6.相棒で友達
拝啓、自称天使様。
いかがお過ごしでしょうか。
俺の望みを叶えてかわいいわんこ(狼)と引き合わせて下さって感謝しております。
でもひとつだけ言わせていただいても宜しいでしょうか。
なんていうか、俺の体の前の持ち主やこの世界について知れば知るほど穏やかな生活が遠ざかっていく気がしてなりません。
でも俺は諦めません。
料理すれば火の海になり、人と出会えば争いになると言われても。
穏やかな生活を目指したいと思います。
◆
あれだけいた魔物達はどこかへ隠れほとんど見かけなくなった。
密林エリアの出口はエネルバの案内で把握済み。すぐにでも先に行けるけどエネルバに休んでいかないかと誘われたので休んで行くことにした。
リスの住処だからどんなもんかと思ったが思ったよりも広く、木や葉に囲まれたこじんまりとした部屋のようだ。
俺にとってはちょっと狭いけど葉が敷き詰められた床は地面で寝るより柔らかいし寝心地は悪くない。
なんでも以前はここで人間と暮らしていたらしい。
「こんな所に人間がいたのか」
『だいぶ前に旅立ってしまったがの。天に呼ばれたのじゃ』
懐かしむような、寂しそうな声でエネルバが呟く。
天に呼ばれたってのは死の比喩表現ではなく、実際に空の彼方に人の住む街があるらしい。
空の彼方の街、異世界っぽくなってきたじゃん。
いつか俺も一度行ってみたいな!
エネルバは自分は使わないからと一緒に暮らしていた人間が使っていた物を譲ってくれた。
まずはものを入れる袋、丈夫な革でできている。
そして小型のナイフ、鍋、水筒、フォークとスプーン、容器をいくつか。売ればそこそこ金になるかもしれないと植物の種が入った袋もくれた。
種類までは分からないが食べられるものばかりらしいのでマイホームを手に入れたら育ててみたい。
どれも必要になるものばかりだ。
自分では使わないと言いながらも綺麗に保管されていたので大切にしてきたのかも。
「ありがとうございますエネルバ様!」
『魔人のくせに調子狂うわい。戦いを鎮めてくれた礼じゃ』
それでも感謝し足りないのでエネルバ先生と呼ぶことにしよう。
「鍋が手に入ったぞゲッカ。これでもっといいものが食べれる!」
「ヴァウ!」
煮込み料理とかスープ料理とか作れちゃうよ!
『それからこれも。いつか使うこともあるじゃろう』
「これは、リンゴ?」
エネルバ先生が持って来たのは金のリンゴだ。
何ですかこの高そうなやつ。
『食べればどんな怪我も癒すという黄金の果実じゃ。持っていくといい』
「え!それ凄いやつなんじゃ!?」
いいの!?
いいそうです。
「嬉しいんだけどこのリンゴ、消費期限はどのくらい?」
『なんじゃショーヒキゲンて』
「このリンゴを食べられる期間っていうか、どのくらい放置すると腐ったりするかなって」
『黄金の果実が腐るものか。食わぬ限り千年経ってもその黄金の輝きは失われぬじゃろう』
期限なしの超回復アイテムだ!
