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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
2章 犬とネコとの冒険
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35.穢される誇り

 初めに目に入ったのは広い壁一面に備え付けられたガラス管。

 黄緑のライトがガラスや部屋を人工的な色に怪しく染め上げている。

 ガラス管の中はどれも空っぽで少しだけ安堵して、同時に壁半分を覆う大きなカーテンに胸騒ぎがした。


 部屋の中央にスコープがついた黒い仮面をつけた4人組と作業机に拘束されたメロウがいた。

 体にはメスが入っている。


「おねえちゃん!!」

「いけない!」


 飛び出すカロンをクローバーが抱きしめるように止める。部屋のあちこちにセキュリティロボが待機しているから飛び出せば攻撃を受けていただろう。


 拘束されて身を斬られたカロンの姉は過呼吸に陥っている。首と体に太い管が刺さっているのが痛々しい。

 すぐにでも飛び出したいのに大袈裟なカーテンから目が離せなかった。嫌な汗が止まらない。



 泣き叫ぶカロンの声が煩わしいのか、黒仮面達はやれやれと首を振る。

 声を張り上げたのはユーリスだった。


「貴様達がメロウをさらった魔族だな。そのメロウから離れろ、勇者ユーリスが相手になる!」

「勇者ですって?」


 メスを持つ仮面の人物が体をこちらに向けた。声からして女だ。

 解析を開けば4人全員がLV100越えの魔族と表示される。


「全員魔族だ!LVも高い、気を付けろ!」


 ステータスの高さを警戒しているのだろう、ゲッカが威嚇しつつも臨戦態勢を取る。


「ふふ、勇者にお越しいただいたのなら挨拶くらいはしないと。私はギルティネ。()()の責任者だ」

「商売だと?」

「商売には2種類あるの。買って売るか、造って売るか。私たちは、造って売る方の商売をするわ」

「何を企んでいる……!」


 突如、背後から底冷えするような気配を感じた。


「企みだなんて失敬だな。由緒正しいプロジェクトだよ」


 嫌な予感がする。

 体が熱い。

 汗が噴き出してたまらない。


 体が、熱い。




 ◆



 ラグナ達が振り向いた先にいたのは大きな山羊の角と黒い翼が生えた細身の青年で、ギルティネ達4人と異なり仮面はつけていなかった。

 小柄な青年から噴き出す悪意に満ちた魔力を受けつつもユーリスは剣の柄を握り直す。


「貴様がここのボスか?」

「人間と交わす言葉など持ち合わせていないんだけどね。ギルティネもああ云うし勇者なら答えておこうか。そうとも、僕はバフォメット。魔将軍の末席に連なる者だ」

「魔将軍……!わざわざそちらからお越しいただけるとは光栄だな」

「せっかくだ。僕たちのプロジェクトを見ていくといい。勇者ユーリス、きっと()()()()にもなる」


 プロジェクトというものが良い物ではないのは明白で、すぐにでも魔将軍を名乗る男を切り捨てた方がいいとユーリスの本能が叫ぶ。

 だがメロウ達を救出していない今、魔族の手の内を知らないまま飛び出すわけにはいかないという冷静さも残していた。



「こいつらは商品なんだ、僕のお気に入りを見せてあげる。ギルティネ」

「仰せの通りに」


 ギルティネが壁に備え付けられた装置のスイッチを押すと機械音と共にカーテンが動き始めた。隠していたものが明かされていく。


 見てはいけないと全身が警告している。それでも見ないわけにもいかなかった。

 カーテンが取り払われ、大量のケーブルが繋がれたガラス管で埋め尽くされた壁が完全に晒された。



「やああああああああああああ!!!!!」


