10.北虹の先にある国
「……2人ともそこに直るように」
「ヴァ!」
「うぅ……」
ゲッカとクローバーがおすわりする。
「2人とも心当たりがあるな?怒らないから正直に言ってみろ、なんで俺よりお前達の方が事件性が高いんだ」
クローバーについてはお尋ね者だから予想できない話ではない。
でもゲッカが大きな事件に巻き込まれるってのは今のところ想像しにくい。
そんで当の2人はモゴモゴと煮え切らない反応。
「なぁラティ。具体的に何が起こるのかは分からないのか?」
「そこまではなぁ。多くの生物の気を引く出来事ほど大きな反応が出るってだけだし」
なるほどね。
「それにしてもなんていう歩く事件たち!ラティずっとついて行きたい!」
「人が悩んでるのに羨ましがるんじゃない!」
「ラティの故郷は本当に何事も起こらない平和オブ平和な国なの!皆刺激が欲しいんだよぉ。うちの国、"退屈過ぎて死んでしまう"が口癖なんだから」
この亜人が歩くだけで斬られるような世界でそんな場所あんのかよ。
「そりゃ幸せな悩みなで……いや待てよ、そんなに平和なら俺たちもそこに行くのはどうだ?」
退屈ってことは生活に困らず、危険もない。
となれば俺の求める居場所にピッタリなんじゃない?
「ンー残念だけどそれは無理!ごく一部のヒトしか行けない場所にあるし、教えてはいけない決まりなの」
「そこをなんとか!」
「……ラティさん、もしかして"北虹の架け橋"から来たんですか?」
「ぶぅぅっ!!!」
クローバーの指摘にラティが途端に激しく動揺しはじめた。
「な、なななナな!?なンのことデス!?聞いたコトも見たコトもありませんねぇそンな七色の国のコトなんて!」
「七色の国だと?」
「あああーーーッッ!!!しまった!ラティの素直さがアダに!」
クローバーの指摘は大当たりのようでラティは頭を抱えて悶えている。
嘘はつけないタイプみたいだな。
「クローバー、北虹の架け橋って何だ?」
「……ラティさんの言う通り、ボクらが行ける所ではありません」
クローバーのテンション的に本当に行くのは無理そうだな。ラティはあからさまにホッとしてる。
ラティの故郷に移住計画は提案から僅か1分で終了した。
「北虹の架け橋は空の彼方、天よりもずっと高い場所にある選ばれた者だけが行ける天上の国です」
「あ、天上の国は聞いたことあるな」
目覚めたばかりの頃に出会ったエネルバ先生が空の彼方に人の住む街があると言っていた。
エネルバ先生が共に過ごした人間がそこへ旅立ったと。
「それが北虹の架け橋か」
「もー!ラティが北虹から来たってこと誰にも言わないで下さいよ!?下手したらワタシ楽園から落とされちゃう!」
「いわゆる楽園追放ですね。罪人が楽園から追放され空から落ちて来たという話もあるそうです」
「作り話だね!あんな所から落ちたら地上に落下する前に燃え尽きますもん!」
「燃え尽きる、ですか?」
クローバーが首をかしげるとハッとしたようにラティが口を抑えた。
ポロポロ失言するなコイツ。
地上に落下する前に燃え尽きるとなると……。
「成層圏より高いとこにあるのか?生身で落下すりゃ燃え尽きるかなぁ」
「ボエェーーーッ!!!ラグナ氏、ナゼそれ知ってるんで!?」
面白くなってきたな。
ナゼも何も、この辺は地球の知識だ。
成層圏より高いとことなると限りなく宇宙空間だけど空気とか大丈夫なのかな?
確かにそんな所に移住は物理的に無理だな。
「ここで聞いたことは絶対言っちゃダメですよ!他言無用ですよ!!ねっねっ!ねっ!!」
「わーったよ。どうせ俺たちじゃ行けないんだろ」
ラティは本日二度目のホッとした顔を見せた。
天の上の国、いつか行けたら行きたいと思っていたけど宇宙の国となるとスペースコロニーみたいな所かな?
どうやって行くんだろ、やっぱロケット?