いつか俺も大怪我……いや俺が怪我するビジョンは見えないな。でもゲッカが大怪我をするかもしれない。ありがたくいただいておきます。
少し休んだあと、次のエリアに行くなら食料を確保しておいた方が良いと勧められたので俺とゲッカは地底湖に戻って魚を獲ることにした。密林の魔物はほとんど逃げてしまったもんな。
湖は塩水だったから鍋に入れて沸騰させて塩を、魚を焼いたり燻したので保存食も作って大きめの葉に包む。これで数日は大丈夫だろう。
もちろん水筒に湧き水を入れるのも忘れない。
「準備はこんなところでいいか。明日はいよいよ次のエリアに行こうな」
「ヴァウ!」
準備を終えてエネルバ先生のところに戻って一息。
落ち着いた所でステータスを確認してみよう。
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名前:ラグナ
種族:魔人
LV:2/4[LIMIT]
HP 4705/4705
MP 355/355
速度 96
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LVが上がってるのはさっきのボスモンスターを倒したからだろうな。
続いてスキルツリー。
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所持スキルポイント:2
火属性LV1 Next:派生属性を解放します。
水属性LV0 Next:魔法を修得します。
風属性LV0 Next:魔法を修得します。
地属性LV0 Next:魔法を修得します。
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0だった所持スキルポイントが2に増えている。
魔片を1つ回収するとLV上限が1上がり、スキルポイントが1増えるみたいだ。
次は何の魔法を覚えようかな。
火属性のスキルLVを上げれば派生属性が解放されるらしいのでこちらも気になる。
……分かってるぞゲッカ、火の海の件は反省している。
だから懲りねぇなコイツという目をやめるんだ。
そんでもってゲッカのステータス。
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名前:ゲッカ
種族:荒野の幼狼
LV:32
HP:328/328
MP:129/164
速度:149
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順調に強くなっている。
ところでいつまでも幼狼じゃないだろうし成長したら名前が変わるのかな?楽しみだ。
確認して荷物もまとめたところで明日に備えて眠ることにする。
エネルバ先生の住処は以前一緒に住んでいた人間が貼った結界に守られているため魔物に襲われる心配もない。
傍で丸くなるゲッカに俺は声をかける。
「ゲッカはまだ起きてるかな?」
「このエリアで戦った虎と鷲の王は傍にいる奴……隣人を認められなくて戦ったけど、俺は強いけどお前も強いって、認め合って共に生きることはできなかったのかって思うんだ」
「ヴォ……」
眠そうだ。俺の声も聞こえていないかもしれない。
「俺は隣の奴……ゲッカと飯を食ったり、眠ったりできて良かったよ」
返事はない。
エネルバ先生の言葉を思い出す。
"どちらも隣人の存在が許容できなかった"
"お主が目指す地上。それは自分とは違う者を対等な存在として認められない場所"
「俺と人が会えば争いになる、か」
強い奴が自分以外の強い奴を嫌悪する世界。
それならもしゲッカが俺と同じくらい強かったら、俺の存在を許容しなくなるだろうか。
「何があっても、俺はゲッカを相棒だと思ってるからな」
◆南の街インクナブラ
砂漠の街インクナブラはオアシスを中心に造られた街である。
交易が盛んな都であるが、信仰者の多いカートル教の聖地でもあるため巡礼者も多い。
街の中央にある神殿には多くの司祭や巡礼者が訪れる。
「"封印の墓標"の封印が破られたというのは確かなのか!?」
「そう聞いております」
インクナブラの市長が報告を受けて声を荒げる姿を神官アンデスは冷ややかに眺めている。
「封印が解けるまで、伝承によればまだ100年は猶予がある筈でしたな」
「この街は200年前にも燃やされている。災厄の化身が再びこの街に来ようものなら……」
損害は計り知れないものになる。
昼間の砂漠なのに体の底が冷えてたまらない。
「落ち着きなされダプカ市長。災厄の化身が目覚めてすぐにここへ来るわけでもない。まずは大陸全土に伝えるべきでしょう」
「そ、そうだな」
アンデスの指摘に落ち着きを取り戻した市長は冷や汗を拭いながら傍らの側近に命令を出す。
「王都と各街に通達を、冒険ギルドにも通達を出せ!まずは魔人の居場所を突き止めろ!」
「は!」
側近が連絡のために離れた頃合いを見計らい、アンデスは市長にそっと耳打ちした。
「ですが、災厄が目覚めたのは考えようによっては悪いものではないかもしれませんな」
「どういう意味だ?」
「"魔人を討ちし者、神々の叡智と力を得り。神々の力宿す者が現れる時、混沌の時代を終わらせ、新たなる世界の王となる者なり" 古からの言い伝えです」
もしも魔人を倒せば、倒すことができたならその恩恵はいかばかりか。
「災厄と奇跡は表裏一体か……」
「私も協力しましょう。準備に人手が必要です。亜人の奴隷を用意していただけますかな」
「わ、分かった。用意しよう」
それだけ告げるとアンデスは一礼して踵を返す。
「神官、どちらへ?」
「魔人は倒すかまた封印しなくてはなりませんが……何故封印が解けたか、祭司長に確認にいかねばなりますまい」
アンデスは長い回廊を降りていく。
魔人、そして人間の隣人を滅するための準備を始めるのだった。