8.魔王の宣告
◆アバンドナル大陸西の果て
王の宣言の刻。
魔族たちは新たな王の誕生を祝う。
魔王が侵略者である勇者を尽く粉砕し、地上の覇者となることを願って。
「あはっ。はじまった、はじまった」
魔都を一望できる魔王城の一室で、女は窓に身を乗り出す。
「ラバルトゥ、大人しく席に着け」
猫の耳に蝙蝠の翼を持つ女、ラバルトゥを嗜めるのは3本の角が生えた白髪の厳つい男だ。
「そう言わないで。アタシが惚れた王様の宣告を見たいじゃない!」
蒼く染まった空を鋏で切り取って真っ赤なインクを流し込んだような冗談みたいな色の月。
この光景がラバルトゥは好きだった。
あの赤い月の光の下で踊れたらどんなに心地よいだろうと、小ぶりな耳をぴこんと動かしながら無邪気に笑う。
「少しくらい羽目外してもいいっしょ。どうせ宣告期間中はここから離れられないわけだし」
「やぁね、ラバルトゥに甘いんだから」
「宣告が聞こえん。騒ぐなら下でやってくれ」
円卓に座る者たちが口々に騒ぎ立てる。
その場にいる者達には皆角や翼が生えており、人間ではないことを物語っていた。
「そいや、バフォメットってどうしたんだっけ。アイツやけに張り切ってたよな」
「人間領に行くと言っていたが反応が完全に消滅した。勇者にやられたんだろうなァ。功を焦ったか」
「新入りとはいえ並みの勇者にゃやられないと思ったがな。買いかぶり過ぎたかもしれん」
「だから騒ぐなと……」
「バフォメットってどんな奴だっけ」
「最近将軍入りした山羊の坊やだよ。覚えてない?」
(案外、あの魔人にやられちゃったのかもね)
窓の外を眺めながらラバルトゥは一人笑う。
魔族の狂宴が始まる。藍の空と赤い月が魔族の大地を照らす。
「あっ!来たわ!」
刃のように鋭くぎらついた月に男の姿が映し出され、黒い鎧に銀髪の男は高らかに宣言する。
『我が名は魔族の王エクスヴァーニ。古からの約定に従い、此れより宣告を行う』
冷たく響く声。
月から放たれる声は大地に、山に、建物に幾重にも響きながら大陸全ての生命に降り注ぐ。
『王とは蹂躙するものである。我は蹂躙し平らげる者。我が信ずるは蹂躙の道。我は大陸全てを平らげる者なり!――開戦の刻だ、アバンドナル全ての王よ、この地に廃棄された全ての命よ。我が道を阻むなら、我が覇道の前に名乗り出るがよい!』
◆人間領中央区の外れ
そこは近年凶暴化した魔物が出現する地方だった。
都から離れ、冒険者を雇う金もない貧しい村。そこに光星の勇者ユーリスは滞在していた。
ユーリスはその日も村の周辺の魔物を倒し、世話になっている家で昼食を取った後は子供たちの遊び相手になっていた。宣告が始まったのはその時だった。
「勇者のお姉ちゃん、怖い……」
「大丈夫だ、私がついているからな!」
駆け寄る幼い子たちを優しく抱きしめるユーリス。
周りの村人達も神妙な面持ちで空を見上げていた。
(あれが、今回の魔王)
勇者が目指すべき敵、魔王エクスヴァーニ。
黒い鎧に身を包んだ銀髪の男の顔と名をユーリスは記憶に刻みつける。
◆シエル山脈
開削の打ち合わせに来ていたリザードマンとノーム達もまたそれぞれ空を見た。
「アイツが魔族のボスか」
「ケ、好かん顔だぜ」
口々に感想を述べていく。
少し前に魔族のラバルトゥが魔王のために自分達を全滅させようとしたことを思えば好意的な意見が一切ないのは当然と言える。
ウィトルはラバルトゥの襲撃の際に出会ったラグナの事を思い出す。
(魔王が魔人様を放っておくはずは無い。大事無ければ良いが)
ウィトルの右腕に取り付けられた魔片が月を反射して赤く輝く。
◆王都コル・イェクル
人王フォルテトードもまた空を見上げていた。
「始まったか」
「皆、目に焼き付けておけ。あれが我々の敵である」
騎士団長、王直属の将軍、護衛騎士。誰も彼もが空を、宿敵を見ていた。
魔王エクスヴァーニの声は大陸の空の果て、大地の底まで届く。
『我は王。蹂躙し、果てを繋ぎ、深淵を統べて覇道を進む者也。全ての王よ、王の同胞よ。戦場で相まみえるその刻を楽しみにしている』
◆大陸のどこか、ラグナのいるところ
藍の空はゆっくり色を落とし、澄んだ昼下がりの空に戻っていく。
白昼夢みたいだけど、夢でないことを示すかのように赤い月がいつまでも残っている。
「なにいまの??」
思わず真顔になった。
銀髪で鋭い目つきのイケメンがこっぱずかしいこと一方的に言うだけ言って一方的に放送を切った。
「王の宣告です」
王の宣告 イズ 何?
