1.三ヶ月経ちました
3章スタートしました。
3章大陸を巻き込む事件に巻き込まれる話になります。
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「ヴァウ!ヴァウヴァウ」
俺の相棒であり愛犬であるゲッカの声が高原に響く。
「お、来たか」
体を起こせば涼しげな風が体を撫ぜる。
うだるような暑さは過ぎ去ったから、もうすぐ寒くなるだろう。
「ヴァウフ!」
「よしよし、教えてくれてありがとうな」
するりと高台から降りてきたゲッカを撫でてやる。
名残惜しいけど昼寝は終わりだ。
「クローバー、商人が来たぞ」
「むにゃ、もう少し寝かせてくれてもいいのに」
眠るクローバーをゆする。起こすのはかわいそうだけど話の場にいて欲しいし、何より商品の受け渡しには収納魔法を使えるクローバーがいないと話にならない。
彼方を眺めれば馬のような魔物が大きな荷台を引く姿が目に入る。
頼んだ荷物が今回もいっぱい積まれているはずだ。
◆
勇者ユーリスと別れて三ヶ月。
この世界での生活にもだいぶ慣れてきた。
商人たちと顔を合わせるのはこれで三度目。
商人が欲しい素材を俺たちが手に入れる代わりに俺たちに必要なものを運んで来てくれる。
おかげでいろいろな食べ物が手に入るようになった。
クローバーが素材を取り出せばターバンの商人キピテルが確認する。
今回頼まれたのはとてつもなく長生きするというでかい亀。
「万年亀の素材、確かに確認した。品質も処置も問題ない。冷凍処理は助かるな、感謝する」
「カカッ。キピテルが褒めるのは珍しいな」
「私も商人だ、良い取引相手には敬意を払うさ」
褒めそうにない人に褒められると認めてもらえた感じがあって嬉しいもんだ。
初めて会った時は話も聞いてもらえなかったのが懐かしい。
「……ところで今回ゲインはいないのか?」
「希少な素材を立て続けに用意したことでレギスが注目されるようになった。ゲインは商会主の姪ということもあって対応で忙しくしている」
それはそれは……。
俺たちの頑張りでレギスも商売順調ってとこかな?
「まぁその気になれば伝映鏡で連絡できるけど、ゲインによろしくな」
「伝えておこう」
この三ヶ月で俺は新たに氷属性の災厄魔法、"深く昏い国"を修得した。
素材の冷凍保存ができればいいなと思って覚えたんだけどこの魔法の効果と俺たちの反応をご覧ください。
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深く昏い国 氷属性 MP330
半永久的に続く氷の世界を作る。
MPを追加で使用することで範囲を限定できる。
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「半永久ってバカかよ」
「ヴァウヴァウ(訳:さすがおれたちの災厄魔法は予想の斜め上を行く)」
「バカが覚えると世界が終わりそうな魔法ですね」
と、さんざん文句を言いつつも範囲が限定できるらしいので俺たちは人気のない場所で検証した。
説明通り辺り一面を極寒の氷と雪の世界に変えてしまう魔法だ。
追加でMP20使用するごとに範囲を10%ずつ減らすことができるから10回、つまりMP200使用すると氷の世界は完全に消滅する。
一度MP330支払えばMP200支払って消すまで永久凍土にするとも言えるな。
そして俺は気付いてしまった。
「これ電気代要らずの冷凍庫とかできるのでは?」
今は各地を転々とする生活をしているが、拠点を作ったら冷凍庫を設置できるかもしれない。
覚えておこう。
ということで俺は獲った獲物を冷凍処理できるようになった。
トータルで使うMPはバカでかいけど、数日かけてナマモノを運ぶ商人たちにこれくらいしてもいいだろうということで、傷みやすい部位は凍らせて渡すようにしている。
それから商人との取引をするようになって俺はようやく服が買えるようになった。
これでやっと着てない&はいてない卒業だ!
……と思ったんだけど。
「あのさ!前回買った衣類みんなダメになったんだけど!」
「え、全部?品質は悪くないものを用意したはずですが」
さすがに女性に服とか下着の話をするのは躊躇われたので眼鏡をかけた男商人のニトに抗議した。
俺の体格にあわせて大柄な獣人用の衣服を用意してもらったものの、数日着れば例外なく服がズタボロになる。けっこう大切に着てたんだけど!
「品質に不備が無いなら魔力摩擦かもしれませんね」
「ああ、ありましたねそういうの」
横からやってくるクローバーに商人も頷く。
「魔力摩擦?」
「生物は多かれ少なかれ体から魔力を発しています。ラグナさんの場合溢れる魔力が強すぎるので触れる部分が劣化しやすいんです。攻撃的な魔法を扱う魔術師ほど起こりやすいんですよ」
攻撃的な魔法を使う奴か。
俺じゃん!
