22.神々が去ったこの場所で
◇
長い戦いがあった。
荒ぶる炎が躍り金属がかちあう懐かしい終末の音色。
俺は大勢の亜人を引き連れている。
武器を持ち、鎧を身に付けた数多の戦士たちが俺と共に戦っている。
ここは戦場だ。
血の匂いがする。
幾千の剣弓も幾万の魔術も俺を傷つけることはない。
相手は人間の王と万の兵。
王の槍は俺に届かない。
次は左脇腹に近衛兵が斬りつけに来るだろう。直感がそう告げると思った通りに近衛兵が左側に潜り込んだ。
近衛兵を叩き潰すと次は背後から火の魔法が放たれる気配を感知する。振り向けばまさに老魔術師が火の魔法を詠唱していた。
既に物言わぬ近衛兵の剣を手に取り魔術師に投げれば内側から爆ぜた。
次は王の槍が俺の胸を狙うだろう。
ああやっぱり、思った通りの動きが来る。
戦いの末、俺は王の首を掲げる。
<怨敵の断末魔を以て、我が志半ばで散っていった同胞達への手向けとする>
<戦を!更なる戦禍を!!>
<これは我ら亜人の怒り!>
俺の体と魔片が覚えている。
災厄の化身、魔人ラグナを。その戦い方を。
◇
【『異邦の魂』が『異邦人E』に変化しました。ロストしたスキルを再取得します】
【ロストしていた『常在戦場』を再取得しました】
「な、何だ!?」
タブレットの文字が浮かび上がる。確認したいけどタブレットをゆっくり見る時間はない。
けれどもすぐに俺自身に起こった変化に気付いた。
次に来るカニスの攻撃が何故か分かる。
「全て凍れ!"エビルフロスト"」
「おらぁ!!」
最後の2本の武器を足元に叩きつけ、盛大に爆発を起こしてカニスの冷気を吹き飛ばす。
『目くらましか!?無駄だ、我が氷は貴様を逃さぬ!!』
足元を全て凍らせるはずの冷気は割れた地面の底へと流れ込み、行き場なく虚しく凍る。
俺はカニスに向かって飛び跳ねる。
『貴様を排斥し、人王も魔王も殺して取り戻す。神々などという悪鬼が現れるよりもずっと前の、我々が最も自由だった時代。弱肉強食の時代に!』
怒涛の氷の塊が浮かび、刃のような切っ先が俺の方を向く。ひとつひとつが苛烈な冷気を帯びた魔力の塊だ。
『貴様は変わった、だのに忌まわしい所だけは200年前と変わらぬ!』
「はぁ?」
『圧倒的な力を持ちながら貴様は我らのような戦士ではなく、弱き混ざり物を傍らに置き混ざり物のために戦っていた』
うん。
うん?
混ざり物ってのは亜人のことかな?俺が見た景色ではラグナは亜人の軍勢を引き連れていたし。
『認めぬ。我々と覇道を歩まず、弱者に寄り添うだと?』
……。
カニスは200年前の俺に憧れていた。
だから憧れている俺に弱肉強食の世界を認めて欲しかったってことだと思うんだけど。
ジェラシーに見えると言ったら死ぬほど怒りそうなので黙っておこう。
『弱き者を守るというのなら、から守ってみせるがいい!脆弱な命が生きていけないこの世界で守れるものなら!"アブソリュート・ゼロ"』
辺り一面が凍り付き、全てを凍らせる極限の白の世界へと変貌していく。
「ラティ!クローバーを頼む!」
「へっ!?」
「受けて立つ!災厄魔法、"天牛降臨"!!」
大きな地震が凍てついた地面を砕き割り、洞窟の壁と天井を崩していく
一面を静の世界にする氷と激しく揺さぶる動の力が衝突した。
「わっ!」
「ひゃーー!揺れが!周りが全部揺れてる!!」
「そっちだけ揺れないようにしとく!2人とも動くなよ!」
地属性の災厄魔法"天牛降臨"は範囲指定ができる。
ラティは飛べるから揺れは大丈夫にしても崩れる天井はどうしようもないからラティ周辺は魔法の範囲から外しておこう。
これだけでMP30持ってかれるんだよな!!
