38.パレード
ノーラン領の度重なる増税に領民は疲弊していた。
それでも逆らえないのは領主が国王や教会の覚えが良く、何より領主の私兵団が精鋭ぞろいなためだった。
人間の強さはFランク。
腕に覚えがある者はE、スキルや天賦の才に恵まれた者がDとなる。Cランクともなれば達人の域だ。
領主の私兵団は規律違反で追放された元騎士、問題を起こし登録を抹消された冒険者など難はあるが実力ぞろいだった。ランクD以上がほとんどで、中にはCクラスの者もいる。
ノーラン公の私兵の前には領民は十把一絡げに無力だった。
税で私腹を肥やしたノーラン公は贅を尽くす。
金と地位を得た者が次に行き着く先は不老不死。
ノーラン公は不老不死について部下に調べさせた。
錬丹術、アムブロシア、黄金の果実、賢者の石。そういった伝説の1つに人魚の肉がある。
日が暮れて人々が眠りにつく頃、ノーランは奴隷の女を抱きながら想いを馳せていた。
メロウを食えば不老不死になると本気で信じているわけではないが人魚の肉という響きは甘美なものだ。
商人からは肉は順調に集められていると連絡が来ている。
若い女の肉が中心だ、近いうちに納品されるだろう。
商人は魔族に扮してメロウを調達している。
体裁のために出しておいた魔族討伐依頼の報酬は安価だから依頼を引き受ける者などいない。そのため一連の行いが明るみに出ることはなく、バレたとしてもこの領は己が統括する領地だからいくらでも誤魔化せる。
ノーラン公はメロウの味を想像する。
興奮を誰かに共有したくてたまらず、股下の奴隷に恍惚の表情で話し始めた。
若い女の人魚の肉はきっと蕩けるような味がするだろう。
まずは生で、塩をまぶしていただいて、そのあと焼き加減を変えながら食べよう。次はスープにしよう。楽しみで仕方がない。
どうせなら生きたメロウの女も納品できないか聞いてみようか。
メロウの前で食べる肉はさぞかし美味。メロウに仲間の肉を食わせるのも一興だ。
いや、何も告げずに食事として食わせて、後からそれは仲間の肉だと明かした方が愉快かもしれない。
生きたメロウを数匹手配しよう。地下牢に閉じ込めれば気付かれることはない。
想像しただけで昂ってくる。
ノーラン公はもう意識のない奴隷相手に恍惚の表情で非道な話を聞かせ続け――
その時、屋敷中に響くほどの大きな音が轟いた。
ノーラン領主は裸であることも忘れ叫ぶ。
「な、何事だ!賊か!?」
天上を破壊し現れたのは妙な兜を被ったローブ姿の2人組。異様に大柄な男と隙のない身のこなしの女だ。
「民を苦しめ欲のままに振る舞うその所業……貴様には死すら生温い!」
「待て待てーい。お前俺たちのストッパーとして来たんじゃないんかい」
女はノーラン公よりも小柄なものの、今にも飛びかかって来そうな程に呼吸が荒い。それを筋骨隆々の大男が宥める。
「領主サマよぉ、無事かぁ!?」
「き、来たかお前達!あの賊共を捕らえろ、2人だ!」
大音に私兵たちが部屋になだれ込む。
こいつらが来れば何の心配もないとノーラン公はほくそ笑んだ。ノーラン領主の元で甘い汁を吸う私兵は問題児揃いだが、実力は確かだ。
賊2人程度どうということはない、明日の昼には首が広場に晒されることになる。
その前に愉しみを邪魔した報いを受けさせてやろう。
男は死ぬまで刻んで魔物の餌に。女は味を見てから兵達にあてがってやるか。
荒れた者たちに愉しみを与えてやるのも良い領主の務めと言えよう。
兵達は命令をこなすべく各々の得物を持って2人組に斬りかかる。
そして、瞬く間にそのほとんどが一蹴された。
それも、男の指一本で。
「カッ、話にならねぇな」
「なに!?」
解析アイテムを持った兵が叫ぶ。
「こいつら、魔族だ!!どちらもLVは100を越えてるぞ!」
「バカな!?」
ノーラン公は目を見開く。
「何故魔族がここに!?協定でここへは来ないのではなかったのか!」
ありえない、商人を通して魔族と協定を結んだはずだ。
