5.死闘の理由
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種族:魔猪
LV:25
HP:0/350
MP:48/48
速度:56
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こちら今日のご飯になる予定の魔物のステータスでございます。
「やっぱ俺のステータスめちゃ高いのでは?」
自分のステータスがどんなもんだろうと魔物を見かけては解析しているけれど、そこらの敵の平均HPの軽く10倍くらいある。
俺のHPは5000近く。災厄だの終末だのロクでもない肩書きついてるだけあるな。
ゲッカが魔猪は大きくて食べがいがありそうだ。食べ切れなかったら余ったお肉は持って行こう。ただこうなると鞄とか袋とか欲しくなってくる。
猪を担いでも疲れない体とはいえ手が埋まるのは不便だ。
ゲッカはこの辺の魔物との相性が良いようで炎と爪の牙で元気に倒している。その結果LVはもうそろそろ30だ。
俺?全然上がってないよ。魔人LV1ですどうも。
そんなゲッカは仕留めた毒虫を食って……吐いた。
「そんなん食べたら腹壊すぞ!?こっちの猪の方がいいんじゃない?」
ゲッカは首を振る。
お腹が空いているわけではないみたい。
じゃあなんで食べるんだろう、修行?
毒を摂取し続けて慣れることで毒を克服とかそういうのあるよね。
え、毒耐性はもうついた?吐いたのは不味かったから?そうですか。
じゃあ食べることで経験値になってLVが上がったりするのかな。
え、食事じゃLVは上がらない?そうですか。
ならあえてマズイもの食べる意味ないのでは?と訊けばゲッカはそっぽを向く。
もしかしてかじる習性とかあるのかも。
暫くして満足したのか飽きたのかゲッカは次の獲物を探している。
そしてこちらを見ながら鼻をフンフン。
獣の鳴き声のする方に行きたいようだ。
この階層に来てから獣たちの鳴き声がずっと聞こえている。
猪担いで移動を再開しようか。
鳴き声に向かって歩き続ければ開けた場所に辿り着いた。
いや、開けた場所になったのだろう。
その一帯だけ木々が折れ草花は一切生えておらず、濃い血の匂いがする。
そこで魔物達が戦っていた。
中央で熾烈な戦いを繰り広げるのは大型の虎と鷲、その周りで獣達と鳥達が戦っている。
このエリアに来てから絶え間なく響いていた鳴き声は戦いで傷ついた魔物達の傷つく声だった。
互いのボスと思われる魔物をそれぞれ解析する。
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種族:グレートライガー
LV:61
HP:1952/1952
MP:128/128
速度:152
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種族:パラディイーグル
LV:59
HP:1515/1515
MP:163/163
速度:184
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「うわ、結構強いな」
今までの魔物とは文字通り桁違いのステータス。
そしてボス虎とボス鷲には前のフロアで戦った巨大イカと同じ赤い石が体に埋まっている。
「あの石を入手すればまたLV上限とやらが上がったりするかもな……」
「ヴァウ!」
LV上限は石が砕けた時に上がった。
試してみる価値はあるだろう、是非とも倒したくなってきた。
「それにしても何で魔物同士で戦ってるんだ?ナワバリ争い?」
『そんな易しい物ではない。終わらない戦じゃよ』
「うわ!?」
渋い声が突然背後から聞こえて飛び退く。けれども振り返っても誰もいない。
『こちらじゃ』
声が足元から聞こえたので見下ろせば低木にでっぷりと太ったリスが座っていた。
太っていることを除けば地球のリスと同じくらいのサイズだ。
なんか無駄に声が渋くてかっこいい。
「お前は……」
『ワシはエネルバ。この森に棲む賢者である』
俺はエネルバと名乗るリスに解析をかけてみる。
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種族:トネリコリス
LV:10
HP:35/35
MP:20/20
速度:120
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『なんじゃその目は』
「ご、ごめんなさい」
喋る以外マジで普通のリスって感じのステータスだな……とか言えない。
そんなことよりあの魔物達についてだ。
「あの魔物について知ってる口ぶりだな?」
『うむ。昔この辺りで亜人達の戦があっての。戦で散った亡霊達が彼奴らに取り憑いてるのじゃ。あの目を見よ。亡者に取り憑かれた者はあのように目が黒く濁る』
「亡霊……」
『かつての獣の王と鳥の王が獣や鳥を眷属にして戦わせている。だがあの王達は何度傷ついても驚異的な再生力で復活するから戦いはいつまでも終わらぬ。もう10年は戦っているかのう』
「そんなに!?」
死んでも戦い続けるとは酷な話だ。
「終わらせられないのか?」
『王達の体に赤い石がついているのが見えるじゃろう。あれは魔片。生命から力を引き出し、魔物が持てば群れの長へと変貌させる石じゃ。あれを奪えば王達は力を失い戦いは終わる。しかし一体誰があの者達から魔片を奪えようか』
赤い石、魔片を持っているとパワーアップするのか。
「ヴォウ!」
『――いかん、気付かれた!』
エネルバはそう言うや否や図体に似合わぬ俊敏さで木の上に登っていく。
そして先ほどまで戦っていた虎と鷲がどす黒い目を爛々と輝かせながらこちらを見ていた。
……あの。俺、何もしてないのにやけに敵視されてない?
『強き者は嫌悪される』
木の上に逃れたエネルバが言う。
『お主、強いようじゃな。強き魔物は自分以外の力に敏感じゃ。そして自分以外の強者を激しく嫌悪すると云われている』
……つまり俺は強いっていうだけの理由で今会ったばっかのこいつらにめちゃくちゃ嫌われてるってことっすか。
いや待て、その理屈だとこの先も強い魔物に襲われ続けるってことでは?
