4.料理がしたいだけだった
燃え盛る炎の海。
この世の終わりのような光景を眺め俺は茫然としていた。
イカを焼こうとしただけなのに、どうしてこんなことに。
「ヴァウ!」
「はっ!」
ゲッカの呼びかけで我に還る。
そうだ、とにかく避難だと階段に戻ろうとした時だった。
地底湖から間欠泉のように水が何度も噴き上がり、たちまち洞窟中の火は鎮火した。
『何をしている』
そして明らかに怒った声のケトゥスが姿を現した。ケトゥスが潮を吹いて消火してくれたようだ。
うん、怒るよね。住処火の海にしたもんね。
「ごめん、イカを焼いて食べようと思って……」
『……』
気まずい。
『……お主の魔法は災厄だ。ゆめゆめ忘れるな』
ケトゥスは蒸発して水位が減った湖に潜っていった。
さっき威厳ある感じに去っていったのになんかゴメン。
ちなみに当然のようにイカは跡形もなく消滅していた。
◆
ゲッカがぺしぺしと俺の背中を叩いている。
ごめんて。悪かったって。
イカ焼きは食べれないし、魔法を使ったせいかめちゃくちゃ疲れてるし散々だ。
熱にやられたのか湖には大量の魚が浮かんでいたので食べる者には困らない。ゲッカと一緒に生で食べる。
うん、やっぱり火を通して食べたいな。
俺はタブレットでもう一度スキルツリーを確認する。
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所持スキルポイント:0
火属性LV1 Next:派生属性を解放。
水属性LV0 Next:魔法を修得。
風属性LV0 Next:魔法を修得。
地属性LV0 Next:魔法を修得。
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修得魔法
嘘つきの炎 火属性 MP330
火の化身となって炎の海を発生させる。効果は術者の視界に映る範囲全て。
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……。
火の海とか不穏な言葉が書いてあるけど先にスキルの説明読んだ方が良かったな。
っていうかなんだろうねこのデタラメな効果範囲。
終末の王とか言われた理由を察してしまった。料理しようとしたら火の海っておまえ。
さてここで俺のステータスをおさらいしてみましょう。
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名前:ラグナ
種族:魔人
LV:1/2【LIMIT】
HP:4620/4650
MP:352/352
速度:96
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御覧のとおりです。
俺のMP352しかないのにこの魔法1発で330も持ってくんだけど!
そりゃ疲れるわ、この魔法封印な!
……いや必要なら使うけどさ、この魔法世界に愛想尽きた時以外に使うことある?
火がこんなだったから水とか風とか地も何が起こるか大体お察しだよ。また迷惑な魔法覚えるかもしれないじゃん?
いや待てよ、もしかしてこの体は火属性が得意だけど水属性は苦手とかいう可能性は無い?
水の魔法出したらかわいいシャワーが出せるとかそういうこともあるのでは?
「ヴォンヴォン」
ゲッカが首を振る。
ねーよって言ってる仕草だ。ぐぬぬぬぬ!
疲れたし今日は柱のあった部屋で寝ることにしよう。
床が固い、ベッドが欲しいなぁ。
◆
どのくらい経っただろう。
俺が目を覚ますとゲッカは既に活動を開始していた。
「おはようゲッカ」
「ヴォウ!」
傷だらけだった体もだいぶ回復してるね。
ゲッカは俺の顔をめちゃくちゃに舐めてくる。
よせって、くすぐったいぞかわいいやつめ。
魔法を使った疲れはさっぱり吹き飛んでいた。
地底湖の湧き水で顔を洗い、食事は寝る前に確保していおいた魚だ。
魚はまだ何匹かいるからしばらくは食事に困らないだろう。
疲れはとれたし食事の支度も済んだしいよいよ先に進むとしよう。
洞窟の出口が見つかるといいな!
