12.王にできないこと
「ヴァナルガンドは災害獣とも呼ばれる非情に獰猛な魔獣です。ひとたび戦いが起これば食らった血肉で血の河ができると言われる大災害と言っていい存在です」
「敵も味方もって……それゲッカも危ないじゃねーか」
「ここ一番を見逃したァァ~~~!!!!」
「そうなります」
クローバーは諦めたかのような表情でヴァナルガンドについて説明している。
検索機能でヴァナルガンドについて調べてみるものの詳細不明の4文字のみ。相変わらず生物に関しては融通が利かない。
「俺にはゲッカが必要だ。追いかけないと」
「無理です、状況が悪すぎます」
「ヴァナルガンドの王が現れて宣告をする宣言!間違いなくツインロッドはこれに反応してたのに、ああそれなのに!ラティったら肝心の話を聞き逃すなんてバカッバカッ!」
「そこさっきからうるせぇ!!!」
敢えて触れないようにしてたんだけど!
「よーし反省終わり!スクープは逃したけど事件は始まったばかり。ラティは諦めないよ!心配してくれてありがとねラグナ氏!」
「そーかそりゃ良かったな。ミリも心配はしてないけどな」
この切り替えの早さは見習いたくもあるな。
クローバーの顔色は悪くなる一方だし……あの、滅入るからそんな顔しないで!
ラティの前向きさとクローバーの冷静さをそれぞれお互いに分けてやれんかな。
「なぁラティ、飛べるなら裂け目の場所探してくれないか?ヴァナルガンド達が向かった先に大きな裂け目があると思うんだ」
この調子ならどうせラティも裂け目に行くだろうし利用できるものは利用しよう。
「そっか!裂け目が次の取材場所になるもんね!よぅし行ってくるよ!……ただし!」
ラティは直前まで大騒ぎしたことなどなかったかのようにキリリと真面目な表情を作る。
「ただし?」
「飛んでく私のコートの中を覗いちゃダメだかんね!」
「さっさと行けー」
おそらくコート兼スカートを覗かれてないか確認してるんだろう、何度もチラチラこちらを見ながら飛んでいくラティは置いておく。
見ないよ。見ないって。
それより俺はゲッカを追いかけたいから方法を考えないと。
「クローバー、俺たちもゲッカを追いかけよう!」
「無駄ですよ」
「なんで!」
「王狼カニスは遠く離れた裂け目を攻略してダンジョンの主となり、ダンジョンを拠点にして王の名乗りを上げるつもりでしょう。……ボクらの足で追いかけても間に合いませんよ」
犬は持久力に長けてた生き物。
人間よりも遥かに速い速度で、人間よりも遥かに長い時間走ることが出来る。
「でもゲッカを追わないと」
「ゲッカさんは自分の足で王狼カニスについて行きました」
去る時のゲッカは、どこか虚ろで、けれども別れを確信した目をしていた。
「それでもゲッカが俺に何もなしに去っていくとは思えないし」
この世界に目覚めてからゲッカとはずっと一緒だった。
いつも俺をサポートし、俺が魔人の記憶に呑まれそうになれば助けてくれた。
ゲッカが心から望んでカニスについて行くのなら俺だって見送ってやれた。
でもこんな別れ方は嫌だ。
あんな悲しそうな目をされて、何も言えずに別れるなんて。
カニスは王になったあと俺と戦うつもりだった。
そうなればゲッカは戦うことになる。
「ゲッカさんのために危険を冒すんですか?ヴァナルガンドは単体でもAランク上位の魔獣で、成長すればSランクに至る個体だっています。それがあれだけの群れで行動してるんですよ」
「俺だってSランクだったわ!」
行かないと、俺はきっと後悔する。
「裂け目までここからだと2週間かかります。ボクらが辿り着く頃にはとっくにカニスが主になってダンジョンができてますし、ダンジョンになれば突破すら困難です。宣告期間が終われば戦争が始まります!」
クローバーはこんな時でも無理な理由をしっかり説明してくれる。
いや、こんな時だからこそかもしれない。
ダンジョンが完成すればヴァナルガンド・魔族・人間の戦いに巻き込まれることになる。
……ん?
裂け目まで2週間?
「裂け目が出来たって気付いたのはさっきだよな?ラティに調べに行かせてるのになんでクローバーが裂け目の場所知ってるんだ?」
「……あっ」
クローバーが思わず口をおさえる。
裂け目の出現に気付いたのはついさっきなのに。
これまでの言動からクローバーが遠くを把握する手段を持っているのは間違いない。
スキルによるものだろうけどステータスにそんなスキルは見当たらなかった。十中八九ステータスを改竄して隠しているんだろうな。
……隠してるスキルは気になるけど今は関係ないな。
「とにかく、無理なものは無理です!あなた1人なら無茶だってできるかもしれませんがボクは強くない!どうしても行くっていうならボクはここで降ります。生きるために故郷も家族も全部捨ててきたんです。ボクは死にに行く趣味はありません」
確かにクローバーは自分の安全のために俺と行動してきた。
身の安全が脅かされるなら一緒にいる理由はないだろう。
「危険なのは分かってる。クローバーのことは俺が絶対守る、だから来てくれ!」
タブースキルを持つ者は成長したら処刑されるとユーリスが言っていた。
クローバーも例外ではない。生きるために全てを捨てたという言葉に偽りはないだろう。
「食べることにも戦いにも困らない、1人でも生きていけるようなあなたには分かりませんよ!」
「……俺が、そう見えるか」
自分でも驚くくらいに低い声が出た。
失言したと思ったのかもしれない。
クローバーの顔はやってしまったと言わんばかりだ。
でももう遅い。
それならこっちにも考えがある!
