21.王狼カニスとの戦い
◆
グリフォンが田舎の村に降り立ち、辺りは騒然とする。
グリフォンに乗っているのは六刃聖、撃摧のサウスと呼ばれる男だった。
驚く村人には目もくれずにサウスはまっすぐ村の中心へ歩みを進めた。
「……サウス殿」
「よぉユーリス。こんなところで何油売ってるんだ?」
「油を売るとは?今は宣告期間のはずです」
宣告期間中は原則他国には攻め込まない。
にもかかわらずそんなことを言ってくるのは暗に魔王討伐に消極的な姿勢を取る自分のことを詰っているのだろう。
そんなことを考えながらユーリスはサウスを咎めり。
「それよりも村にグリフォンで降り立つのはいかがなものですか。徒に住人を脅えさせるべきではありません」
「相変わらず優等生なこった。ともかくアンタがここにいるのは丁度良かった。インクナブラに戦力を集めててな」
「インクナブラに?」
砂漠のオアシスに築かれた蜃気楼の宗教都市インクナブラは遠い昔にこの地を去った神々の1人、女神カートルを信仰するカートル教の中心地だ。
交易と信仰、2つの面で栄える人間領有数の大都市だ。
同時に亜人への差別が特に強いことでも有名だ。
近年は罪人の公開処刑を数多く行っており、処刑は民の娯楽となっている。
処刑を見るために貴族がインクナブラを訪れる程。
皮肉なことに貴族が訪れることで経済が活性化しインクナブラの犯罪は大きく減った。
すると今度は罪人を他の街から買い付けるようになり、また亜人奴隷は些細な罪で処刑されるようになった。亜人奴隷はどこからか、いつの間にか補充される。
こっそり亜人をさらって奴隷として売る者がいるのは明らかだ。
ユーリス自身、亜人をさらう商人を数ヶ月前に見たばかり。
神を信仰し敬虔に生きることを誓いながら公開処刑を娯楽にする矛盾を孕んだ都。
故郷でありながら進んで帰りたいとは思えない理由のひとつだ。
だが気がかりもあった。
(ステラは元気にしているだろうか)
インクナブラから離れられない友人を想う。命令を聞くついでに彼女の顔を見るくらいなら許されるだろう。
そう思えば重い腰も幾分軽くなった気がしたが、サウスの言葉は軽くなったユーリスの心を再び沈めるものだった。
「亜人による襲撃がありそうでな、襲撃者を皆捕らえたいらしい」
「……」
気が進まない仕事だがおそらく拒否権は無い。
「陛下のご命令だ。まさか受けられないと言わんよな」
「陛下の命とあらば」
ユーリスは村に預けた荷物を受け取り村人に別れを告げる。
サウスのグリフォンの後ろに乗り込めば甲高い鳴き声と共にグリフォンが大空に向けて羽ばたいた。
「詳しくは現地で神官達の話を聞いてくれ。俺も詳しくは聞いてないけど大体察しは付くだろ?」
「……」
「きちんとしてくれよ?アンタは何か亜人の行動を見逃しているってウワサもある」
「稼業が忙しいもので。それに取り締まりは役人の仕事です」
サウスはやれやれと呆れたように両手をあげた。
「屁理屈は一丁前だな。アンタ上層部の覚え悪いぞ」
「ご機嫌取りは勇者の仕事ではありませんから」
ユーリスは南の空を見る。
地平線の果てにインクナブラがあるのだろう。
こんなにも良い天気なのに心は晴れず、胸騒ぎがして仕方がなかった。
◆
『グオォオォ!!』
「チクショウ、もっと近くに来いってんだ」
力での直接対決は分が悪いと判断したようで、カニスは俊敏に動き回りつつ距離を取って魔法を放る遠距離戦に切り替えた。ヴァナルガンドの速さに追いつけない俺にとってめちゃくちゃ困る戦い方だ。
おまけに相手は1体じゃない、複数の狼からクローバー達を守りながら戦うのは不利すぎる。
「そら、俺はこっちだぞ!」
飛んでくる氷を防ぎながら俺は壁を背にする。
背水の陣は戦術的には圧倒的に不利だけど、四方八方からの攻撃を気にする必要は無くなった。
「ラグナさん、武器残り8本です!」
「えっそれだけ!?」
いやまぁうん。武器バカスカ使ったもんな。
手に取った槍を天井に投げつける。
『ガルルァァ!?』
『天井ガ、崩レル!』
『落ち着け、我らは誇り高き……』
「誇り高きヴァナルガンドが集団で囲んでんじゃねーよ!そら、そこだ!」
落ちて来た岩をブン投げればカニスが被弾してよろめく。
『……これだけは使いたくなかった』
起き上がったカニスは何かを咥えていた。
先ほどまで戦っていた猿王の腕だろう。その手の甲に赤く光るのは……。
「ラグナさん、あれ魔片です!」
「げ!猿王が持ってたのか!」
装着すると強さが劇的に上がるという魔片、もとい魔人の欠片。
俺こと魔人ラグナの力の一部だ。
『貴様の力が込められているらしいな。試してやろう』
「俺がやる肉は食えないのに魔片は使うのかよ!!」
『施しは受けん。だが、奪ったものなら話は別』
不敵にニヤリと笑う。
猿王の腕を噛みちぎればこぼれた魔片がカニスの左前脚に吸着する。
『グヌ、ヌオオォォ!』
「ング!」
瞬間、カニスから凄まじい冷気が溢れた。魔片がカニスに力を与えているのが分かる。
「ラグナ氏!!」
「なんだよ!事件レベルとやらの反応が上がったって報告ならいらないぞ!」
「よく分かってるぅ!」
「当たりかよチクショウ!!!」
そりゃそうなるよな、狼の王であるカニスがさらに強くなりゃな!
