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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
2章 犬とネコとの冒険
38/163

28.レギス商会のゲイン

 交渉は無事終わった。


「うまくいったな!」

「交渉は準備が8割ですから。焦点はどこまで要求を通せるかですよ」


 後日商人達がサンドアングラーをオークションに出す。そして利益の5割が俺の懐に入る約束だ。

 村を作るなら多くの物が必要になるから金があって困ることはないし今後定期的に取引するという約束も取り付けた。

 商人は珍しい素材を確実に入手できて、俺たちは欲しい物を商人に持って来てもらう。win-winだ!


 外で待機していたゲッカは盗賊なんかが聞き耳を立てたりしてないかちゃんと見てくれていたようだ。ゲッカがいるから安心して商談ができたぞ、ありがとうなの気持ちを込めて撫でると首を伸ばすのでいっぱいモフモフしてやった。

 ゲッカが嬉しそうに鳴く。




 サンドアングラーの肉は外に出せば当然劣化していくから、商人たちは今日はここで一泊して夜明け前に街へ急行するそうだ。


「盗賊はどうするんだ?荷台に乗せると移動速度下がるだろ?」

「賊共には自分の足で走らせる。手を縛って首と馬車を縄で繋げば走るしかないだろうよ」

「ヒェ」


 えげつないことをキピテルが世間話をするような口調で教えてくれた。立ち止まると首が締まるから走るしかないし、自分の足で走らせれば馬車の速度は落ちない。

 街に行ったら衛兵に突き出して金を受け取るってコースか。悪いことはできないな。


 商人達にはゲインがいろいろ説明したようで、荷物整理や街へのルート確認と忙しそうだ。 



 さて、速度を上げるべく荷物を少しでも減らしたい商人達が売り物を並べてくれた。

 金はないけどサンドアングラーの利益から引いてもらうことになっているから遠慮なく買わせてもらおう。

 相場が分からないからクローバーに見てもらおうと思ったらキピテルに呼びだされていた。

 仕方ない、後にしよう。


 商人達は先ほどと態度が180度変わってニコニコ対応。

 今商人が運んでいるのは食材が中心だ。甘味やお酒はぜひ欲しい!


「ゲッカ、欲しいのあれば言うんだぞ。みんな買ってやるからな!」

「ヴァフッ!」


 こういうの、フリーマーケットみたいでワクワクするな!

 商品を見ているとゲインが鏡のようなものを持ってやってきた。


「これを預けておくわ」

「これは?」

「神々の遺産の1つ、"伝映鏡"よ。距離が離れていてもその鏡を持つ者同士でお話しができる希少な装置よ。何かあれば連絡して頂戴」


 離れてても会話できる、つまり電話だな。

 これがあれば次に会う場所とか日時の連絡がスムーズにできる。

 ゲイン達も急ぎで欲しい素材があればこの鏡で連絡してくるそうだ。


挿絵(By みてみん)


