39.かつての敵、いつかの友
「派手にやったのね」
「マジごめん」
ゲインに借りた伝映鏡、早い話がビデオ通話ができる鏡を通してゲインに平謝りする。
「構わないわ、街は大騒ぎだけど商機でもあるもの。私がその場にいないのが悔しいくらい」
ノーラン領主の館を魔族が襲撃し、財産を奪ってバラまいた騒ぎは瞬く間に大陸全土に広まった。
領主はとんでもないスキルを所持していたため私財没収の上貴族の称号を剥奪されたそうだ。もっとも私財はほとんど盗まれていたのだが。
領主の奴隷たちは皆それぞれの家に戻された。
戻る場所のない子が2人いたが、家こそ潰されたものの元々教育を受けていたため商会で雇う運びとなったらしい。
「押し付ける形になって悪いな、助かるよ」
「あなたとの取引で事業拡大したからちょうど人手が欲しかったところよ。それと魔族退治ごくろうさま。報酬は用意しておくわ」
「……ところでゲインはメロウ達と何の商売するつもりなんだ?」
気になることを聞いてみる。
「あら、メロウ達が抜け落ちるウロコを利用してアクセサリーを作っているのは知らないかしら?強い水の加護が込められるから港街では高額で取引されるのよ。それがどうかしたかしら?」
「あ、いやなんでもないんだ。そういうことなら、うん」
抜け落ちるウロコね、メロウ達が自発的に造っているなら何の心配もないだろう。
ギルティネと違ってこっちの商人は物騒な商売はしてないようで良かった。……人間から見たら魔人との商売そのものが既に一線越えてるのかもしれないけどな。
「とにかくあなたが欲しいと言っていたものはこちらで揃えておくから、それじゃあね」
「ああ、それじゃ……って、もう切ってるのか」
後半ゲインがやけに早口だったのはMPが枯渇しかけていたからだろう。
タブレットを確認すると確かにMPが減っている。通話は3秒でMP1消費ってところかな。
再びメロウの住処を訪れた俺たちは歓迎を受けてのんびりしている。
領主も魔族も悪い方の商人も潰してスッキリ!
「うぅ……」
「大丈夫かクローバー」
そんでもって、メロウのマッサージでリラックスモードの俺の傍らでクローバーは倒れていた。ピクリとも動かないけど時折うめき声が聞こえるので死んではいない。
なんでも筋肉痛の魔力バージョンらしいよ。
クローバーは普段コスパのいい収納魔法しか使わないのでMP切れとは無縁だけど、改竄スキルはMPを大きく消費する。
クローバーはゲッカ・ユーリス・俺の改竄をして、用が済んだあとステータスを戻すためにまた改竄した。
つまり1日でめちゃくちゃMPを消費した。
その結果がこれらしい。
「本当に、手足すら動かせません。休みください」
「口は動くのか」
「しゃべるのもだるい」
発言のキレが悪い、しんどそうだ。
「よし、そんじゃカロン進化の功労賞として撫でてやるか」
「にゃ、ちょ、ちょっと!」
撫でられることにまだ気恥ずかしさが勝つらしく抵抗を示すものの、頭を撫でてやるとすぐに大人しくなる。
モゾモゾとまともに動かない身体を動かしてネコのように体を丸めて動かなくなった。
ネコのようっていうかネコだな。その体勢でモゴモゴしながら話し始める。
「あの、ユニークコアを勝手に使った件ですが」
「全然構わないぞ。正直持ってたことすら忘れてたし」
喉に触れればゴロゴロと鳴く。
撫でられて喜ぶところは大体ネコと同じだな。
沼で手に入れたカエルから手に入れたユニークコアでカロンは通常と全く異なる進化を果たした。
カロンが言うには、本当はよくない姿になるはずだったけどクローバーのコアの力でまったく別の自分になることができたそうだ。
仲間たちの変わり果てた姿を見て絶望を抱えたままだと破滅的な進化をする可能性が高かったが、ユニークコアで強引に進化を捻じ曲げて毒と癒しの海の化生となった。
進化したカロンの力で皆助かることになったからナイス判断が過ぎる。
「ユニークコア見つけたら今後はお前に任せるわ。俺よりずっとうまく使えるだろ」
「えへへ、やった」
喜んでいるようで何より。
「ヴァウ!ヴァウガウ」
「お、ゲッカ!お前も撫でてやるから来いよ」
いっぱい撫でてモフってあげよう。
俺が怒りに呑まれそうになった時は助けてくれた。本当に頼りになる相棒だ。
「カロンもなでてあげる!」
そう言ってやって来たのはカロン。
進化してから歌うのが楽しくてたまらなくなったそうだ。メロウたちのかわいいアイドルだな。
メロウは俺の真似をしてクローバーとゲッカを撫でている。2人ともされるがままだ。
「あのね。まえ言ってたステータスのおはなしなんだけど……おにいちゃんにならカロンのステータス、見せてもいいよ!」
……解析をさせるなら一緒に暮らす人だけにしろって言われてるんだよな。
どこで覚えたのそんな口説き文句!