 カロンが叫ぶ。


 悲痛に泣き叫ぶ声を止められる者はいなかった。

 ラグナ達は絶句し、メロウ達は青褪めてへたりこむ。


 大量のケーブルに繋がれたガラス管の中に入っていたのはメロウ達だったもの。脳の露出した頭。首から下には肉はなく、心臓と血管、そして骨格が液体に浮いていた。


 そんな状態なのに、心臓は規則正しく1分およそ70回の鼓動を繰り返す。


「貴様あぁぁ!!」

「いいのかい?彼らは生きているよ。僕の力でね」


 剣を抜きバフォメットに斬りかかろうとしたユーリスの動きは(すんで)の所で止まった。メロウだった彼らは今、バフォメットによって辛うじて生かされている。



「僕はキメラを造る研究をしててね。近々誕生する魔王に水中に特化したキメラを献上しようと材料の調達に来たんだ。メロウは材料にぴったりだけど僕が欲しいのは骨だけだからさ、余計な部分を助手たちに削ぎ落してもらってるんだ」


 バフォメットは心底愉快といった風に笑い、左手を挙げる。

 その手に黒い魔力が収束する。


「もうメロウとしては死んでいるけど僕の力で生き永らえている。僕を殺せば彼らは皆死ぬけどどうする勇者様?」

「ぐぁあぁ!」


 バフォメットから放たれた黒い電撃がユーリスを焼いた。

 ユーリスは持ち前の不屈の闘志で踏みとどまり、バフォメットを睨みつける。


「バフォメット!!貴様を討ち、メロウ達を連れて帰る!カロンちゃんと約束したのだ!」

「だから僕を倒したら死ぬんだって。いや、どのみちこのメロウ達は僕ら魔族の下僕になるしか生きる道はないから、勇者としては殺すのが正しいかな?」


 バフォメットの言葉はユーリスの心を挫く。


 生きていれば助けようもある。

 けれども目の前の魔族を殺せばメロウ達は死ぬし、元よりメロウとしてはとうに死んでいた。


 動きを止めたユーリスに代わって飛び出したのはラグナだった。


「てめえェ!」

「亜人風情に用は無いんだよ!!」


 バフォメットが指を鳴らすとラグナの上方に巨大な黒い稲妻の塊が発生し、先ほどより何倍もの大きさの(いかづち)が落ちた。

 高圧の重力と雷を混ぜ合わせたエネルギーは獲物の全身を焼きながら床に叩きつけ、床に大穴を開ける。

 その大技にユーリスは魔族バフォメットが勇者である自分相手に本気を出していなかったことを悟る。


「ヴァウ!」

「ミトラ殿!!!」

 

 大穴から嫌な臭いの煙が立ち上る。


「しまった。せっかくの施設に穴を開けてしまったな。亜人風情が粋がるから」


 ユーリスは歯噛みし、自責の念に捕らわれる。

 魔族が相手だと分かっていた。危険と分かっていたのだから1人で来るべきだった。


 だが嘆くのも自分を責めるのも後だ。

 今目の前に宿敵の魔族がいるのだから、後悔は魔族を殲滅してからでもできる。


「ならば彼らの無念、外道な貴様達の命で(みぞ)ぐまで!"光の鎧"!」


 ユーリスは光魔術を行使する。

 "光の鎧"は使用中HPが減少し続け、他のスキルが使えなくなる代わりに光を物質化した鎧を纏うことで全ての能力が大きく上昇する。魔を穿つその姿は魔族相手に絶大な特攻効果を発揮するものだ。


「魔族共?お前、勘違いしてるよ」

「何だと?」

「僕が用があるのは骨だけど、削ぎ落した肉は人間が使うのさ」

「な……!?」


 その言葉にユーリスは後ろから殴られたような衝撃を受ける。


「どこに、人間が」

「お前達が魔族と勘違いしていたギルティネ達、人間なんだよ」


 バフォメットに促され、ギルティネ達は仮面をとった。

 化粧をした狐目の、紛れもない人間の女の姿がそこにいた。

 

「ごめんなさいね勇者様。ノーラン公がどうしても人魚の肉が欲しいっていうから」

「ノーラン公?」


 この地方の人間の領主の名だ。それが何故今出てくる?