◆
光の柱のあったSFっぽい部屋の奥に進めば耳をつんざくような獣の鳴き声が聞こえてきた。
やがて目の前に広がったのは一面の密林だ。
「地底湖の次は密林かぁ」
階層を跨ぐとまるで環境が変わるんだな。この洞窟……今は密林だな。この密林どうなってるんだろう。
「ヴァウ!!」
「お?」
ゲッカの吠える先には1メートル程の大きなサソリがいた。でっかいな。
サソリは俺たちに尾を向けて威嚇している。いかにも毒とかありそうだし注意した方がいいだろう。
「気をつけろゲッ、」
そしてゲッカに呼び掛けた時にはサソリは既に飛び掛かっていた。それもゲッカではなく、俺の方へ。
俺の腕にサソリの尾が突き刺さる。
「うわ!?」
突き刺さる、はずだった。
尾は刺さることもなく、サソリはそのままポトリと地面に落ちる。
落下した瞬間に電光石火の速さで飛び掛かったゲッカによって背を嚙み千切られ、脚をピクピクさせながらあっけなく絶命した。
ゲッカ、ナイスファイト!
いやそうじゃなくて。
ナイスファイトなのは間違ってないけどさ。
ありのまま今起こったことを話すぜ。俺の腕に尾が突き刺さったと思ったら刺さっていなかったってやかましいわ。
……いや、腕を見ると鉛筆の先を軽く押し付けたような痕がある。
もしかして俺の体が頑丈すぎてサソリの尾が突き刺せなかったとかそういうやつかな?
ハハハそんな馬鹿な。
……つくづく人間やめてる体に転生しちゃったな俺。
現実逃避しているとゲッカがズルズルと倒したサソリを引きずり回している。
おいおい、もう動かないぞそいつは。
そういえば解析って死んだ生き物にも反応するかな?試しにタブレットを向けてみる。
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種族:ダーティスコルピオ
LV:22
HP:0/350
MP:55/55
速度:28
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バッチリ反応した。死んだ魔物相手でもステータスは見れる。
当然と言えば当然だけど、HPが0になったら死ぬんだな。HP残量には気を付けよう。
いや俺のHPはなんかすげぇ高いけどな。
◆
獣と鳥の鳴き声が響く獣道を歩いて行く。
だんだんこの騒々しさに慣れてきたけどこんなに鳴いてて喉とか大丈夫かな。
虫系の魔物が度々出てくるもののゲッカが先制で蹴散らしてくれるから気楽だ。
また新たな魔物が出てきた。今度は赤いトカゲだな。
これまた大きいトカゲだ。
これまでと同じようにゲッカが飛び掛かろうとする瞬間、トカゲの口内が赤く光り火の粉が洩れる。
「おぉ!?ゲッカ、ストップ!」
「ヴァッフ!?」
トカゲの口から火が洩れるところを見て俺は慌ててゲッカを止める。ゲッカが『えっ何?』という顔をしているが説明は後。
俺は後ろからトカゲに飛び掛かる。
口以外からは炎を出せないようなので首を押さえれば安全だ。
木に火が燃え移ったりしないようになるべく開けた場所を選び、適当な木の枝や葉っぱをかき集める。
「よーしトカゲ、火だ!火を出せ!」
トカゲが炎を吹けば集めていた葉や細い枝が燃えて焚火になった。
「ゲッカ見ろ!今度こそ火だぞ!」
捕まえた魚に枝を突き刺し焚火の周りに立て焼く。
「焼くと美味しくなる食べ物はいっぱいあるからなー。どうにかしてこのトカゲ連れて行けばいつでも火が使えるんだけどな……」
「……ヴァ、ヴァウアウア!!」
「え」
ゲッカの体が赤く光ったかと思えば鋭い爪を伸ばし、トカゲの頭と胴体をスパッと分断した。
「俺の火がーーーーー!!!?」
口をぱくぱくさせていたらゲッカが上空に向かい炎を噴く。
「ヴァウッヴフッ!!」
火くらい自分が出せる、トカゲなぞに頼るなと言っているみたいだ。
「お、おまえ!火ィ吹けるの!!??」
それもっと早く知りたかったよ!?
あ、ゲッカがちょっと拗ねている。
もしかして俺がトカゲに連れてくって聞いて嫉妬した?
悪かったって、俺にはゲッカが一番だぞ。
とにかく。
火はゲッカに頼めばいい事が分かった。
いつでも火を使えるようになったことで文明人に一歩近づいたと言えるな!
しかも火は何度も出せるみたいで大変便利。
俺の魔法ときたら一日一回しか使えない上にとんでもない火が出るし一度撃つと疲れる上に加減もできないのにな!
いや比べるのはよくないね。
俺の魔法だっていいとこあるよ、どこかで使う日が来るだろう。
いややっぱ前言撤回。
あんな火の海を必要とする日なんか来ないことを祈る。
そんな日が来てたまるか。