく。
全ての文字が光れば発動するタイプだろうか。
そして足が動かない。魔法陣が完成するまで俺はこの場から離れられないのだと直感で理解した。
……いや、時間かかるなそれ!今すぐどうにかしたいんだけど!
< わ レの ま え で ソい つを 見 せる なァ ! ! !>
「だーー!?」
魔法陣が癇に障ったらしく、それまで余裕そうにしていたスルトが両腕を魔法陣に伸ばし炎の渦を放った。チクショウ避けられない!
「ヴァウグルル!!!」
「え!?」
迫り来る炎の前にゲッカが飛び出し、そしてばくんと、炎塊を口に含んだ。
溶岩を食べちゃった。
「は!大丈夫なのかゲッカ!?」
「ヴァン!!」
全てを食らう『悪食』スキルがあるから大丈夫って?
いや、大丈夫ならいいんだけどホントに大丈夫?周りのヴァナルガンドもポカンとしてるけど。
『悪食デモ!』
『俺達ニハ食エナイゾ!?』
ヴァナルガンドが自分達も炎食いをやらされるのかと慌てて否定しはじめる。いややれとは言ってないよ。
魔方陣の文字のカウントはまだ5つ目に差し掛かったところ。文字はまだ10以上ある。
「さすがゲッカだ!任せてもいいか!?」
「――ヴァウ!!」
もちろんとゲッカが高らかに吠える。
襲いかかる炎をゲッカが防いでくれる。炎魔法を得意とするゲッカは炎に強い。
俺の魔法が発動するまで邪魔させないと言わんばかりの頼もしさだ。
カウントは9。もうすぐ半分。
< その のロわ れ た 名 を や め ろ!>
スルトはえらく動揺しているけど"灰色の炎"って名前にトラウマでもあるのか?
『それだけ嫌がるということは効果があるようだ!』
<ム シケ ラ ど も! わ レ がやめろと イっている!>
スルトが大きく口を開ける。
口の奥のぽっかり空いた空洞で赤い塊が凝縮されている。
大きいのが来る!
「ヴァ!!」
炎を食い過ぎたのか、ゲッカの黒い体がところどころ燃えているように見える。
まだ立ち向かう気のようだ。ゲッカができると言うのならきっとできる。
カウントは11、半分を越えた。
<カ ミに 逆 ら う カ! !>
圧倒的だったスルトが途端に小さく見えてきた。
魔人ラグナの記憶だろうか、俺の体はどうやらこの魔法に絶対的な自信を持っているみたいだ。
魔法さえ発動すれば勝てる。
「その虫けらに反逆されちゃ世話ないぜ。――ゲッカ!正面からビームが来るぞ!」
『常在戦場』による先読みで何が来るかが分かる。
正直、あれをゲッカが食い切れるかは先読みでもかなり分が悪いと見ている。
だが、それでもゲッカは熱光線をも食わんと目をギラつかせている。
だったら俺のすることは1つだ。
「信じてるぜ相棒!!」
「ヴァウ!!!」
<コ シャ ク なんだ よぉ お お ! !>
その時、胸元にちくりと何か刺さる感覚を覚えた。
「ん!?」
「ヴァウッ!?」
俺の胸の魔片とゲッカの額が赤く光る。
見えないけれど、なんだか金の鎖のようなものが繋がっているようなイメージが頭に流れ込む。
クローバーの眷属の説明を思い出す。
"主と従者、お互いに心から信頼しあっているとどんな力でも受け入れられるそうですよ。信頼で結ばれた者たちだけに見える絆があるとか"
この繋がりが俺たちの絆だと見たことも無いのにそう思えた。
【信頼の証を得ました。荒野の若狼・ゲッカを眷属にしますか?】
ゲッカは体をスルトに向けたまま俺の方を見る。
きっとゲッカにもこの繋がりが見えている。俺たちは同じものを見ている。
「ゲッカ、いいか!?」
「ヴァ!」
「聞くまでも無かったか。俺たち相棒だからな!」
俺の胸元の魔石が光り、同時にゲッカの額に赤黒く輝く石が現れる。
【ゲッカに眷属ボーナスが加算されます】
通知と同時にスルトから熱光線が連続で放たれた。
けれども光線が俺のいる魔方陣に届くことは無い。
「ヴォアアオォッ!」
口から黒い煙を零しながらゲッカが不敵に笑う。
本当に全部食ってしまった。
だが本命はこのあと、最後に特大の光線が来る。迎え撃つようにかがむゲッカの体が光る。
「ゲッカ!?」
『これは……』
その光は見たことがある。
ロス・ガザトニアでゲッカが幼狼から若狼に進化した時と同じ。
『……我々は、食らうことで進化する。より強い者を、より質の良い相手を食らうほど強い狼となる』
カニスもこれから起こる事を予期したのだろう。
なるほど、スルトは廃棄されたとはいっても神。神の炎は餌としては最上級のはずだ。
食べられるのかは別として。
いや食べたけど。
「ゲッカもついにヴァナルガンドに!?」
「いや、ゲッカさんは……」
黒い光に包まれ、ゲッカの体は俺よりも大きくなっていく。
「ゲッカさんは以前、黒いユニークコアを食べましたから。特異進化を遂げるはずです」
「あ!」
そういえばうっかりユニークコアを食べてたな。ユニークコアは進化を狂わす性質を持っている。
ゲッカから発せられる光はやがて収まって。大きな黒狼が俺の前に立っていた。
何これかっこいい!!
