2.おいしいものが食べたい
◆人間領王都コル・イェクル
「これが災厄の化身か」
王城の玉座で手配書に目を通した王フォルテドートは瞑目する。
フォルテドートを静かな王と呼ばれる穏やかで心優しい王であった。人間に対しては。
「亜人共にも手配書を配り、魔人を見かけたら知らせるように伝えておくれ。魔人を匿った亜人は一族処刑ともな」
「仰せのままに」
一礼して去る部下を見届けた後、そういえばと思い出したように王は傍らの壮年の男の方を向いた。
「時にアンビテオ。送りの時期が近いというのに教会は随分慌ただしいな」
「そのようですな。儀式が近いのに探し物がまだ見つからぬことに焦っているようです」
「すぐ片付くものと思っておったが手こずっているようだな。亜人が盗んだのだったか」
「そう聞いております」
高額の懸賞金をかければひと月もあれば捕らえられるはずだ。
教会が躍起になって探している"導きの笛"は重要遺物のため大陸のどこにあろうと探知できるように細工されている。にも関わらず未だに見つからないということは探知の届かない所にある。おそらくは収納魔法か亜空間に隠しているのだろう。
「教会に恩を売るのも悪くはないか。ビナンドを呼んでやれ」
「なんとお優しい。陛下の御心に教会の者たちが涙して喜ぶことでしょうな」
「彼らもまた、私が守護するべき人間であるからな」
自室に戻った枢機卿アンビテオは部下を呼び人を手配する。
ビナンドは高名な占い師だ。彼の者であれば必ずや探し物を見つけられるだろう。
冷たい風が吹き、アンビテオは付き人達に窓を閉めさせる。
「そろそろ宣告の時期か」
独り言のように呟くと足元にすり寄る気配を感じた。
気まぐれな愛玩動物が今日は珍しく甘えてくる。おおよそ、急に冷え込んで温もりを求めて来たのだろう。
「みゃあ」
アンビテオが顎元を撫でれば愛玩動物は小さく鳴いた。
◆
商人たちが帰った後、俺たちは商人の持ってきた荷物を確認する。
「テントだー!」
「大きなテントですね」
5~6人入れそうな大きなサイズのテント。これには大柄な体の俺もにっこり。
「急な客が来ても招いて寝れるぞ!」
「ヴァウ、ウウル?」
ゲッカが客なんか来るか?って顔をしているけど、ユーリスと一緒に行動したこともあったし何があるか分からないぞ。
備えあればうれしいな!……もとい、憂いなし。
「さっそく今日の夜から使うか!とりあえず今は収納魔法にしまってくれるか?」
「それなんですが……一旦収納してるもの全部外に出してもいいですか?」
「ん?なんで?」
商人と会う前は眠たそうにしていたクローバーだけど眠気はとんだらしい。
「んん、感覚的なものなので口で説明しにくいのですが。収納魔法は2つ目の体みたいなものだとお伝えしましたよね?」
「聞いた聞いた」
収納魔法の使用者が持つ亜空間のスキル。
この亜空間が大きい程たくさん物を入れられるんだけど、この亜空間はクローバーにとって実態のないもう1つの体だそうだ。
「なんというか、ずーっと何かしら入ってるのでこう、たまには全部出してスッキリしたいというか」
……。
便秘みたいだな、と言うと絶対機嫌を損ねるのでやめておく。まぁ体の中の大掃除みたいなもんかな?
「出すだけでいいのか?」
「ちょっと整理したいというか、いい加減たまには出さないとなんか凝り固まって取り出せなくなりそうっていうか」
……何も言うまい、言わないぞ。便秘みたいとか言わない。
収納魔法にはお世話になってるからヘソ曲げられても困る。
よく分からないけどクローバーが言うならそういうものなんだろう。
「ま、これを機に棚卸しするものいいか」
「ヴァウ?」
「タナオロシって何です?」
「持っている荷物の在庫とかを確認しようって話だよ」
この世界に来て結構経った。
収納魔法の便利さに甘えて片っ端からいろいろ入れてたけどたまには荷物整理するか!
