29.亜人って生きにくい
夜明け前に商人たちは出発した。
いい値で売れてくれよサンドアングラー!ドナドナだ。
変装の必要はないのでいつもの格好に戻ってるんだけど、戦いのせいか着ていたローブはいつの間にかボロボロになっていた。クローバーは拾い物なので気にしないでいいと言うけどお詫びにお菓子を多めにあげよう。
さて、俺が商人から買い取ったもの。
「テントだ!!!」
小さなピラミッド型でとりあえず屋根と壁が確保されている簡素なものだ。俺が寝るには小さくて出入口は開きっぱなしにしなきゃダメだけど屋根がある。
洞窟とか岩穴に比べれば大きな進歩!
「毛布!枕!」
商人たちが使っているものだけど自分達は街にいけばいくらでも手に入るからと譲ってもらった。これで地面にそのまま眠る生活とはオサラバだ。
ちなみにテントも毛布も、次会う時にはもっと大きい新品のものを用意してもらう予定。今回のはお古だし間に合わせだな。
「調味料!お菓子!酒!」
食べ物が手に入ったので食事にバリエーションが出るぞ!大量の岩塩はありがたい。乳製品や加工肉なんかも手に入ったぞ。
この世界、チーズやバターといった加工品も普通に流通しているんだな。地球でも紀元前から作られていたんだっけ。
「調理器具!ランプ!それから……」
「いつまでやってるんですか」
クローバーがさっさと収納に入れてしまった。
くっ、情緒の無いやつめ。
◆
次の目的地は大陸北の海だ。
ゲインから頼まれた魔族退治の依頼のためだけど、人魚に会うのは楽しみだな!せっかくの異世界楽しんで行こう。
「ラグナは ふくを てにいれた!」
「まだやってるんですか」
商人達から衣服を買ったのでさっそく着てみる。
大柄な俺に合うサイズの服がなかったから服というよりは布をかぶってる簡易なものなんだけど、それでも半裸は卒業。
下着はなかったので相変わらずはいてないけど、商人のお兄さんに大きめの下着用意してくれって頼んだから次会う時ははいてない脱却できるぞ!
「ヴァウウウ(似合わない)……」
「奴隷の格好みたい」
ただ2人からの評判は悪かった。
「お前らせっかく俺が文明人に近付いたっていうのになぁ!メロウ達に会いに行くんだから失礼ないようにしたいだろ」
「メロウは服を着ない種族なので気にしないですよ」
あ、そうですか。まぁ人魚の種族だし服はジャマになるか。
目のやり場に困りそう。
「メロウ達のいるノーラン領へ行くのは良いのですが、道中に新しいダンジョンがあるのでどのルートを通っても冒険者と遭遇しそうなのが心配です」
冒険者ね。
大陸から恐れられてる魔人とお尋ねネコな俺たちはあまり会いたくないとこだ。
「ボクは耳と尻尾さえ隠せれば滅多にバレませんが」
「出会った頃賞金稼ぎに狙われてたじゃん?」
「あれはうっかり風でローブがあおられて耳を見られてしまって」
そういえば風が強い場所だったな。俺も腰布がめくれたし見られた。
……。
今のナシ。忘れよう忘れよう。
「俺も顔とか隠そうかな。キピテルみたいにターバンまくのはどう?」
「ローブくらいならよくある旅人の格好ですが露骨に顔隠すと却って目立ちますよ。キピテルさんは冒険ギルドと商会タグを見える位置につけてるからあれでも大丈夫でしょうけども」
ダメかー。
「でもラグナさんが戦争を起こしたのは200年前です。当時の記録なんてロクに残っていませんし、堂々としてれば強そうな亜人にしか見られませんよ。胸の魔片は狙われるかもしれませんが」
まさに魔片目的で賞金稼ぎに襲われたことあったわ。
でも言われてみれば確かに今まで会った人たちも名乗るまでは魔人と思われなかったな。じゃあもっと堂々としてみるか。
亜人ってだけで新しい剣の試し斬りに丁度いいとか言われて殺される可能性あるんですけどね、とクローバーが諦めたような顔でぼやいているがそんな物騒な話は聞こえない。
「そもそもラグナって名乗るのはやめた方がいい説あるな」
「偽名とかあるならそちらで呼びますよ」
「それじゃーミトラだ。周りに人がいる時はミトラって呼んでくれ」
「ミトラさんですね、了解です」
とりあえずパッと思いついた、どこかで聞いた神様の名を挙げた。
その時。
「ヴァウゥ!」
「!」
これはゲッカの警戒を促す吠え方だ!
少し先から「おい、魔物の鳴き声だ!」と人の声がする。
ゲッカが魔物として認識されているようだ。
すぐに茂みが切り裂かれ、葉を散らしながら現れたのは鎧と分厚いマントを着た男4人組だった。
上等そうな装備だし強い冒険者かもしれない。それぞれ剣や斧といった獲物を油断なく構えている。
「……亜人か?」
湾刀とカトラスを構えた男が不躾に見てきた。
俺たちは手をあげて敵対の意思がないことを示す。
不要な戦いは避けたい。堂々としてれば魔人とバレないって話したばかりだし。
「そうだ、相棒が吠えて悪かった。武器を降ろしてくれないか」
今は服を着て魔片も隠れているから襲われる要素はない。冒険者は俺たちを値踏みするように見てくる。
「そっちは女か。お前も亜人か?」
「はい」
クローバーの先ほどまでのくだけた雰囲気はナリをひそめている。
冒険者たちは顔を見合わせた。敵ではないと判断したようで冒険者達の警戒が薄れた、と思ったら。
「……ちょうど新しい武器に買い替えたとこでな。試し斬りしたいと思ってたとこだ」
おおっと?
「試し切りはそっちのデカいのだけでいいぜ。斬り甲斐なかなかありそうな体してるじゃねぇか」
ちょっと。
「オイオイ。これからダンジョン行くんだぜ?戦う前から剣を血脂で汚す気か?」
「いいだろ女だっているし、犬は上等そうな毛皮だ。良い値段で売れるだろ」
「女は逃げるなよ。大人しくしてれば可愛がってやらないこともないぞ?グヘ、良さそうな顔してるじゃねぇか」
俺は頭を抱えた。うーん、なんでこうなる?
「言ったでしょう。そういう理由で斬られることもあるって」
クローバーは諦めの境地だ。亜人達っていつもこんな扱い受けてるの?
「オイ、何おしゃべりしてやがんだ。怖がってくれないとつまんないぜ」
「生きたまま斬るのが最高なんだよな」
「運が悪かったな。お前らケダモノでも魔片くらい知ってるだろ?オレ達は全員魔片持ちだ。抵抗しても無駄だぜ」
どうしよう、いやどうしようもない。
「クローバー、目閉じてな」
「ボクのことは構わず、ミトラさんの好きにしてください」
「分かった、行くぞゲッカ」
「ヴァ!」
ゲッカのひと吠えが合図となった。
【LV上限が解放されました】
「この!世界さぁーーーー!」
「ヤケクソですね」