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名前:ゲッカ
種族:マーナガルム
LV:1
HP:828/1261(+530)
MP:108/320(+38)
速度:412(+10)
所持スキル:
『惨劇の狼』『悪食A』『月の加護B』
『解析A』『炎魔法B』『闇魔法B』『神速S』『毒耐性B』
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『"月の犬"か!』
「マーナガルム、全ての狼の頂点に立つと言われる闇の獣です!」
ゲッカの進化に喜ぶ間もなくスルトの最後の特大の熱光線が発せられようとしていた。
「ヴァアアアア!!!!」
ゲッカの咆哮で、俺たちの前に黒い塊が出現する。
その塊はこれまで見てきたどんなものよりも黒かった。
スルトの最後の光線が放たれ、――黒い塊に全てが吸収された。
<ナ ん ダ と ! ?>
「ヴァルル!」
ゲッカは満足そうな顔をしている。
純粋な魔力を吸収して旨そう。本当に悪食だ。
悪食の惨劇の狼、災厄の魔人の相棒としては最高の称号と言える。
「ヴルル!ヴァヴァ!」
「でも俺の作った飯の方が旨いって?」
カッコよくなってもかわいいとこは変わらないじゃん!
魔方陣で動けなければ抱きしめて撫でまわしてるところなのに。
魔方陣の19の文字が光り、とうとう最後の文字が淡く発光しはじめた。
<アフーム=ザー!! オ マ エが 手を カす の か ! ムシ ケ ラ に !>
「おし!時間だ!」
魔方陣から一つの色のない炎がスルトに向けて放たれる。
色のない炎は初めて見た。炎の形をしながら熱を持たない、それどころか周囲の熱をどこまでも吸収していく。
熱を吸収するほど、その炎は色を帯びていく。青く、つめたく。氷のような青い炎がスルトを燃やした。
< や めロ! ク るな>
スルトの赤い体が青い炎で燃やされていく。
< こ ワれ る ! わ レの 、われの みン なに 会 いニ いく ゆ め >
壊れてしまった神に、一抹の同情を覚える。
けれどこの世界を燃やすことは認められない。この星の命が虫にしか見えていないスルトには永劫分からないだろう。
<わレの せか イが!>
「お前のかもしれないけど、俺たちの世界でもあるんだよ!」
青く燃えるスルトの体は冷え切っている。
「ゲッカ!スルトまで連れてってくれ!」
「ヴァウ!」
炎の出現と同時に魔方陣が消えて俺も動けるようになった。
さぁ、最後の始末だ。
ゲッカの背に跨ればゲッカが駆けて大きく跳んだ。
冷え固まったスルトの胸元を渾身の力で殴りつければその巨体が砕け、破片が雨のように降り注ぐ。
砕けた破片の雨にゲッカが飛び込み、破片と共に落下するスルトが取り込んでい白く輝く迷宮核を俺がキャッチする。
<き サさ ま ! ォ、ココ、 ウカ イ する ぞぞ ぞ !カカ カ ミを テ キキ に し た ことどととど !>
体が砕け、顔だけになったスルトが激昂する。
だがその顔も徐々に凍てつき、声は震えでワケが分からなくなっている。
「知らねーよ。お前が先に世界を燃やそうとしたんじゃねーか」
「ヴァウ!」
ゲッカがひと吠えすると俺が地震で割った底なしの闇から無数の黒い手が生える。
月の犬になって新たに使えるようになった闇魔法だろう。
そして黒い手が凍てついたスルトをそのまま虚無の闇へと引きずり込む。
<ガガ ガァ ァ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ! ! ! >
スルトはそのまま亜空の底、二度と戻れない永遠の虚無へ青く燃えながら落ちていった。
「ダンジョン攻略完了!!……かな?」
俺はグッと迷宮核を掲げる。
-ピコン-
【廃棄神スルトを倒しました。スキル『神殺し』を修得しました】
オイオイ勝ったのに嫌な気分にさせてくれる通知が来たな……。
っていうか解析した時文字化けしてたくせに今更ちゃんと名前出しやがって。
「げほ!ラグナさん!とにかく迷宮核に願ってください!溶岩以外ならなんでもいいので!」
溶岩から噴出するガスで声をおかしくしつつもクローバーが叫ぶ。
「え、俺が、今?そんないきなり」
『熱イ!暑イ!!干カラビル!』
『早ク!!』
『モウ限界!』
ヴァナルガンド達が口々に文句を言う。
そ、そうだなみんな限界だな。やればいいんだろやれば!
俺はヤケクソのように迷宮核に願う。
溶岩も極寒もゴメンだ。みんながゆっくり過ごせる場所が欲しい!