 何故、何故。ユーリスの頭をその言葉が埋め尽くす。


「僕はスキルやステータスを書き換えられるんだ。これ、人間の間ではタブーらしいね。ギネヴィア達が人間だってバレないように僕が魔族っぽくステータスを書き換えてあげたんだよ」

「そんなことできるはずが……!」

「馬鹿だなぁ。僕ができると言ったらできるんだよ」


 メロウを解体していたのは人間?

 ユーリスの思考が停止するが、その間にもユーリスのHPは彼女自身の魔術で消費されていく。


「僕は研究者だからまずこの地の神々の遺産を掌握した。だからここのロボットはみんな僕の言うことを聞く。下等な人間にはできないだろうね」

「まったくでございます」


 ギルティネの言葉に気を良くしたバフォメットは周りを見渡す。

 ロボット達はバフォメットの支配下にあり、キュルキュルと音を鳴らす。


「それでも僕1人で全部やるのは大変だから現地の協力者を探したんだ。それが商人のギルティネ達。ギルティネはメロウの肉が欲しいけどメロウを捕らえるのが難しいって言うからロボを貸してやったんだ。メロウの肉はギルティネ達が、骨は僕が貰う約束でね。話の分かる人間もいるもんだよ」


 金のためなら倫理を捨てる、魔王相手だろうが魔族相手だろうが算盤を弾く。それが商人という生き物。それは大陸に住む人間の共通認識だ。


「可哀想な勇者様。このノーラン領の魔族による被害はメロウ達だけなことや魔族の討伐依頼がバカバカしいくらいに安いこと、不思議に思わなかったの?」


 ギルティネのその言葉でユーリスは察した。



 ノーラン領主が商人にメロウの肉を手に入れるよう命じ、商人は魔族の協力でメロウをさらった。そしてノーラン領主は魔族が絡んでいることを知りながらもメロウの肉のために放置した。いや、あえて安い報酬を設定することで冒険者を遠ざけた。

 「亜人(メロウ)しか被害が出ていないから」という領主自身が作った原因を理由にして。



「何故、魔族と組んでまでメロウの肉を欲しがる?」


 絞り出すような声でそう言うのがやっとだった。

 そうまでして、どうして?


「不老不死」


 答えたのは、消え入るようなクローバーの声だった。

 勇者としてはどこまでも縁のない言葉だったから、ユーリスはその言葉の意味の理解が遅れた。


「眉唾ものの話だと、思っていたんです。"人魚の肉を食べると、不老不死になる"という伝説。まさか本当に求める人がいるなんて……」

「その眉唾ものの話のためにお金は流れるのよ子猫ちゃん。本当かどうかはどうでもいい。私たちは欲しいと言われたメロウの肉を売るだけ」


 ギルティネが嗤う。


「馬鹿だねぇ人間って。そんなので不死になれるならとっくに僕らが狩りつくしてるのに!……ねぇ勇者ユーリス。僕は魔族だけど人間とのビジネスに関わっているんだ。それでも僕らを倒せるのかな?」