人魔族に協力してメロウを捕らえる代わりに肉をもらい、魔族は見返りにノーラン領の人間には手を出さない。
そのはずだった。
「ほう、協定……魔族との協定ね……領主がね……」
「だから落ち着け」
どす黒いオーラを噴き出す女に兵達は一斉に震え上がる。
人間領に現れる魔族は魔王の部下、もしくは魔王が用意した侵略用の尖兵だ。
数こそ少ないが個の強さは人間と比較にならず、戦闘力はB以上。稀に災害級の者もいる。
魔族に太刀打ちできるのは勇者、もしくは一握りの凄腕の騎士や冒険者が数で圧倒すればどうにかできるかどうかだ
「ノーラン公、はじめましてだな。俺たちはこれから魔族領へ戻ろうと思うんだが」
報告に来たのか?男の言葉にノーランは僅かに安堵を覚えた。
「せっかくだから魔王への土産になるものをもらって行こうと思ってな。手土産でも包んでくれないかノーラン公」
兜の大男が5~6人が寝れる程の大きなベッドを片手で持ち上げ、握力だけで握りつぶして見せた。
腕利きの職人に造らせた絢爛な飾りが無残にボロボロと落ちる。
返答を間違えば次にこうなるのは自分だとノーラン公は察した。
「ひっ、ひいぃ!!」
残りの兵たちが逃げ出すが、女の放つ魔法が次々後頭部に直撃してそのまま動かなくなる。
ノーラン公を助ける者はもういない。
「か、金か?金が欲しいのか!?金ならある!助けてくれ!」
「ほう、魔族領ではゴミ同然の汚い金を我らに持ち帰れと」
答えたのは女だった。
剣を抜いてゆっくりと近付いてくる。
ノーラン公は咄嗟に意識のない奴隷を突き飛ばすがどうにかなるはずもなく、片腕で受け止められる。
「勉強になった。人間領では貴様のような輩が統治するもあるのか。授業料を払わねばならんな」
剣が白く発光する。
恐ろしく熱が込められた光だった。
あれが当たれば死ぬ。
死ぬ死ぬ死ぬ。
ここで死ぬ。
剣が眩く発光し、その光が目前に迫るところでノーランは恐怖で意識を手放した。
◆
「気絶しちまったなぁ」
「掠めただけなのに意気地なしめ」
泡を吹いて気絶しているノーランの背後の壁はユーリスお得意の光の魔術で破壊された。
「打ち合わせと違うじゃねーか。結果はあんま変わらないからいいけどさ」
「それは本当にすまない……」
俺とユーリスが囮になり、その間にゲッカとクローバーが潜入してノーラン領主が悪さできないように打撃を与えてくる。
そんな作戦を立てた俺たちは夜に館に潜入した。
ゲイン達から買い取った特定の方向の音を拾うアイテム……早い話がマイクとスピーカーを領主の部屋に設置して中の様子を探る。ちなみに本来は魔物の索敵に使うものらしい。
盗み聞きなどできないと設置に反対していたユーリスだが、使用人といった無関係の人を巻き込まないため状況把握は必要、あとノーラン領主がどんな人物か確認するためだと説得してやっと首を縦に振る。
さっそく部屋の様子を聞いてみれば領主が奴隷を抱き始めるものだからたいそう気まずい空気が流れたのがハイライト。
どうしよ、さすがに聞くのやめた方がいいかな?と思っていたら気分が良いのかノーラン領主がメロウの肉愉しみ!きっとおいしい!的な話を奴隷にし始めてユーリスの表情が消え、ゲッカとクローバーはそろそろ潜入行ってきまーすと俺を置いて逃げ出しやがった。
襲撃のタイミング計るためだからね、落ち着いて!と必死に宥めていたが、メロウにメロウの肉食べさせたいニチャアのくだりでブチッといったユーリスは俺が止める間もなく建物を破壊してしまった。
ここまでがダイジェスト。
元より俺たちは囮。
襲撃役が俺からユーリスに変わっただけだから結果オーライだけどな。
俺たちが暴れる間にゲッカとクローバーがもう二度とメロウを買えないように屋敷から金目のものを回収する手筈だ。
……勇者のユーリスは人間相手だと強力な弱体がかかるって聞いたけど普通に暴れてたな。
元々のステータスが高いので弱体化してもそこらの人間よりは遥かに強いようだ。