「解決方法は?」
「魔力が流れても大丈夫な服を用意するしかありません」
「商人さーん!!用意できる!?」
眼鏡の商人は首をひねる。
「高価ですが用意はできます。ただ……」
「ただ?」
「服を保護する魔力を繊維に編み込む必要があるのですが、ラグナ様の魔力に耐えうるだけの魔力を練り込める職人がいないのではと……」
「ノオォォォ!?」
「災厄と呼ばれるラグナ様の場合、素材から見直す必要もあるかもしれません」
魔力を流す性質のある糸や皮を用意して、マフラーを編むようにちくちく少しずつ魔力を流すいくことで耐性のある服が作れるそうだ。
素材の性質が良く、作り手の魔力が高いほど効果と耐久は飛躍的に上がる。
昔、高位の魔術師が作った服がBクラスの魔術師による魔法を完全に無効化した記録があるとかなんとか。
「俺の魔力に耐える魔力を練りこめる人がいないなら、俺が自分でやればいけるか?」
「それボクも一瞬思ったんですけど、魔力を込めるのに専用の杖を使うんです。杖は武器なのでラグナさんが使うとまた暴発して地面割ります」
「自分で作る事すら許されないのかよ!」
詳細を語るのは後にするけど、俺には『武器使用時、武器の威力を限界まで発揮し、使用後その武器を破壊する』というクッソ迷惑な常時発動スキルが備わっていることが解析により判明した。
以前薪割りで沼を破壊したのはこのスキルのせいです。俺は悪くない。
危ないから武器と名のつくものには触れないようにとゲッカとクローバーからきつく言われている。
ちなみにナイフやフォークなんかはセーフだったので一般的に武器と思われていないものなら使えるようだ。
ともかく俺は自分で服を用意することもできないらしい。
「良い素材を手に入れた上でラグナ様並、もしくはラグナ様の魔力に耐えうる魔力を持つ手先が器用な方がいればなんとか」
気を利かせて商人さんが教えてくれるけどそんなヤツがどこいるんですかね?
「そんな都合の良いヤツが……。ユーリスとかどうかな?」
「勇者に下着作らせる気ですか?」
俺の下着は、まだ先になりそうです。
◆人間領・最前線の街グラリアス
グラリアスは王都から離れた所にある要塞都市だ。1万人以上の人間を擁する街としては最も魔族領に近いと言われている。
グラリアスより西には村がいくつかある程度でその先には過酷な森や洞窟が、さらに西へ行けばリティバウンドの過酷な山々が聳え立つ。
山脈を越えればそこはもう魔族の領域。
人が滅多に訪れない難所には強い魔物が多い。
王都から遠く離れたこの地に騎士が来ることは滅多になく、診療所を兼ねた小さな教会が建てられているだけで教会の威光も届かない。
この辺境には頼ることも縋ることもなく己の腕だけで生きていく冒険者が集まった。
やがて誰が呼んだか、グラリアスは"最前線の街"と呼ばれるようになる。
グラリアスの冒険ギルドのマスター、イフウは医療室を訪れていた。
「ガソッドは死んだのか」
「は、はい」
「ガソッドは犬を連れた亜人に殺された、と言ったな」
「そう、です。間違いない、す……」
数ヶ月前、立て続けに天変地異が起こった。
街を襲った大地震は記憶に新しい。幸い建物の倒壊などは起こらなかったものの修繕が必要な建物がいくつも出たのだから忘れようもない。
ギルドの調査隊が地震で崩れた山を訪れた際に賞金稼ぎの男ダーリが発見された。
両足は壊死、左腕も二度とまともに動かないだろう。数ヶ月生死を彷徨っていた男は先日奇跡的に目を覚まし、ようやく会話できるまで回復した。
ダーリは声帯に異常をきたして流暢には喋れなかったがギルド長は急かすことなく耳を傾ける。
「赤黒い髪の、包帯を巻い、て、とがった耳。浅黒、い肌、をしていた……。デカい男、っす。LVは、1桁、なのに、ガソッド……、さんの攻撃、が、ハァ、全然効か、なかった。白、い、金色、の目の犬を、連れて、たっす」
イフウは傍らのギルドの事務員に確認を取る。
「賞金稼ぎガソッドは冒険ギルドにも登録していたな。Cランク中位の冒険者で間違いないな?」
「はい、魔片を2つ所持しており攻撃力だけならBランクに匹敵します」
「Bランク相当の攻撃が全く効かず、山を崩す程の地震を引き起こす。凶星が落ちた翌日の出来事で場所は"封印の墓標"からそう離れていない。ここまで揃えばその男が魔人ラグナであることは疑いようがない」
イフウはそれを悪い知らせとは思わなかった。
魔人が復活した事実は覆りようがない以上、魔人の姿形が分かったことは大きな前進と言える。
何せ魔人ラグナについての記録を漁っても、全身が燃えていた、鬼のような姿で腕が千本、体から巨大な植物が生えているなど誇張表現が多く一貫性もなかったのだから。
「魔人ラグナは赤い髪にとがった耳の大男だ。それから犬を連れている!すぐに他所のギルドに連絡を入れろ。王都と教会にも伝えておけ。手配書を作ったらハルピュイアに運ばせるように!」
そうして、魔人の姿は大陸中に広まった。