 バフォメットの言葉にユーリスは言い返すことができない。

 誰よりも彼女自身が一番分かっていた。力が急速に抜け落ちていくことを誰よりもユーリスが感じている。


「"勇者は人間の敵となってはいけない。人間、もしくは人間の関係者を相手にした時、全ての能力が下がる"だったかしら?」


 それは『勇者』のスキルの効果。

 勇者として生まれた者は人間や人間の関係者に力を発揮できない。話を聞く前だったならユーリスは全力で戦えたかもしれない。

 だが相手が人間の協力者と知ってしまった以上、ユーリスの『勇者』のスキルが最大の足枷となる。


 バフォメットの手から黒い電撃が再び放たれる。


「つぁっ……!」

「ユーリスさん!」


 先ほどよりも威力を落としたものだが今のユーリスに地を舐めさせるには十分な威力だった。

 光の鎧も維持できなくなり倒れるユーリスをバフォメットは嘲笑う。


「どうしてくれようか勇者様。そうだ、さっきステータスを変えたことを信じなかったよな。お前のスキルを変えて見せてあげるよ」

「んぐっ……!」


 バフォメットがユーリスの頭を掴み、床に叩きつけた。

 書き換える条件は簡単だ。対象に触れてMPを使うだけ。

 それだけで勇者は貶められる。


「お前のスキル、【不屈】と【正義感】を削除して、代わりに【敗走者】と【カニバリズム】のスキルをあげよう」

「な――!?」



挿絵(By みてみん)



 【カニバリズム】は同種族を食った時に得る、タブーの中でも特に忌避されるスキル。

 【敗走者】は百度相対した相手から逃げた者が得るスキルであり、逃走時の速度が大幅に上がるが不名誉と屈辱以外の何物でもなく、勇者の誇りを貶めるスキルだった。


「見なよ、お前のスキル」


 バフォメットは懐から解析アイテムを取り出し、ユーリスに見せつけた。

 そこには確かにユーリスのステータスに【敗走者】【カニバリズム】の文字が並んでいた。


「あ……」


 だからどうした。それでも私は自分に恥じる生き方はしていない。

 私は勇者だ。


 そう言いたいのに、声が出なかった。



「お前の死体を王国に送ってやる。みんな何て言うかなぁ?」

「やめ――」


「ガアアァァア!!!」


 空いた大穴から魔力を漲らせた人影が飛び出す。

 赤い髪の大男。


「バフォメットオオ!!!」


 怒りに満ちた顔にバフォメットは戦慄を覚える。


「亜人!?まだ生きていたのか!?」




 ◆




 カロンは()いていた。

 体を削がれた息も絶え絶えの姉がいる。仲間たちだったものの顔はどれも見覚えがあった。


「……、これは」


 カロンの体が青く暗く濁りはじめたことに気付いたのはクローバーだった。

 そしてそれが進化の兆しだということもすぐに思い至る。


 亜人は進化する。

 進化することなく一生を終える者が大半だが、時折一族の中から進化する個体が現れる。

 心身ともに強く成長した個体が進化に至るのが定説だが、大きな感情が引き金となることもある。


 喜びの中で進化すれば勇敢な戦士に、怒りの中で進化すれば憤怒の荒武者に。

 負の感情による進化は大抵の自分も周りも破滅させる。


「いけないカロンちゃん、今進化しては!」


 絶望のうちに進化した亜人が狂戦士となり、破壊を尽くした例はいくつもある。

 人間や魔族が亜人を嫌う理由の1つだ。



 クローバーは知識を求め続けていた。

 知識がいつかこの世界の亜人の現状を少しでも良いものへと変えてくれるとを信じて。


 だから知識だけは詰め込んだ。


 希少な本を読んで賢人達の話を聞いた。

 普通の亜人であれば一生かけても得られないような知識を求めて貪欲に詰め込んだ。幸運なことに、知識を得る手段には恵まれていた。


(赤いゴルファフロッグは、再生力が高かった)


 いつか、沼で手に入れたユニークコアは収納魔法の奥底にしまったままだ。

 反射的に取り出していた。


「カロンちゃんお願い、これを持って!」


 ユニークコアは、進化を狂わせて異なる進化へと導く。

 だから、穢れた進化を遂げようとするカロンの絶望を捻じ曲げてくれる。


 きっとうまくいく。


 カロンの小さな手にコアを握らせ、決して落とさないように上から強く握ってクローバーは縋るように祈る。


 カロンは、ユニークコアを持ったまま青い光に包まれる。

 ユニークコアが絶望の色を塗り潰し、赤みを帯びた乳白色に輝いた。

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