「テント3つあってもなぁ。1つはクローバーの物だけど前まで使ってたやつは処分するか?」
「村を作るなら仮設の家になるんじゃないですか?収納の容量にはまだ余裕ありますよ」
商人からいろいろ物を分けてもらって俺の旅はだいぶ快適になった。
眠る時にはマットを敷いて毛布をかけて気持ちよく眠れるようになったし、調理器具も充実しているし食料も調味料もバッチリ。
水は木樽3つ分、それから俺専用の酒樽もあるし何かあればとハシゴやロープといった小道具も備えてあるぞ。
これだけ買っても俺たちが卸した魔物の売り上げは莫大で大量のお釣りが出てしまった。
正直人間の街に行かないので金の持ち腐れもいいとこだけど、村を作れば出費も増えるだろうから気にしていない。
そして食料を確認していたらたくさんの胡椒が出てきた。
あったねこんなの、俺が作っちゃったやつ。
クローバーは気が済んだら再収納するからその辺りに置いといてほしいと言っていたが、ミスリル並の価値がある胡椒はさすがにすぐに収納した。
……それにしても。
「こんなに大量に収納してたのか」
外に出すと収納魔法の規格外さがよく分かる。
というか収納魔法自体がレアスキルで、おまけに使えたとしても普通リュック2つか2つ分程度の容量なのにクローバーのは異様に大きい。
改竄さえなければ亜人でも人間の街で重宝されたことだろう。
改めて、ネコと引き合わせてくれた天使に感謝だ。
「ん?これは……笛、かな?」
見慣れないけどきれいな横笛だ。
クローバーの持ち物だろうか。
「わ、ちょっ!!」
「うお」
クローバーが慌てて笛を横から引ったくり収納魔法にいれる。
「悪い、大切なものだったか?」
「……まぁ、そんなとこです」
雰囲気からあまり触れてほしくないことが分かる。
大切なものなのかな?
「これはラグナさんのでしたっけ」
話題を変えるように荷物を整理していたクローバーが見せて来たのは黄金のリンゴだった。
「あ、そうそう!俺が持ってきたやつだ!」
黄金のリンゴは大抵の怪我を治してくれる回復アイテムだ。
目覚めて間もない頃に手に入れたもの。
「エネルバ先生っていうリスの賢者に譲ってもらった大切なものなんだ。ゲッカも覚えてるか?エネルバ先生元気にしてるかなぁ」
「ヴァウ!」
「大切なもの、ですか」
クローバーはどこか羨ましそうな表情をしている。
そう、大切なものだから本当に必要な時にしか使わないぞ。使う日が来ないことが一番だけどな。
棚卸しが済んだ頃には日が暮れていた。
3人で夕飯を食べる。労働後の飯は旨いと相場は決まっている。
「いただきまーす」
「ヴァウガーウ」
「………」
食事を作るのは俺とクローバーの交代制、火を使う時はゲッカに頼むのが定番になった。
今日のメニューはシチューだ。
以前作ってからクローバーはシチューが気に入ったようでよく作ってくれる。商人から新鮮な山羊や牛の乳も手に入ったし、いろいろな野菜も手に入るからな。
……。
「さすがにシチューも飽きたな」
味はおいしいんだよ。
クローバーにはシチューのレシピを教えてあるし、妙な冒険することもなく堅実にレシピ通りのものを作ってくれる。
気分や手持ちの食材次第で入れる肉や野菜がちょっと変わるくらいだ。
つまりあまり味に代わり映えが無い。
「肉と野菜、乳製品に塩分もとれて味も良い。これでいったい何が不満なんです?ずっとこれでいいくらいですよ」
「一生シチューでもいいの!?」
「ええ」
何か問題が?って顔をしている。いやマジか。
「くっ、食事への理解と関心が薄い!」
俺が作ったシチューが王宮の飯より旨いとユーリスが言っていたからそもそもこの世界の食への関心が薄いんだろう。
待遇の悪い亜人であれば腹さえ満たせればいいと食に執着しなくなるのも仕方ないかもしれない。
でも俺はもっとこう……カレーとか、煮つけとか食べたい!
シチューならともかく、料理人でもないのでカレーのレシピはよく分からない。分かってるのはなんかスパイスをいっぱい使うことくらいだ。
「さしすせそも足りない!"せ"と"そ"!具体的に言えば醤油と味噌!」
「またわけのわからないことを」
砂糖・塩・酢・醤油・味噌。調味料の基本だ。
「クローバー、お前『博識A』ってスキル持ってなかった?」
「博識Aですがショーユとミソなるものは聞いたことがありません」
「一応確認するんだけど、博識Aってクローバーがステータスで改竄して追加したスキルだったりしないか?」
「そんなことしてなんの意味あるんですか……」
「なんということだ!!」
博識スキルは知識をたくさんつけた者が得るスキルだ。
教育を受ける機会のない亜人のクローバーがどうやって知識を得たかは知らないけど博識Aのクローバーが知らないと言っている。醤油と味噌、この世界にないのかもしれない。
その日は商人から受け取った大きなテントでおいしいものが食べたいなと願いながら眠った。
テントは嬉しいけど食への失意が大きい。
程なくして俺の願いは叶うことを、この時の俺は知らなかった。