11.ヴァナルガンド
冷たい霧が晴れる。
そこにいたのは20頭以上の白銀の狼の群れで、どの個体もゲッカよりも二回りも三回りも大きい。
『オオオォォオオォォオオオォオォォォン!!』
狼たちが遠吠えをあげるとビリビリと大地が揺れ、ひときわ大きな狼を中心に冷たい突風が吹き荒れる。
「い、いけない!」
「ちょっとネコさん!?ひゃあっウソーー!?」
上空にいたラティは強風にあおられ飛ばされていった。
吹き飛ばされる前にラティの元を離れたクローバーは無事に着地する。ネコの身体能力は伊達じゃない。
ラティは……飛ばされたけど大丈夫だろう。安全装置あるとか言ってたし。
「ヴァウゥ」
ゲッカが静かに鳴く。
目の前にいろ狼たちを見ているはずなのに、その目はどこか遠くを見ているようで、どこか怯えているみたいだ。
一番大きな狼に解析をしていたのは、半ば無意識だ。
クローバーの呟きと解析結果が出るのは同時だった。
「さ、災害獣ヴァナルガンドです!」
どの狼たちも種族はヴァナルガンド。
個体によって使用できるスキルに差がある。
土魔術を修得した個体、肉体強化が使える個体、自己回復能力がある個体。
その中で、ひときわ大きな狼には名が表示された。
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名前:王狼カニス
種族:ヴァナルガンド
LV:170
HP:3012/3012
MP:751/896
速度:340
所持スキル:
『狼の王』『惨劇の狼』『悪食』
『氷魔法S』『風魔法B』『肉体強化A』『疾風の脚B』
『苦痛耐性C』『威圧A』
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王狼カニス、こいつが群れの長のようだ。
そしてもう1つ。
どのヴァナルガンドも共通して『惨劇の狼』『悪食』のスキルを持っている。
つまりこれがヴァナルガンド達の種族スキルなんだろうけど。
「ゲッカと同じスキル……!?」
「――ヴァ、アアアア、アア」
『我が仔よ、此処にいたか』
ひときわ大きなヴァナルガンドが言葉を話す。
まさか人の言葉を話すとは思わなくて思わず目を見開く。
「我が仔!?」
「ゲッカさんが、ヴァナルガンドの!?」
つまり、ゲッカは若いヴァナルガンドってことか。
じゃあゲッカの親御さんにいつもゲッカには助けられてますとか挨拶とかした方がいいかな。
いや全くそういう雰囲気じゃないんだけど。
『我が仔よ、何故進化していない?』
カニスの声は深く低く響く。
喋る度に底知れぬ威圧感を轟かせる。
『全ての生者と死者を喰らい尽くし、我ら一族はヴァナルガンドの高みに至る。貴様、獲物を食わなかったな』
「ヴァウ……」
耳を垂らして俯くゲッカ。
そういえばゲッカ、何かと魔物をかじっていたな。
肉も、骨も、殻も、鉱物さえ腹を満たすためでもなく食おうとしていた。
おおよそ食べれないようなものまで口に入れていた。
"全ての生者と死者を喰らい尽くし、我ら一族はヴァナルガンドの高みに至る"
『悪食』というスキルは本来食べない物を食べるスキルだったのかもしれない。
そして魔物の亡骸を食べようとしていたのを止めていたのは、俺。
やばい、もしかして進化しなかったのは。
ヴァナルガンドにならなかったのは俺のせいでは??
『だが些末なことである。これより先、高みへと至る機会はいくらでもある。我についてこい』
「ヴァ、ウゥ!」
「オイオイ待て!ゲッカをどこへ連れて行く気だ!?」
巨大な白い狼は俺を一瞥する。
取るに足らぬものを見るような目つきだったが、クンと鼻を鳴らすと気配がだんだん悍ましいものへと変っていく。
『……その気配、憶えている。いや、忘れようもない。200年も昔にこの地を平らげた魔人か!』
「――!?」
前の俺を知っているのか!
このヴァナルガンド、200年以上生きている。
『我を覚えているか。……いや、覚えてはおらぬだろうな。200年前の力無き我は貴様という災厄を前に怯えることしか出来なかった。貴様にとっては殺す価値も無いような哀れな獣だった。だが今は違う!』
懐かしむような、それでいて忌まわしい記憶を紐解くような感情がありありと伝わってくる。
……。
俺なんかしました?とは言えない雰囲気ですね。
記憶、失くしてるっていうかむしろ別人なんですって言うタイミングが無い。
『ここで貴様と一戦交える気はない。だが我と貴様がこの大地に立ち続ける限り、いずれ戦うことになる』
えっ。
「いや、俺は別に戦う気は」
ゲッカを連れて行かないで欲しいだけです。
『魔人ラグナ!!我は王のスキルを手に入れ貴様と並び立つ資格を得た!あの時は名乗る事すら能わなかったこの名を今こそ名乗ろう。我はカニス。我はヴァナルガンド。王狼カニス!』
王狼カニスは高らかに吠える。
解析で知ってたとも言えない雰囲気だな。
どうやら前のラグナはまだ弱かったカニスを見逃したようだ。
そして今、カニスは立派になって今こそ魔人ラグナのライバルとなれる!て息巻いてるらしい。しかもそれがゲッカの親父さん。
『我が王であり、貴様が貴様でいる限り。どちらかが滅ぶ運命。魔人ラグナよ、いずれ再び相相見えることになる。貴様を食らうその日こそ、我々がこの大陸の覇者となるだろう!』
「覇者って、まさか宣告をするつもりか!?」
カニスと名乗ったヴァナルガンドが歯を剥き出しにして笑う。
この大きな狼は『狼の王』のスキルを持っていた。つまり宣告する資格を有している。
『この大陸のあらゆる命が血を流すだろうが、全て我らが悲願のための礎。魔人よ、王として今度こそ貴様との勝負を心待ちにしている』
「いや俺は王のスキル持ってないし大陸支配者決定戦に参加するつもりはないんだけど」
なんで俺の参加が決定事項みたいになってんの?
やりたくないし、そんなことよりゲッカをだな。
『同胞たちよ。裂け目へ行くぞ!全ての獣の王へと至る道がため!』
『ヴァオォォォオオオォォオ!!!』
「あ、オイ!待て!」
俺の静止も虚しくカニスは巨体を軽やかに走らせ、狼達が後を追った。
そして、ゲッカも。
「――ヴァ!」
「待て、ゲッカ!」
手を伸ばす。
「……ヴァ、ウルル」
ゲッカはぎこちなくこちらを見る。
数歩走って動きを止めてこちらを振り向いて、一声だけ鳴いた。
さよならと。
そう言ってる気がした。
手を伸ばすも狼達の脚には敵わず届かない。
俺は、荒野の狼達が南へ走り去っていく姿を見るだけしかできなかった。