「使用中はMPを使うから連絡は簡潔にお願い。あたしのMPじゃあ2分ももたないの」

「うお、確かに短い……けど仕方ないな」

「商人にとって場所を選ばず情報伝達ができることは大きな武器なの。伝映鏡を預けることがあたしから最大の信頼の担保よ」


 ゲインはその気になればいつでも裏切って俺を人間に売ることができる。希少なアイテムを貸し出すことはゲインなりの信頼して欲しいという表現だろう。


「ありがとう、十分だよ」

「これがうちの商会の拡大の最短ルートと思っただけよ。それから収納魔法に入れたら繋がらないと思うから常に出しておいてね」


 まぁ手のひらより少し大きいくらいのサイズだ。

 携帯しても邪魔にならないだろう。



「収納魔法といえばあのケットシーは良いスキルを持っているのね」


 クローバーのことか。

 あの収納魔法は商人からすれば羨ましいだろうな、お尋ね者でなければスカウトしたいって言ってたくらいだし。


「成り行きで一緒に行動してるけどいろいろ教えてくれるぞ。サンドアングラーを売ることも商人をここで待つこともクローバーの提案だ」

「あなたに言うのも今更だけど、あの子がいなければ村の運営や商品の売買が破綻しかねないわ。守ってあげて頂戴」


 そうだね、アイツお尋ね者だしな。

 いろいろあったみたいだけどこれ以上人間の街で悪いことはさせないし何かあれば守るつもりだ。俺もクローバーがいないと困ることが多いしな。

 食べる物に困って俺の旅についてきたクローバーだけど、いつの間にかいないと困るのは俺の方になってしまった。




 それからしばらくするとクローバーが戻ってきた。

 キピテルと何の話をしたか気になったけど曖昧に誤魔化された。キピテルの方も話す気がなさそうだしそっとしておこう。


 クローバーが戻ってきたので買い物再開だ。

 売り物の値段についてクローバーに聞いてみると、割高だけど隊商から買うことを考えればぼったくりではない範囲だそうだ。

 隊商は維持だけでもかなりの金がかかるから割高なのは仕方ないな。



 結局ほとんどの物を買い取ることになった。

 食べ物はどれだけあっても困らないし、クローバーの収納魔法があるから全部引き取っても身軽のまま。

 商人達は私たちにも収納魔法があればと苦笑していた。反応からクローバーの収納魔法がどれだけすごいスキルかが伺える。

 後でクローバーの耳の付け根いっぱい撫でてやろう!



 

 ◆ゲイン視点



 レギス商会はゲインの叔父ボーナがとりまとめるも人間領東を中心に活動する商会だ。

 事業拡大に伴い王都を内包する中央区を商圏に入れようとボーナは大陸中央へ娘にも等しい寵児(ゲイン)を送った。


 しかしゲインの才覚を持ってしてもレギス商会の拡大は難しい。何故なら中央の勢力は既に完成しているためレギス商会は他商会から様々な妨害を受けたからだ。

 この地で力をつけ、他商会を出し抜くなら他の商会が見ていないものを見る必要がある。


 本来、商会に所属する商人を送り出すところをゲインは自ら隊商を組んで大陸を渡り歩いた。

 街で酒や嗜好品、調味料を仕入れ、亜人達の特産品を交換する。

 交換を繰り返し街に戻り利益を得る。

 種族ごとの好みや特性を理解し、日々刻刻変わる情勢を読みながら行う商売は楽しかった。

 しかし大量の荷物を売りつけられるとはいえ隊商の維持費は甚大であり、莫大な利益を得るとまではいかない。

 その上荷物を奪われればもちろん、売り時を間違えただけで利益は一瞬で赤字になりかねない。


 魔族の襲撃によりノーラン領への道が途絶えたのも大きな痛手だった。

 メロウ達との交易でより商売の幅が広がるはずだったのだ。



 そんな矢先に魔人の一行に出会った。


 儲け話を前にして及び腰で機を逃すのは商人失格と大陸中を脅かす魔人との交渉に臨んだ。


 賊が束でかかっても単身で返り討ちにする頼もしい相棒(キピテル)も魔人相手なら赤子同然だ。

 だが虎穴に入らずんば虎児を得ずと言うように、大きな利を得るためには時に危険を冒す必要もある。



 ゲインから見て魔人は率直に言えば世間知らずという印象だった。

 そして災厄の化身という肩書とは裏腹に、穏やかで親しみを覚える人柄。



 凶暴な魔物を難なく狩る魔人は亜人達の居場所を作ろうとしていた。

 稼ぐ手段があり、多くの物資を必要とする魔人は理想の取引相手だ。


 なら自分商会も、魔人の理想の取引相手となるべきだろう。

 彼らの必要とする情報を流し、信頼を得る必要がある。この取引相手は逃す手はない。


(伝映鏡を渡しておいた方がいいわね)


