15.ヴァナルガンドを追って
◆人間領王都コル・イェクル
城の一室。
フォルテドート王は大臣アンビテオと共に部下の報告に耳を傾ける。
「例のネコの亜人は暗がりの大地の東に現れるとビヨンド殿より言付かっております」
「暗がりの大地?あの地で生きて者がいるとは思えぬが」
「そうですな……」
アンビテオが顔を顰める。
暗がりの大地は人間から最も離れた人間領と呼ばれている。
高い山々が日の光を遮りほとんど陽光が大地に降り注がないことから暗がりの大地と呼ばれている。
人間領と呼ぶのも名ばかりでありそこに生きる人間はおらず管理もされていない。
華やかな王都から遠く離れ、作物の実らない痩せた土地に凶暴な魔物が蔓延る未開の地。
だが万象を見る空の目を持つと云われる王宮の占い師、ビヨンドの言葉であるからには一笑に付すこともできない。
「獣人如きが1人で生きていけるとは思わないけれど、」
フォルテドートは瞳を閉じて静かに言葉を紡ぐ。
「協力者。例えば件の魔人と行動を共にしているとしたらどうだろう?」
「!」
魔人の行方は杳として知られていないが、あり得ないことではない。
200年前多くの亜人を従えて戦を起こした魔人が再び亜人を連れ従えたとしてもおかしくないだろう。
魔人の傍なら無力な亜人でも生きていけるはずだ。
「フフ、真に受けるな。例え話だ。どちらにしてもそのような場所に現れるのであれば教会も手を焼くだろう。六刃聖を呼んでやれ」
「亜人如きに彼らを呼ぶのですか?」
「急ぎなのだろう、教会は」
「……そうですな。何せ導きの儀が途絶えたことなど一度もありませぬ」
導きの儀は教会が2年に1度行う神聖な儀式。
数ヶ月前に亜人に盗まれた"導きの笛"は儀式の遂行に必要不可欠なものであり、教会は躍起になって笛と盗んだ獣人を探していた。
現れる場所さえ分かっていれば六刃聖なら大地を更地にしてでも探し出すだろう。
「教会の動向からは目を離せないが、儀式の邪魔をする気はない。ひとつ手助けをして恩を売っておこうじゃないか」
「教会への大きな貸しになりますな」
◆
今さらだけど、眷属についてちゃんと確認しておけばよかったな。
眷属という響きから忌避してたものの、この世界ではとても大切な概念らしい。
それならそれで、眷属にするのに心構えとか準備とかそういうの必要じゃないかな?
結婚式とか半年以上前から準備したりするじゃん?いや俺は結婚したことないけど。
とクローバーに聞いてみたものの。
「準備?そんな面倒なことするの一部の貴族とか王族といった人間だけじゃないですか?気に入った相手がいればその場でもう夫婦ですよ」
「え、結婚とかは?」
「結婚ですか……ラグナさん記憶喪失の割にたまに人間みたいなこと言いますね」
そりゃ元々人間だったし。
「結婚という概念は人間にしかありません。夜這いでもして拒まれなければツガイですよ」
「夜這いって」
少女の口から夜這いなんて言葉聞きたくなかった!
「なになにラグナ氏が夜這いする話?詳しく教えて」
「しねぇーーーよ!メモ片手に寄ってくんな!」
"かつて大陸を恐怖に陥れた災厄の魔人、まさかの夜這いか!?"なんて見出しで天上国でニュースにされたら軽く死ねるのでしっかり確実に否定しような。
『ギギャギャ!お楽しみのとこ悪いがそろそろ到達だぜ』
「おっと……」
ルーニンの呼びかけに意識を切り替える。
裂け目は目前だ。
「Aランクの魔物も結構見かけますね。これならSランクもちらほらいるかもしれません」
「カニスもSランクなんだよな?」
「ひとくちにSランクと言ってもピンキリですけどね。天変地異クラスは全てS扱いですから」
天変地異ねー。災厄魔法を使える俺やドラゴンがSランク扱いになるわけだ。
ヴァナルガンドがスタンピードをまとめて凍らせたのも記憶に新しい。
これからそんな魔物達がいるであろう裂け目に入る。
巨大な裂け目だし探索にはそれなりに時間がかかることを見越して食料はたくさん用意した。
ほとんどクローバーの収納に入れてもらってるけど俺も自前の袋に食事や水を入れてるし準備万端だ。
『じゃー俺サマはここまでだな!クローバー、約束忘れんなよ!』
「分かってます」
「世話になったなルーニン」
クローバーが召喚魔法で元の場所に送り返した。
「クローバー、ルーニンとの約束って?」
食事は5食って約束は守ったと思うんだけど。
「この戦いの行く末が見たいそうで、ルーニンの怨念をボクに宿らせてボクの視界を貸してます」
ルーニンが特等席で見れるとか言っていたけれどそういう意味か。
「視界を貸すって大丈夫か?後遺症とかない?」
「そういうのは大丈夫です。正直嫌ですけど、まぁこの戦いが終わるまでですし」
不快だけど問題はないらしい。
ルーニンはあくまで見るだけで戦いに巻き込まれるのはノーセンキューだそうだ。
安全なトコで魔物同士の戦いや迷宮の主に誰がなるかは見たいといったところか。
一方でラティは両腕をぶんぶん振り回して気合を入れていた。
自分の両手で頬をぱちんと叩いて高らかに宣言する。
「さぁさぁ行きますよ!!ニュースは待ってくれないのだ!!」
「あっおい待て!」
「ラティちゃんの記者魂ここに在りいぃぃぃ!」
訳の分からないことを叫びながらラティは裂け目に飛び込んでいった。自由なヤツだ。
単独行動は危ないと思うけどラティは空を飛んで逃げられるし、安全装置があると言っていたから大丈夫かな。
「俺たちも行こうクローバー」
「ラグナさん、ひとついいですか?」
クローバーがいつになく真剣な顔で見てくる。
身長差で上目遣いになるのはご愛敬だ。
「ボクはゲッカさんにはなれません。ゲッカさんみたいに、ラグナさんが悩んでいる時に察したりはできません」
「うん」
ゲッカは俺が悩んでいる時は俺の元に来てくれる頼りになる相棒だ。
「だから気になることがあったら聞いてください。ボクはラグナさんの気持ちは、言われないと分かりません」
思わず動きを止める。
「なんというか、こっちまで調子狂うというか……ラグナさんにはゲッカさんが必要でしょう?無理していつも通りを装ってるっていうか。ああもう、人の心配とかボクのキャラじゃないんですけれども」
「……もしかして気を遣ってくれてる?」
人に無頓着なクローバーに心配されるとは。
いや、いつも通りを装っていたから却って不自然だったのかもしれない。
「なんでもありません!ほら、時間との戦いです。さっさと行きますよ!」
プイと顔を背けるクローバーの頭に手を置けば大人しくされるがままになった。そうなるくらいには何度も撫でてきた。
耳の付け根が好きなんだよな。かわいいやつめ。
俺たちはこうしてダンジョンが出来る前に裂け目に辿り着いた。
クローバーがここまで頑張ってくれたんだ、俺が頑張らないでどうする。
俺はハッピーエンド主義だ。
ハッピーエンドを迎えるために巨大な裂け目へ挑む。
「よっし、ゲッカを迎えに行くぞ!」
そして一緒においしいものを食べたり昼寝したりしような!
俺とクローバーは裂け目に飛び込む。
50000PV達成しました。いつも読んでいただいてありがとうございます。