俺は流れるようにジャパニーズ土下座をキメた。
「……は、はぁ?」
たっぷり数秒、完全に動きを停止したクローバーがようやく復活するや否や困惑の声をあげ、それから焦りだす。
「ちょ、ちょっと、やめ、頭をあげてください!あなたは……あなたは王になる人です!ボクに、頭を下げるな!」
「王じゃねーし!!」
王は人より頭を低くしてはいけない。
膝をついてはならないし頭を下げてもいけない。
誰よりも煌びやかな服を着る。
誰だって知っている常識。
欲しければ奪い、必要があれば命じることができる。
王とはそういうもの。
でも、それじゃあ王は頭を下げて頼むことも謝ることもできない。
一緒に昼寝もできないし風呂だって入れない。
対等な関係でいる、そんなこともできないなら俺は王になりたくない。
「来てくれるって言うまで頭上げてやんねー!!」
「わ、ちょっと!?」
必殺・足を掴みつつ土下座。
効果:相手に土下座を見せつける。相手は逃走ができなくなる。
「は、離してっ!離せ!こら!!」
頭をぽかぽか叩いて抵抗してる気配は感じるけれどクローバーの力で逃れられるはずもない。
「俺はな!1人じゃ火の通った飯も作れないし薪も割れねぇ!」
料理しようと思ったら火の海になった。
薪割りをしたら沼が消えたのはクローバーも目の前で見たはずだ。
「金の価値も知らなかったし、未だに服1つ着れない。遺跡を出て最初にやろうと思ったことは人間の街へ行くことだった。お前から見て俺が1人でやってけると思うか!?」
「そ、それは。無理、でしょうね」
たじろぎつつもクローバーが答える。
出会ったばかりの頃、無知だった俺をアンポンタンだと詰ったのは他ならぬクローバーだ。
「頼む、クローバーが必要だ!!お前いろいろ知ってるだろ!悪い姿になろうとしたカロンをどうにかして、メロウ達を助けてやれただろ!?」
「ボクが、行ったところで……」
クローバーがどういう表情をしているかは分からない。
ただ苦しそうな声をしているのは分かった。
「頼む!!」
「……どうして。ゲッカさんはあなたと違う生き物です。どうして他人のためにそんなに必死になれるんですか」
クローバーは他人と距離を取ってきた。
今ならその理由もなんとなく分かる。
きっと怖かったんだ。
信じた末に裏切られることが。
亜人が安心して笑って住めるティルナノーグを作ると言った時、クローバーの表情に驚きと同時に期待の色が浮かんだことを覚えている。
隣人は、きっと。
そこまで怖いやつばかりじゃない。
「他人じゃない。一緒に飯食って、一緒に寝て、遊んで、旅して、悩んだんだ。大切な友達で、相棒だ」
掴まれて足を動かせないクローバーは諦めたように尻もちをついた。
「あなたには、ボクを無理やり従わせることだってできるのに」
「俺がそういうのは嫌だってこと、クローバーも知ってるだろ」
返事はない。それが何よりの答えだろう。
「大切な友達。……大切、か」
きっと聞かせる気の無いクローバーの微かな呟き声が耳に入る。
そして、長い溜息。
「……はぁ、分かりました。では交換条件です。この件が終わったらボクの頼みを聞いてください。代わりにボクも出し惜しみ無しで全力で手伝います」
「分かった、恩に着る!ありがとう!」
思わず顔を上げるとライトブルーの双眸と目が合う。
「ボクの頼みの内容は聞かないんですか?」
「交換条件って言うくらいだし、ずっとクローバーがやりたかった事だろ?なら協力するぞ、どのみち断る選択肢は無い」
「……あなたは時々そうやって見透かすような事言いますね」
バツが悪そうな顔をしている。
クローバーは、クローバー自身が思ってるほど隠し事はうまくないと教えてやるべきかな。
「時間が惜しいです。行きましょう」
どうしようもないかもしれない。
ここから遠く離れた裂け目へ向かって、カニスが迷宮核に辿り着く前にゲッカに会うなんて無理だろう。
完成したダンジョンに挑んで彷徨ってヴァナルガンド達と戦い続けて、宣告期間が終われば勇者や魔族も巻き込んで。
そしてカニスと戦うことになる。
それでも俺はハッピーエンド主義だ。
幸いこの体はとても丈夫で、大きなことだって出来る。
きっと、どうにかなる方法があるはずだ。