34.禁忌のスキル
クローバーがお尋ね者とバレるトラブルがあったもののユーリスは何も見なかったことにしてくれた。
メロウを助けるためにこんな所へ来たり、悪人ではないとの自己判断でクローバーを見逃したり好感の持てる奴だ。
魔人も悪いやつじゃないよアピールしていけば俺のこともなんとかならないかな?
ゲッカが首を振った。
バレないに越したことはない?そうだね。
地下2階。
地下1階は30分程度で階段が見つかる程度で、封印の墓標と比べると遥かに小さな迷宮だ。
探索しながら俺はこっそりユーリスに聞いてみる。
「なぁ、クローバーってそんなに有名なのか?悪い方で」
「銀髪青目のネコ獣人の手配書はどの街でも見かける。罪状が窃盗のみにしては懸賞金が高額で悪目立ちしていた」
「いくらだったんだ?」
ユーリスが言葉を詰まらせる。
金額次第で俺が人間に突き出すと思っているのかもしれない。
「俺の目的にクローバーは必要だし、何かあっても守るつもりだ。だからこそ知っておきたくて」
「……それならば。生かして捕らえれば報酬は金貨50枚、相場の50倍以上だ」
「ごっごじゅう?!」
日本円にして5000万相当では?賞金稼ぎに狙われるわけだ。
「それだけの金額なら捕まれば処刑は免れない。ミトラ殿も用心した方が良い」
ゲインもクローバーのことを守ってやれって言っていた。
親切心ってよりはクローバーがいないと村作りに大きな支障が出ることを危惧しての忠告だろうけど。
"ボクは宝物を探すために旅に出たんです。誰も持っていないようなものって欲しくなるじゃないですか"
ロス・ガザトニアの裂け目に行った時クローバーはそう言っていた。
慎重な性格のクローバーが手配されてまで欲しがるものは何だろう。
「……ところで、ミトラ殿の目的とは何だ?」
「ん?」
ユーリスが話題を変える。
純粋に好奇心で聞いてる顔だ。ユーリスになら隠す必要もないか。
「亜人の居場所を作りたいんだ。違う種族でも笑い合って一緒に飯が食えるようなところをな!」
俺たちの居場所がこの世界のどこにもないのなら、自分で作る。
さっき皆でいただきますを言った、あれが当たり前の場所を。
「それは……夢物語だな。だが嫌いではない」
ユーリスは亜人の置かれている状況を理解している。
その状況を人間が作っていることも、勇者にもどうにもできないことを知っている。
「違う種族でも笑い合える場所。一筋縄ではいかないだろうが見てみたいものだ。私の身では力になれないが、せめて貴殿の無事と成功を祈らせてくれ」
「いいのか?俺の目的を面白くないと思う人間は必ずいる。人間に邪魔をされれば俺は人間に手を出すぞ」
「フフ、私が見ていないものはどうしようもあるまい」
スキルや立ち振る舞いは勇者らしいと思ったけど、いい意味で勇者らしくないことを言う。
「――可能ならば人間も魔族も、手を取り合える日が来れば良いのだがな」
命がけで魔王の暗殺に向かうユーリスの切実な願いだった。
地下2階には1階と同じようにロボットが出てくるものの、ユーリスが先制で倒してしまうので俺とゲッカの出番がなかった。
奥にはまた階段。今度は戦車のようなボスロボットが立ちはだかる。
全てを轢き殺し蹂躙せん!って言葉を体現したかのようなボスだったけどユーリスが即効で倒した。ステータスさえ見ることなく終わってごめんな、勇者が強すぎて。
俺たちは3Fへ進む。
「これは随分雰囲気が変わったな」
地下3階。
それまでとはガラリと景色が変わって青い洞窟が広がっていた。
「わぁ!」
「きれいな景色ですね」
カロンとクローバーが息をのむ。
ぼんやり発光する苔、光を反射する鉱石。
「ヴァウ!!」
この景色、見覚えがある。
俺が目覚めて部屋から出た洞窟、あの景色だった。
ところどころこの遺跡で見続けてきた光る金属の床と壁が見える。
ユーリスの手前だから口には出せないけれど神々の御廟は地下で繋がっているのかもしれない。この湖の底を渡ればケトゥスのいるところに辿り着けるかな?