あれって黒歴史待ったなしじゃない?
「黒歴史って何ですか?」
「後で思い返したら恥ずかしくなるような、若気の至りでやっちゃったような事だ」
「若気の至りも何も魔王って大抵齢100は越えてますし、そもそもこれ宣戦布告なんですけど……」
宣戦布告を昼間から大陸中に生放送ねぇ。
魔族は派手なことを考えるなカカカと思ったら王の宣告ってのは大昔からやってる通例行事らしい。酔狂だな。
「よく分からんが魔族が派手な宣戦布告をしてきたってことは分かった」
「近いうちに人間の王も宣告をするでしょう。もしかしたら他の王も現れるかも」
「何回やんだよ。ていうか他にも王がいるのか?」
あの演説を人間の王様バージョンで聞かされるのは確定してるらしい。
「人の王、魔の王、獣の王、魚の王、植物の王、いろいろいますよ。王の宣告は大陸の支配者を決める戦いの宣言です。赤い月が輝く間に名乗りを上げれば戦いに参加することになります」
つまり今は大陸の支配者決定戦のエントリー受付期間ってことね。
「他の王は知りませんが、人の王は間違いなく宣告を行います。長らく大陸を支配してるのは人間なので」
現チャンピオンは強制参加みたいなもんか。
戦争なんてよそでやってほしい。いつだって割を食うのは善良な一般人なんだから。
「ヴァウルル」
ゲッカが赤い月に向かってしきりに唸っている。
警戒しているみたいだ。驚いたのかな?
「大丈夫だって。お前が俺を助けてくれるように、何があっても俺もお前を助けてやるからな」
抱き寄せれば嬉しそうに鼻をならす。
こういうとこは小さい頃から変わってないね、かわいい。
さて。
戦争が始まるらしい。
「ゲッカ!クローバー!安全なとこに逃げるぞ!」
「かつてのあなたと今のラグナさんはほぼ別人だと分かってますが、魔人とはとても思えない言動ですね」
「ヴァウ、ヴァウウル」
そもそもどこに行くつもりだ、だって?
うーん、考えてない!
「ところで魔王が誕生したって言うけど魔王ってそんなちょくちょく生まれるものなのか?」
「前の魔王は昨年討たれました」
結構最近っすね。
「早ければ誕生から三ヶ月くらいで討たれるスピード討伐とかもありますよ。ボクだって物心ついてから王の宣告見るの3回目なので、ああもうそんな時期かって感覚です」
物心がつくと言うと3~4歳くらい。クローバーが今15歳くらいだとすれば、大体4年に1回くらいのペースでやるんかな。オリンピックかよ。
「魔族に侵略された時被害を受けるのは弱い立場の人です。王都に住む人間達に被害が及ぶことはほぼありませんから支配階級の人間たちは気楽なものでしょうね。さすがに大っぴらにはやりませんがどの勇者が魔王を討つか賭け事をするそうですし」
「倫理観ガバいなぁ」
ともかく戦争で俺達に被害が及ばないように気を付けよう。
仲良くなった亜人達が気がかりだけどな。
「それで、ここからが本題なんですけど」
「え、まだあるのか?」
むしろ今までの話って本題じゃなかったの?大陸中を巻き込む話だったのに。
「ラグナさんには詳細不明のスキルがありましたよね」
あるね、【狭間の???】てやつ。成長途中のスキルだっけ?
あっなんか急に嫌な予感がしてきた。
「そのスキル、王のスキルに変化するんじゃないかなってボク思ってるんですけども」
「ハァアアアアァァーーーーーー!!!??!??」
今日一番の大声を出した。
王とか罰ゲームじゃねーか!
絶対やりたくねーーーーーー!!!!!!