『力を得る感覚、悪くないな。これが貴様の力か!』
傷だらけだったカニスの怪我がみるみる回復していく。
封印の墓標の地下2階で会った魔片を持つボスモンスター達は再生力が異常に高かった。
魔片を得たカニスの回復力が上がってもおかしくない。
『次は貴様だ!貴様の肉はさぞかし甘美なことだろう!』
「カッ!仲間に虫食わせて肉食うなと言うお前に甘美なんて概念があるとは思わなかったぜ!」
幸いヴァナルガンド達はほとんどボロボロだ。
カニスを行動不能にして終わらせよう――そう思った瞬間。
「ん……ぐ!?」
「ラグナ氏!」
カニスの氷の爪で横殴りされた。
これまでに受けたどの攻撃よりも明確な痛みを覚えて殴られた箇所を見れば爪痕がまざまざと残っている。
「……初めて自分の血を見たな」
あ、この台詞強者っぽい。
いやでもこういう台詞言う奴って大抵負けるんだよな今のナシ。
「クローバー!ある武器全部くれ!」
「残り7本ですよ!?」
「出し惜しみして勝てる相手じゃない!」
カニスの爪攻撃を武器で防ぐ。
武器の内側から爆発するようなエネルギーが沸きあがり、轟音を伴って爪を弾き武器は自壊する。
けれども武器解放の攻撃をうけたにも関わらず、カニスはピンピンしている。
「ウッソだろ。爪にぶつけたってのに傷も付かないのかよ」
『その程度か魔人!』
本格的に手に負えない強さになったな。
武器は残り6本。
今のカニスに噛みつかれたら腕が持っていかれるかもしれない。
爪も危険だが牙も警戒しないと。さらも氷魔法の威力も上がっている。
「次は氷か!」
固く鋭い氷柱を次々と飛ばしてくる。
武器2本を同時に床に叩きつけ、吹きあがる衝撃で氷柱を叩き折る。
武器は残り4本。
再び氷の爪攻撃。
一撃目を迎え撃つけれどフェイントだった。
振り下ろした武器は空振り、地面を割ったと同時に俺は本命の攻撃を受ける。
魔人の耐久力にかまけて回避の練習とかしてこなかったのが本気で悔やまれるな。
残り3本。
こんな時なのに。
何故だろう。体が、血が猛烈に熱い。
『魔人。貴様、本当に魔人ラグナか?』
「あ?」
カニスが俺を睨めつけるとカニスを取り巻く冷気が強くなる。
そろそろ終わらせるつもりのようだ。
『かつての貴様は苛烈に目の前の物を全てなぎ倒した……我はその姿に憧憬すら抱いた!!』
俺たちの攻防に巻き込まれるからだろう、ヴァナルガンド達は俺とカニスの戦いに割って入るのをやめたようだ。
その中で、ゲッカが俺を見ている。
『だが、あの日の貴様は死んだようだ』
郷愁にも似た声だった。
200年前、災厄の化身と言われた圧倒的強さを誇る魔人に憧れていた。
魔人に相手にもされなかったカニスは強くなり、200年経った今いざ戦おうと思ったら肉とかベッド配ろうとする平和主義になってたわけだ。
これだけ変わってたら100年もとい200年の恋も冷めるのも仕方がないことかもしれないけど。
「随分と詩的じゃねぇかカニス!目の前の物を全てをなぎ倒す。そんだけヤンチャした結果封印されたんだよ魔人ラグナって奴は!」
けれどもカニスの言う通り、あの日の魔人はもういない。
「お前の夢見た時代はとっくに終わった。今この世界には人間がいて、魔族がいて、亜人がいて、そしてお前達、多くの種族がいる!」
『だから戻すのだ。神々が余計な概念を持ち込むよりも前の自然な形に!』
「そういうの、老害とか懐古厨って言うんだよ!!」
カニスは周囲に大量の氷を浮かせる。
大きな塊から小さな粒のひとつまでカニスの魔力が込められている。小さなものでも打ち出されれば弾丸の如き威力を発揮するはずだ。
来ることが分かっていれば対処はできる。
ここに来る、と思った場所に武器を放ち防いた。
武器はあと2本。
「……ん?」
なんで今カニスがすることが分かったんだろう?
いや細かいことは後だ。
「王狼カニス!お前の王道、俺が否定してやる!」
魔法を使うためにタブレットに手を伸ばした時、ピコン!と場違いな音が流れる。
タブレットに文字が浮かぶ。
【『異邦の魂』が『異邦人E』に変化しました。ロストしたスキルを再取得します】
「な、何だ!?」
このタイミングで!?