「すまない……私が勝手に動いて迷惑をかけた。しかしだな!あんな話を聞かされれば黙って聞いていられず!!」
初めて会った時も話を聞かずに攻撃してきたし、怒ると周りが見えなくなるタイプだなー。
キピテルといいこっちの話聞かずに攻撃して来る女性の多いことよ。
ユーリスの相手をしていると変装したゲッカとクローバー戻って来る。
金貨がずっしり入った袋を持って、さらに人間の少女を数人連れていた。
「ボス、いっぱい見つけましたよ隠してた財産!」
「この短時間でよく見つけたな。それで全部か?」
「隠し場所は元々分かってましたからね。収納魔法にまだまだ入れてありますよ」
また謎のクローバー情報網か。どれだけ都合が良いんだこのネコ。
いやそれよりも。
「あのぅ……私たち……」
クローバーが連れて来た少女たちが震えていた。
領主の屋敷にいるというのに良い服は着ていないしボロボロだ。
「その子らは?」
「地下牢に捕らえられていた奴隷です。ほっといても良かったんですけど一応ボスに伝えておこうかと」
「いや連れて来たらもう放置できないだろ。ハァ、どうすっかな」
「……こんなにも生きにくいのだな、この世界は」
領主に突き飛ばされた奴隷の女性にシーツをかけてやりながら呟くユーリス。
人間を守る勇者だからこそ、人間の行うことに思う所もあるんだろう。
クローバーの持っている金貨袋を受け取り、奴隷たちに渡す。
「その金で好きなとこ行け。帰る所があるなら帰れ。行くとこ無いはレギス商会ってとこ目指せ。ゲインの名前を出せば話くらい聞いてくれるだろ」
ごめんゲイン、勝手に名前出すわ。
幸いこの街にもレギス商会の支店があるらしい。
「お人よしですねぇ」
クローバーが諦めたように、けれども分かってると言わんばかりに言った。
◆
「さて、あとはズラかるだけか。帰るまでが遠足だぞ!」
夜も遅いので奴隷たちをとりあえず教会まで送る。教会で保護された後は彼女たちでどうにかできるだろう。
「クローバー殿、先ほどノーラン公に触れていたが何をしたんだ?」
「財産奪ったところでまた税を重くされたら意味ないですから改竄を。あの領主、もう表舞台に出られませんよ」
「は?ナイスかよ」
クローバーがケタケタ笑う。改竄の有効活用だな!
ユーリスはバフォメットにされた事思い出して笑えないみたいだけど。
今の領主が失墜すれば新しい領主が来る。次の領主が人間にとっても亜人にとっても今より善い奴であることを祈るとしよう。
もしまたメロウ達が命を脅かされるなら、俺がいつか作る居場所に来れるように席を開けておこう。広い場所が必要になるな。
「ラグナ殿、盗んだ金はどうするんだ?」
「嫌がらせで持って来たけど別に金に困ってないんだよなぁ」
「領館に置いておけば国に回収されるでしょうね。領民に還元されることもなく」
「めんどくさいなぁ、全部バラまくか!」
領館から盗んだ金の入った袋を担ぐ。
俺たちは今、ステータス上は魔族だし、盗賊を襲撃した時と同じ不審極まりない格好をしている。
バカバカしいことをするならバカバカしい姿がふさわしい。
夜のノーラン領を屋根から屋根へ飛び移って駆け抜けて、金を掴んでは投げて捨てていった。
月明かりに照らされる金は、銅貨も銀貨も金貨も掴んで投げ捨ててしまえば全て同じに見える。無造作にバラまけばまるでパレードの紙吹雪のようだ。
まだ起きている夜更かしが、酒場で一杯ひっかけていた冒険者が驚きの表情でこちらを見上げる。
妙な格好の3人組と狼が屋根から屋根へ飛び移りながら金をバラまいてるのだから目も引くだろう。降ってくる金に狂喜して、騒ぎになり、眠っていた人たちも目を覚ます。
「ラグナ殿」
「んん?」
「勇者としては大変由々しいことなのだが……とても、とても楽しいぞ!!」
ユーリスは兜をしていても分かるほどに笑っている。
俺たちが全ての金をバラまいて去っていっても街の騒ぎは収まらなかった。