14.眷属の契約
◆最前線の街グラリアス
「まったくこんなことになるとはな!オイ、ボサっとすんな」
冒険ギルドで職員が慌ただしく動き回る。
魔物がどこに現れたか、どこへ向かっているのか、どの街に被害が出そうか。
情報が錯綜しているが、1つだけ間違いないことは魔物の暴走が発生したことだ。
スタンピードの進路途中にはいくつも村がある。
村人が巻き込まれれば被害は免れない。
冒険ギルドからは緊急依頼が発令される。
村及び避難民の護衛・スタンピードの迎撃、現地の調査が中心だ。
ギルドマスターのイフウは部下を連れ馬に乗る。
人手が足りないためマスター自ら村へ赴くことになった。
「スタンピードの原因は?裂け目にしては規模がでかすぎる」
「巨大な裂け目ができた可能性は?」
「もしかしたら魔王の宣告が関係あるかもしれません」
「ハルピュイア達に調べさせろ!」
推測の域を出ることはない。情報が圧倒的に不足している。
「被害は南西に集中。大陸東側は魔物の動きに変わりはないそうです」
「王都は安全ってわけか。この窮状、国のお偉方にも見せてやりたいもんだ」
地平線の彼方にちいさな豆粒が見える。
本当に豆粒であればどれだけ良かったか。
豆粒の1つ1つが魔物だ。一体この大陸のどこにこれだけの魔物がいたというのだろう。
狩れども狩れども嘲笑うかのようにどこからともなく増殖し、人々の生活を脅かす。
「魔物というのは、一体どこから来ているのだろうな」
「それこそもういない神にでも聞くしかないでしょう」
らしくないつぶやきだとイフウは自省する。今は思案にふける時ではない。
大太刀を握り直して倒すべき敵を見据えた。
まるで大地を喰らいつくすかのように、魔物達は大地を埋め尽くす。
◆
こんにちは。
化け猫の背中に乗ったり川でどんぶらこ流されたりしながら移動している魔人一行です。
ゲッカレスで寂しい。
「ふんふん、ラグナ氏が恋する乙女のようにゲッカちんを想っている……と」
「何書いてんだお前は」
思い出に浸れば緊張感のない声が聞こえくる。
何やらメモを取りながら飛行状態で並走しているけどどんなメモしているのやら。
「ラグナ氏、そんなにゲッカちんが大切ならどうして眷属の契約しなかったの?」
眷属、どこかで聞いたことあるなと思ったらシエル山脈だ。
ラバルトゥやウィトルもそんなこと言っていた覚えがある。
「眷属って主従関係みたいなものだろ?」
「単なる上下関係ではありませんよ。眷属は親子であり兄弟。契約をすることは一族に迎え入れる意味で最上の信頼の証とされています」
……そういえばラバルトゥも似たようなことを言っていたな、めっちゃバカにしたような感じで。
「契約すれば眷属にできます。眷属になると主の力が流れ込み個体として大きく成長しますが、その負荷で命を落とすこともあるので文字通り命をかけた契約です」
「えっ、それ危なくない?」
自分で言うのもなんだけど、俺の体はめちゃくちゃ強い。
俺の力が流れ込めば大変なことになるのでは。
"眷属は主の加護を受けてより強く美しく成長する。けど、まぁ……"
"魔人の力が流れこむなんてこんな赤ちゃんにとても耐えられるものじゃない"
こんなことを言っていた。
……思い出したらちょっと腹立ってきた。
「それでも主と従者、お互いに心から信頼しあっているとどんな力でも受け入れられるそうですよ。信頼で結ばれた者たちだけに見える絆があるとか」
「……俺は見たことないな」
ちょっと寂しい。ゲッカと結構仲良かったと思ってたんだけどなぁ!
「ラグナさんとゲッカさんの間に隔たりがあるとすればヴァナルガンドの仔であることを隠していたからでしょうね」
ゲッカと出会ったばかりの頃、親について聞いたけど聞かれたくなさそうにしていた。
でもラバルトゥはゲッカが眷属にしてもらうのを待っていると言っていた。最上級の信頼の証と言うのなら、眷属として迎える方が自然かな?
「そういやウィトルも眷属になりたいと言ってたよな?」
「ウィトルさんは次のリザードマンの長ですから、リザードマンという種族がラグナさんの傘下に入る意味を持ちます。眷属の契約は大切な意味合いを持つからこそラグナさんの最初の眷属をゲッカさんに譲るつもりで身を引いたんでしょう」
「そういうものか。クローバーは俺の眷属になりたいと思うか?」
「ボクですか!死にたくないので無理ですね!」
訳すと『心から信頼しあえてません!』ってことね。知ってた。コイツ隠し事多いしな。
でもそんな笑顔で言わなくてもよくない?