そしてこんなところにも洞窟に不釣り合いなロボットが立ちはだかり、ロボット達の先には金属の扉が見えた。
「――なんだこりゃ!?」
ロボット達を適当に処理して金属扉の部屋に入ると大きなガラス管がずらりと並んでいた。
地底湖に似つかわしくない光景だ。
ガラス管はどれも液体で満たされ、手枷をはめられたメロウが幽閉されている。
ホルマリン漬けとかの実験動物とかに見えてきて率直に言って不快な光景だ。
「みんな!」
カロンの声にメロウ達はこちらに気付く。
怯えた素振りを見せたもののカロンを見て安堵の表情を浮かべた。
「趣味が悪い。とっとと破壊するぞ!」
ユーリスが剣の一振りでガラスを破壊し、俺はガラスから出てきたメロウの手枷を粉砕した。
「カロン、あなただけでも逃げてって言ったのに」
「ごめんなさい。でもこのひとたち、とってもつよいから!」
「うむ!助けに来たのだ!」
メロウ達に抱きしめられたカロンがこちらを見るので俺とユーリスは笑顔でサムズアップで応える。
助けられたメロウ達は少し疲れている様子だが、衰弱や怪我はしていない。
「一度に連れ去らわれるのは7~8人と言ってましたよね?ここには5人しかいませんね」
「カロンのおねえちゃんもここにいないみたい」
「まだ30人以上がどこかにいるはずだ」
捕まったメロウ達が答える。
「仲間は鉄人形によって奥へと運ばれていきました」
鉄人形はロボットのことかな。
「どんな奴に捕まったかは分かるか?」
「仮面をつけた人物が鉄人形を従えています。男と女が数人」
メロウは魔族に攫われた、ってことは魔族が数人いるかもしれないわけか。
ラバルトゥみたいのが数人いれば間違いなく激戦になる。
一度地上に戻ることも考えたけど、何十日も囚われているメロウ達がどんな状態か分からない以上メロウを運ぶ人員も欲しいところ。迷宮の外は森だし人魚が俺たち抜きで帰るのも危険だ。
「ここは地底湖ですからいざとなれば水の中に逃げられます。仲間を助けたいんです、私たちも連れて行ってもらえますか?」
「ミトラ殿、どうする?離れるのも危険だと思うが」
「同感だ。だが連れて行くのも当然危険だ。危ないと思ったらすぐ逃げてくれよ」
「はい!……ありがとうございます!」
水に弱いロボットは湖までは追ってこれない。
水の中には魔物がいないこともないけど泳ぎにおいてメロウに勝る魔物はほとんどいない。
俺たちはメロウ達を連れていくことにする。
「念のため湖に何かいないか哨戒しながら着いていきます。異変があれば伝えますわ」
そう言ってメロウ達は湖に潜る。
水の中は俺たちも掌握できないから助かるな。
幼いカロンは俺たちの傍の方が安全ということで一緒だ。
ユーリスはえらく憤慨していた。
「魔族め、趣味が悪い。人をガラスに入れるなどホムンクルスのようだ!」
「ホムンクルスなら俺も知ってるぞ。フラスコの中に生命を作るってやつだろ?」
「そう、狂人が考えた人造人間を造る禁忌の技術だ。実行すれば確実にタブースキルを得るから実行するのは余程の愚か者だがな」
行動がきっかけでスキルを取得することもあるらしい。
「タブースキルって?」
「禁忌を犯した者が得るスキルだ。食人、親殺しとかな。稀に生まれ落ちた時からタブースキルを持つ子などもいるが」
「食人とかはともかく、スキルを持って生まれたってだけで赤ん坊も殺すのか?」
「いや、赤子殺しは教会によって禁じられている。……だから大抵の場合は初潮か精通を待って処刑するのだが」
「何そのひでぇ処置!?」
冷血すぎない??
ユーリスも酷だと思っているのだろう、眉根を寄せていた。
生まれ持ったスキルで人生が決まることも多い。勇者のスキルを持って生まれたユーリスが良い例だ。
「生まれ持ったタブースキルについては同情を禁じ得ないが……タブースキルだけでなく、取得すれば人生が狂うスキルはいくらでもある」
「例えば?」
「騎士や我々勇者にとっては敵前逃亡により覚えるスキルは死より辛い屈辱だ」
仲間を見殺しにしたり逃げ続けた者がスキルを得るすることもあるという。
魔物から逃げることも多い冒険者や賞金稼ぎなら何とも思われないが、主君を持つ者にとっては信頼を問われるスキルだ。
「命あっての物種とも言うけどな」
「我々勇者は命が短いからこそ誇り高い死を望む。死体からも解析はできるからな、私の死体は雄弁に生き様を語るだろう。私のスキル、ステータスが私の生きた証だ」
ユーリスは解析される時自身満々だった。
己のスキルに一切の恥ずるとこなし、ってところか。
「ユーリスはどう見ても勇者です!て感じのスキルだもんな」
……。
こういう話に真っ先に参加しそうなヤツがさっきから静かだな?
「クローバー、大丈夫か?」
「あ、ご、ごめんなさい」
なんだ、考え事をしてたみたいだな。
「話しこみすぎてしまったな。気分が悪いなら手を貸そうかクローバー殿」
「いえ、大丈夫です」
「こんな状況だ。何か気になったことがあれば言えよー」
クローバーは顔を背けた。
明らかに何か気になることがあるな。
聞いてみようと思ったところで湖を見ていたメロウが戻ってくる。
「湖の中に異変はありませんわ。脅威となりそうな魔物も見当たりません」
「確認助かる、ありがとな。」
湖が安全と分かっただけでも大きい。
メロウの逃げ場があるだけでも心構えが変わってくるし。
その時、それまで警戒しながら先導していたゲッカが突然吠えだした。
「ヴァウッガウガウ!!」
「ゲッカ殿!?」
「追いかけよう!」
ゲッカがすごい勢いで走る。何かに気付いたらしい。
俺たちが追いかけるとゲッカは金属の扉の前で足を止め、扉に向かって激しく唸る。
その扉の先から聞こえるのは女性の悲鳴だ。
俺は扉を蹴破った。