 決断は迅速に。

 神々の遺産は希少だがこれも必要な出資だ。


 魔人を相手に商売していることが明るみになればどうなるか想像に難くない。

 正しくラグナとゲインは共犯者となった。

 儲けの為なら倫理を置き去りにする、それが商人という生き物。



 ラグナ達との商談後、ゲインはすぐに部下を集めた。

 内密の話に聞き耳を立てる無能はここにはいないが商談内容は誰もが気にするところだ。


「結論から言うわ。彼らからサンドアングラーを買い付けたの。夜明け前に出発してベントスの街まで急行よ。サンドアングラーは大柄な魔物だから、荷物は極力軽くして」


 サンドアングラーと言えば高級品だ。商人達は一様に驚きの表情を見せ、それからすぐに仕事の顔に変わった。

 荷物を減らせば休息を取りながらでも3日程で辿り着くだろう。


「素材の劣化は極力抑えたいの。氷魔法を使えるサジバとニュアンには明日から冷却に専念してもらうわ。2人は早めに休んでMP回復に努めて」

「盗賊はどうしますか?」

「首に縄を繋げて走らせて賞金付き以外が力尽きたら斬り捨てる。それでいいかゲイン」

「そっちはキピテルに任せるわ。荷物を減らしたいから今の荷物は最低限の食料以外あの亜人達に売って構わない。理想は全部売却ね」


 後で自ら売り込みに行こうと画策しながらゲインは暮れる陽を眺める。


 表情は常に自然な笑顔を貼り付ける。

 一喜一憂を気取られるようでは三流だが、ゲインは今胸の高鳴りを自覚している。

 面白いことが起こりそうだ。


 この後ろ盾の無い中央区でレギス商会の存在感を確立させて成り上がる。

 ゲインの冀求(ききゅう)は現実味を帯びてきた。




「ゲイン、少し席を外す。あのケットシー、"改竄(かいざん)者"だ」


 伝映鏡の動作確認を行っていたゲインに声をかけたのは相棒キピテルだった。


「あら……難儀なものね」

「改竄は解析では隠せんからな」


 取引相手への解析など褒められた行為ではないけれど、この相棒に言ったところで止めないだろう。それに解析したことに気付かれるというヘマはしない。


「未来のお得意様よ。いじめないでね」

「ああ」



 『改竄』はステータスの隠蔽・書き換えができるスキルでステータスを思うがままに変えられる。


 ただし変わるのはステータスの見た目だけ。

 LV1の人間がLV80とステータスを書き換え(うそぶ)いたところで実際に強くなるわけではなく、戦えばすぐLV1だとバレるので実用性はない。

 それでも自分を強く見せたい弱者が高LVに書き換えたり、禁断のスキルを得た貴族が大金を払って隠蔽を頼んだりと裏で需要のあるスキルだ。



 キピテルは人間ではなくバードマンと呼ばれる鳥の亜人だが、人間として活動している。

 理由は単純で、亜人はいないわけではないが明確に差別をされるためだ。肉体労働のみならともかく、人間相手に商売をするなら亜人という事実は枷にしかならない。


 解析は嫌がられる行為ではあるが、身分の証明などに解析が必須になることもある。

 翼をしまえば人間と変わらない格好のキピテルも解析されれば亜人であると一目でバレてしまう。そのためキピテルは裏社会に生きる"改竄者"を探し出し、種族ステータスを亜人から人間に書き換えることで人間の商人としてやってきた。


 しかし改竄には問題もあり、一度改竄されたステータスは再び改竄をするか改竄者が改竄を解くまで内容が全て固定になる。

 従ってLVが上がってもステータス上のLVはいつまでも変わらない。


 戦闘員にも関わらずいつまでも変わらないステータスを怪しまれるのは時間の問題だが改竄スキルを持つ者は極稀でそうそういるものではない。

 だからここで改竄できるクローバーをここで見つけたのは僥倖(ぎょうこう)だった。

 改竄してもらえばキピテルはまた人間の目をごまかせるだろう。



(ごまかす、か。亜人には生きにくい世の中よね)


 亜人を相棒に持つゲインにとってはまったく煩わしい世の中だった。

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