カロンはなでなでしながら歌い始める。
可愛らしい、元気の出る歌声だ。
この歌声を聞くためにまたここに来たいと思った。
◆
翌日、商人たちから連絡が来た。
次に会う時に黄金象まるまる1匹が欲しいらしい。
サンドアングラーと同じく、強い・遠い・持って帰るの大変!という冒険者泣かせの魔物だ。
いっちょ狩ってくるか、ということでメロウ達ともお別れだ。
途中まで行き先が一緒だからユーリスも一緒だ。
ユーリスのステータスはクローバーが元に戻している。
どこに出しても解析しても恥ずかしくない、どこまでも勇者らしい勇者のステータスだ。
「貴殿たちはこれから亜人の居場所とやらを作りに行くのか?」
「そうだな。金や物資については協力してくれる人がいるから、今度は場所探しだ」
「フフ、災厄の限りを尽くした魔人がまさかこんな夢追い人だとは思わなかったよ」
「俺も災厄の化身を見逃す勇者がいるとは思わなかったぜ」
俺たちは歯を見せて笑った。
ユーリスは結構気が合う。
「貴殿は記憶を失っているんだったな。かつて災厄の魔人が現れた時代も今と変わらず亜人たちは虐げられていた。魔人の世界への憤怒が災厄と戦を呼んだのだそうだ。やり方が良いとは言えないが、かつての貴殿にも戦う理由があったのだろうな」
時々聞こえる魔人ラグナの記憶と声はいつも蹂躙せよと叫んでいた。
"奪われてきた。蹂躙されてきた。だから、これからは我々が……"
"我々が、我々を蹂躙してきた者を蹂躙する番だ"
"蹂躙せよ!我らを脅かす者共を!我らを守るために!"
奪われた者の憤怒の声。
災厄の化身はいつも怒っていた。
虐げられ続ける亜人の境遇、世界のルールに憤ったのだろうか。
「戦わないといけないなら戦うけど、俺は平和に暮らしたい。前の俺のようにはならないさ」
「そのようだな、今の貴殿は。この大陸は広い。亜人が虐げられることのない場所、最後の楽園が1つくらいあっても良いだろう。貴殿の成功を祈るよ」
ユーリスが右手を差し出してくる。
そろそろお別れのようだ。
俺も右手を差し出せば強く握りしめられられるから、気持ちに応えるように握り返した。
「ユーリスは魔王領に行くのか?」
「いや、もう少し己を鍛えたい。バフォメットにステータスを換えられた時、怖くなって動けなかった。誇りや矜持などに捕らわれずに戦うべきだった。こんな半端な覚悟のまま魔族領へ行っても十分戦えないと思ってな」
「ユーリスが危ないとこに行かないなら、その方が俺も嬉しいな」
「ははは。本当に魔人らしくないことを言う!」
ユーリスが本当におもしろいものを見つけたかのように笑っている。
そこまでおもしろいこと言ったかな?
「勇者であることに疲れたり、人間の街にいられなくなったら俺のとこに来てもいいんだぞ」
「亜人達の理想郷か。私が死にぞこないの勇者と揶揄されるような年齢まで生きていたらそれも考えておこう」
「そんじゃ、それまで生きてくれるよう願っとくぜ」
そう言ったらまた笑った。
「ラグナ殿」
「うん?」
「勇者と魔人、我らは200年前は敵だった。私はこの地で敵とは出会わず、旅先で亜人のミトラという男に会っただけだ。だがいつの日か、貴殿と我ら勇者が友と呼べる日が来たらいいなと思う。――それではな」
「ああ、また会おうぜ!」
ユーリスは背を向けたがその顔は少し笑っていた。
「雨のあとに地面が固まりましたか。良かったですねぇラグナさん」
「ホントにな!さてクローバー、次の目的地までどのくらいだ?」
「ここからだと徒歩2週間くらいでしょうか」
「カーッ!あの商人共、こっちは徒歩だってのに遠慮がねぇ!良い移動手段とかないもんかなぁ!」
「ヴァッフ!」
俺たちは太陽が輝く方へ歩き出す。
2章はこれにて終了になります。
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