『グゥ!』
床が砕けてカニスの体を飲み込みかけるが、カニスは跳ねて宙へと逃れた。
「見えてたぜ!たまらず跳躍するってな!」
『常在戦場』のスキルを手に入れてから相手の動きが読めるようになった。
未来予知というより経験に裏打ちられた先読みだろう。
200年前の魔人ラグナが膨大な死体を築き上げた戦いという経験を、この体が憶えている。
ヴァナルガンド達の動きは俺よりも速い。
俺の速度では速い敵に追いつけないし、遠距離攻撃が相手だと魔法以外でまともに対応できない。
しかも魔法はMPバカ食いするせいで基本1日1回しか使えないところが魔人ラグナの弱点だろう。
でもいくら狼が素早いとはいえ空中では避けられない。
カニスが守りのために大きく口を開けば氷の息吹が来る気配を感じた。
それよりも早く俺は両手の指を組んで渾身の力でカニスの鼻先に振り下ろす。いわゆるダブルスレッジハンマー。
『グブァアァ!』
カニスは口から冷気を洩らしながら揺れる地面に叩きつけられ、凍てついた氷が砕かれた。
カニスの望む世界では、亜人たちは弱者として消費され続けるのだろう。
そんな世界を認めたくない程度には、俺はいろんな人と仲良くなってきた。
『まだ、だ!』
カニスが前脚を叩きつけるように立ち上がるが、揺れで脆くなった地盤はカニスの巨体を支えられない。
武器で砕き割り、地震で柔くなった地面がとうとう崩壊した。
支えを失ったカニスは成すすべもなく落下する。
『グゥ!!』
「あっやべ!」
「ラ、ラグナさん!!?」
俺は咄嗟に崩れる崖の中でカニスの腕を掴み、僅かな足場を頼りに体を支える。
『貴様!何をしている!!』
「落ちるぞ、来い!!」
また侮辱と受け止められたんだろうか、カニスが憤慨する。
不安定な足場だ。暴れられると俺まで落ちそう。
『助けなどいらん!落とせ!』
「つっても底も見えないし落ちたらただ事じゃない気がするんだけど……」
「ラグナさん!ここは避け目の中、亜空間です!亜空間から落下すればそこは虚無。二度と戻って来れません!」
「え!」
何それ怖い。ますますカニスをこのままにしておけないじゃん!
「聞いただろ!上がってこいカニス」
『……真に強い者だけが残るのがこの世界の理』
え。
『我が信ずるは孤高の道。離せ、貴様に手を指し伸ばさせた時点で我の負けだ』
やだ何言ってンの。体勢悪いから早く上がってきて欲しいんだけど。
あと位置的に腰布の中身がカニスの位置からだと丸見えなのも大変気がかり。
「カッコつけてる場合かよ!お前生き抜く者だって宣告しただろ!?」
『……元より我は弱者を切り捨て、強き者が生きる世界を理想としていた。我は我が理想に殉じるのみ』
「そうかい。俺は隣にいる奴と一緒に飯を食い、安心して眠れる居場所を作るって言ったよな。強いも弱いも関係ない。残念だがお前の理想とは相容れねぇ」
俺の道に立ちはだかるなら押し通る。
カニスと俺は相容れない。きっと甘いのだと思う。
だけどゲッカの親父さんを見捨てたくはないし、共に生きる世界があるなら模索したい。
「ヴァウ!!」
「ゲッカ!手伝ってくれるか!」
ゲッカに続いてヴァナルガンドたちも手伝ってくれるみたいだ。
カニスはこんなんだけど、慕われているのだろう。狼の助けを借りて俺はカニスを引き上げる。
「俺たちは昔には戻れない。この世界には神サマとやらが来て、どっかへ行った。俺たちは神サマに見捨てられた世界で生きていく」
もう一度手を差し出す。俺はこの世界の人たちと一緒に仲良く生きていきたい。
「戻れないなら新しい世界に行こうぜ。俺はあんたとも仲良くしたい。神サマは地上の生物の仲を引き裂いたんだ。神サマが嫌いなら奴らが悔しがるくらい、仲良くしてやろうぜ」
しばしの沈黙の後、カニスが口を開く。
けれども声が発せられるその前に、背後からわざとらしいくらいの大きな声が聞こえた。
『あーあまったく!』
「!?」
『くだらない御高説なんか垂れちゃって、ご苦労さん 』
「お前は……」
『キャキャキャ……破滅の足音に導かれたおかげで苦労せずにたどり着けた。ご協力感謝するぞ!』
邪悪な笑みを浮かべた1匹のイシザルが、迷宮核に触れていた。
「ら、ラグナ氏!ツインロッドが反応してる!大きい!!」
「……アイツ、さっきのロッドが反応したイシザルか!」
やられた。
猿王が死にイシザル達はみんな逃げたと思っていたのに。
この裂け目は今、迷宮核に到達したイシザルを主と認めた。
ラティはさっき見逃したイシザルから大きな事件の反応があると言っていた。
「ヴァウルルゥ!!!!」
ゲッカが信じられないものを見るかのように激しく唸った。
"イシザルではない"と警告している。
くっそ、次から次へと!