「それで、話は戻るんだけど密着取材の申し込みはダメですか!?ご迷惑はおかけしません!」
「まだ諦めてなかったの??」
先程までの焦りなど無かったかのようにラティの交渉は再開された。
「ダメだ。俺たち一応お尋ね者だからな。居場所とか筒抜けになるだろ」
「この大陸の人に知られたくないんでしょ?ラティちゃんネルはラティの故郷でしか観れないから安心して取材されてもいいよ!!いやダメって言われてもついてくけど!」
「どのみちついて来る気じゃねーか」
もう言うだけ無駄な気がしてきたな。
その時、ラティのロッドが大きく光り始める。
「わ、わ!?ツインロッドが激しく反応してる!」
「なんだと?」
その言葉が終わる前に、大地が微かに揺れはじめた。
「地震か?」
「いえ……これは……」
揺れは次第に大きくなり、近付いて来る。
これは地震ではない。足音だ!
「ヴァウッ……ヴァウウウ!!!」
ゲッカが吠えたのは北の方角。
地響きと共に土煙が巻き上がっている。そして土煙の中に無数の影が見えた。
地面を覆う数えきれないほどの魔物が走ってきている。
「魔物の暴走!に、逃げましょう!!」
クローバーが叫ぶ。
魔物たちの進行方向的に、このままだと確実に暴走した魔物の群れに巻き込まれる。
でも西から東、地の果てまで一帯を魔物の群れが覆い尽くしる今逃げ場なんかない。
「どこにこんなに魔物がいたんだよ!!」
「どこまでも続く魔物の群れ!とんでもない事件ですよこれは!!」
「そうだなぁ!こっちは巻き込まれそうなんですけどねぇ!?」
ラティは空を飛べるから飛べば安全だ。
でも地に足ついた俺たちはそうもいかない。
仕方ない、迎え撃つ!
「ラティ、取材させてやる。代わりにクローバーだけでいい、連れて上空に逃れてくれ!」
「定員1名なんだけど……でもネコちゃんは小柄で軽そうだしイケると思うよ!乗った!」
「すみません、よろしくお願いします」
クローバーはためらわずに空中のラティの元へ跳ね、ラティの脚に捕まる。
これでクローバーとラティは大丈夫だ。
ゲッカの方は低姿勢で今か今かと魔物達の訪れに迎え撃つ体勢。
人の目線で見える地平線までの距離は5キロ程度。
その程度なら人間でも急げば20分前後で到達できる。魔物の暴走が俺たちの所に到着するまでそう時間はかからない。
「それにしても何で突然魔物の群れが来たんだ!?」
「これだけの魔物が一斉に暴走したとなると、考えられるのは裂け目の発生です。それも超大型の!」
「世界の裂け目か!」
いずれダンジョンへと成長する空間、世界の裂け目。
裂け目が誕生すると付近の魔物は一斉に裂け目になだれ込み、迷宮の主となるべく最奥にある迷宮核を目指すんだったか。
これだけ多くの魔物を呼び寄せるほどの大きな裂け目が発生したってことか。
「それにしても本当に事件が起きちゃった!さっすが魔人ラグナ氏ご一行、持ってますねぇ大好き!!」
「裂け目も魔物の大量発生も俺たちのせいじゃねーだろ!偶然だ偶然!!」
魔物が大地を鳴らし、土煙は空高く吹き上げ空を灰茶色に染める。
見渡す限りの魔物の群れを一掃するなら火の災厄魔法の出番だ。嘘つきの炎の効果範囲は俺の視界の範囲内全て。
俺たちに向かってくる連中を確実に倒せるようもう少しだけ引き付ける。
けれども俺が魔法を使うことはなかった。
突然、地響きが嘘のように止んだ。
砂煙はすぐに晴れず、状況が分からない。
「何が起きた……!?」
遅れて底冷えするような寒さを覚えた。
やがて、ゆっくりと。堂々とした足音が聞こえてくる。
砂が少しずつ晴れていき、地平線いっぱいに氷の柱が並んでいた。
氷柱1つ1つがスタンピードを形成していた魔物達であると遅れて理解する。寒さの原因はこの氷によるもの。
砂煙は凍えるような冷たさの霧へと姿を変え、白い霧の中から足音の主が姿を見せる。
美しい、大きな白銀の狼だった。