『グルァァアアアアッ!!』
『ギシャシャシャアア!!』
「くそ、ホントに来やがった!」
虎と鷲が怨嗟に満ちた黒い眼をこちらに向け、同時に俺に飛び掛かる。
お前ら今まで戦ってたのになんで突然共同戦線はるわけ!?
「カッ、仕方ねぇ迎え撃つ!ゲッカ、行くぞ!」
どのみち魔片とやらは欲しいと思ってたところだ。
「ボスモンスター共!いつまでも戦い続けるって言うなら、俺がその戦い終わらせてやる!」
2体の動きは素早くて回避は難しい。
パラディイーグルが俺の肩に鋭い爪を、続いてグレートライガーが俺の腕に牙を突き立てる。
『ガフッ!?』
『ピギ……!?』
痛みを感じたのは一瞬で、攻撃してきた鷲の爪と虎の牙が逆に砕ける。
薄々気付いてたけどドン引きする頑丈さの体だ。でも今はそれに感謝しよう。
ボス達の周りのどす黒い瘴気今砕けたばかりの爪と牙が再生させる。こんなんじゃ戦いが10年も終わらないわけだよ。
でもエネルバは魔片を奪えば終わると言っていた。
いつまでも続く傷つけ合うだけの戦い。
助けることはできないけど終わらせてやるくらいなら今の俺にもできるはず。
「ゲッカ!」
「――ヴァアァァ!!」
再び俺を殺そうと爪を立てるグレートライガーを腕で押さえ、爪を突き立てようとするパラディイーグルの脚を掴み床に叩きつける。
動きの止まった2体の間をゲッカが電光石火の速さで駆け抜けた。
「ヴァ!」
『――ア、ガァアア!』
『ギシャア……アアア!』
通り過ぎたゲッカの口には2つの魔片。
今の一瞬でボスたちの力の源である魔片を噛み千切って奪ったようだ。
ナイスだゲッカ!
魔片を失ったボスたちからは堰を切ったかの黒い瘴気が溢れて流れ、瘴気はやがて薄くなり2体は重なるように倒れた。
王達の前から眷属の魔物達が逃げ出していく。
「戦いは終わりだ、ゆっくり休みな」
黒く淀んだ目は文字通り憑き物が落ちたかのように色が落ちる。
元の目はこんなに綺麗な色をしていたのかと見つめているうちに瞼はゆっくりと閉じられ、そのまま二度と開くことはなかった。
勇敢に戦ったで王の旅立ちと安息をこころの中で小さく祈る。
ゲッカが奪った2つの魔片は俺の手の中でパキンと砕け、また通知音が聞こえてきた。
【LV上限が解放されました】
【LV上限が解放されました】
やっぱり石を壊すことでLV上限が解放されると見て間違いないな。
タブレットを確認していると王達が倒れたのを認め、木の上に逃げたエネルバが戻って来た。
『まさか、王達を倒してしまうとは。お主は何者だ?』
何者か。この体はラグナって名前だけど。
……まぁいいか、他に名乗りたい名前があるわけでもないし、前科持ちの名前を名乗るのは気が引けるけど体を使わせてもらうわけだし名前は拝借しよう。
「俺はラグナ、つい先日までこの迷宮に封印されてたんだ」
『――そうか。お主、魔人であったか。ならばあの強さも納得できる。封印されたと聞いていたが目覚めたのか』
エネルバは警戒しているようだ。無理も無いか。
そんな怯えなくても何もする気はないよ。俺災厄とかゴメンだし。
『お主はこれから……何をするつもりじゃ?』
ケトゥスにも言われたなコレ。
「どうせ戦争とか災厄とか期待してんだろうけどご期待にゃ沿えないぞ。俺こっから出たらマイホーム建ててのんびり暮らす予定だからな」
『マイホーム?』
「そうそう。だからこの密林をとっとと出て人のいる場所を目指そうかと思ってるんだ。エネルバも来るか?」
鬱蒼とした密林より明るいお天道様の下の方が健康にもいいんじゃないかと思ったけれど、エネルバは肉を揺らしながら首を振る。
『ワシは地上は好かぬ』
「そっかぁ。嫌なら仕方ない」
『……戯言として聞き流しても構わないがの。争いを避けたいならお主は人と会わぬ方がいい』
「え、なんで?」
そんな真面目な顔されると戯言って流せない。
『グレートライガーとパラディイーグルが争っていた理由はなんじゃと思う?』
「亡霊が取り憑いたからとか言ってなかったか?」
『確かに亡霊が取り憑くことで暴走したが、もともとあの2体は戦っていた。理由はない。"隣に自分と違う生き物がいる"、それだけじゃ』
エネルバの目はどこか悲しそうだ。
『強い生き物ほど自分以外の強き者を嫌悪すると言ったじゃろう。食うでもなく雌雄を決するでもない。ただ其処にいるのが気に入らないという理由で戦い続けたのじゃ』
「ハァ?そんだけで10年も?」
理由にすらなってないじゃん!
『彼奴らに憑いた者達も同じ。獣人と有翼人、強き武の一族であったがどちらも隣人の存在が許容できなかった。互いの存在を認められぬまま戦死した者達の怨念が、互いの存在を認められない魔物達に取り憑いた』
惨い話だ。
でも。
「……それが俺が人と会うことに何の関係が?」
俺には関係なくない?
しかしエネルバはゆっくりと首を振る。
『お主が目指す地上。そこは自分と違う者を対等な存在として認められない場所。それが古から今に至るまで変わらないこの生物の本能じゃ』
『――お主は亜人。人でありながら人間ならざる者じゃ。人間とお主が邂逅すれば必ず争いになる』