「フム。魔人ラグナ、フラれるっと……」
「コラそこ!なにメモしてんだ!!」
◆
川を渡ったりルーニンに運んでもらったりしながら進み、出発から3日。
とうとう裂け目が見えてきた。
「……あんなにでかいのか!」
裂け目を見た時、はじめは巨大な湖かと思った。
だが虹色に発光する光が湖ではないことを雄弁に語っている。
大地をハサミで切り取って、虹色のライトで照らしているかのようだ。
ロス・ガザトニアで見つけた裂け目の入口は2メートル大ほどしかなかったことを考えても比べ物にならない大きさだ。
「推定ですが、裂け目の大きさは直径15~6キロくらいですね。最大級のサイズです」
「そんなにでかいのか……」
「ん~~これまたニュースになりそう!!メモりメモり……」
直径15~6キロとなると琵琶湖くらいのサイズかな?
それは、めちゃくちゃでかいな。
その裂け目に魔物が集まり、我先へと裂け目に飛び込んでいくのが見える。
ヴァナルガンドはとうに到着しているだろう。
「裂け目の近くに行けば魔物達とかち合うから今日はこの辺で休んで明日裂け目へ行くか」
『じゃ、明日までの付き合いだな!今日も飯楽しみにしてるぜ』
ルーニンは裂け目まで送ってもらう約束だった。だから明日でお別れだ。
夕飯を用意する。
「ずいぶんたくさん作るんですね」
「ゲッカが戻ってきたら食べさせてやりたくて、多めに作っておこうと思うんだ。……おいラティ、つまみ食いしてんじゃねぇ」
道中時間があったというかルーニンの飯を用意している間にタブレットで作り方を調べて麹作りに挑戦した。
麹ができれば味噌ができるのも時間の問題だ!
望郷の遺構に行く時、ゲッカにおいしいものを食べさせるって約束したからな。
麹で焼いたオークの肉をたくさんたくさん用意しておこう。
「よっしゃー、いただきます」
「もぐもぐもぐもぐ!」
「ラグナさんそっちの塩とってください」
『ウーム、なかなか……』
いただきますって一緒に言ってくれる人がいないの寂しいな!
ゲッカは食べる前に一礼してくれるんだけど!
夜を迎える。
クローバーとラティはテントの中で寝ているか俺は眠れなくて風に当たりに外に出る。
明日にはいよいよ裂け目へ突入する。これまでとは違ってゲッカがいない戦いになる。
色々準備したが、クローバー戦闘は不向きだから俺が頑張らないとな。
もしもに備えてラティのステータスを見せてもらったのだが、
-----------------
人間 LV11
HP:65/65
MP:45/45
速度:53
所持スキル:『好奇心』『トラブルメーカーC』『オールマイティB』『万能魔法D』『幸運C』
-----------------
と、普通に戦力にならなそうだった。
……俺が頑張らないとな。
『よォ魔人』
思案していると高台で横になっていたルーニンに呼び止められる。
化け猫の目は月の光を怪しく反射していた。
「どうした、ルーニンは寝ないのか?」
『なァ、クローバーのこと知りたくは無いか?』
俺を見下ろしながらそう言った。
気にならないと言えばウソになるけれど、それでも。
「クローバーが言わないことをお前から聞くのは違うだろ」
『ギシャシャ……お優しいんだなァ魔人てのは。クローバーが懐くわけだ』
そりゃいっぱい撫でてやったり甘やかしたり、美味しい物食べさせてあげてるからな!
なんならブラッシングしてやったりもしてるぞ。
風呂はゲッカに任せたらめちゃくちゃ嫌がられたけど。
「ルーニンだって、クローバーに頼まれて協力してくれたんだろ?」
『ギヒャヒャヒャ!俺サマが、アイツに協力?ギャギャギャ!!』
ルーニンは下品に愉快そうに笑った。
『普段なら絶対クローバーの言うことなんざ聞かねぇし、アイツも俺サマを頼りゃしないんだがな!』
「なら、どうして手伝ってくれる?」
『クローバーは自分の事しか考えられねぇネコだ。そんなクローバーが俺サマに縋るなんざ考えられなくてな。それほどまでに懐いてる魔人のツラでも拝んでやろうと思ったわけよ』
クローバーはこの化け猫と仲が良いわけではないようだ。……思ったより俺とゲッカのために頑張ってくれたのかもしれない。明日念入りに撫でておこう。
そんなことを考えていたけれど黙りこくった俺に何を思ったのかルーニンは気分を良くしたようだ。
目をすっと細め、口を三日月型にして嗤う。
『魔人さんよ。これだけは覚えておいた方がいいぜ。アイツは破滅を呼ぶネコだ。せいぜい気を付けるんだな』
置く場所なかったルーニンのステータス。
-----------------
化け猫 LV31
HP:548/548
MP:74/74
速度:275
所持スキル:『闡提』『怨念』『寝食回復A』『高速移動C』『疲れ知らず』
-----------------