27.共犯者
商談は一度切りならリスクは少ないけど商人とは継続的に付き合っていきたい。
正体を隠して商人とやりとりすることもできなくはない。
でも希少な素材を卸す正体不明の3人組がいると噂が広まっても困る。商人たちには俺たちの正体を知った上で黙秘、ひいては極力俺達の存在がバレないように協力して欲しい。
馬車の中で俺とクローバーは被り物を脱ぐとキピテルはクローバーに反応する。
「銀髪青目の猫獣人か。手配書で見たことがある、相当教会の怒りを買ったようだな」
「みたいですね。あと獣人ではなく妖精猫です。ケットシーのクローバー」
クローバーが名乗るなら俺も名乗った方がいいな。
「俺はラグナ、魔人やってるぞ!よろしくな」
なるべく気さくな感じで声かけてみた。
表情にこそ出さないもののゲインとキピテルの緊張感が一気に上がった気配がして魔人ラグナという名前の強さをひしひしと感じた。
でもどうせバラすなら後出しより先出しの方がいいはずだ。
「合点がいった、私の攻撃が効かないわけだ」
「正体を隠した理由は分かってくれたと思う。先に言っとくけど交渉できないならそれでいい、今日俺たちと会ったことを忘れるならな」
「あら、意外と親切なのね」
「どうせならお互い納得のいく交渉にしたいだろ?」
商人側の懸念の1つは、交渉が決裂した際自分達がどうなるか。
災厄の化身のことだから、提示した条件を呑まないならその場で殺すとか思われてるかもしれない。でも俺はそういうのやりたくない。
「話を進めて頂戴。あなたが魔人ということは商談を断る理由にはならないの。ただしあなたと取引をしていることが知られたらあたし達の立場も危うくなることは理解しているわよね?」
「もちろん承知してますし、その上でここにいます。ボクらの話は3つです」
クローバーが両手を合わせながらそう言うと、俺たちと商人の間にジッパーが現れる。
「羨ましいわ、収納魔法ね。あなたがお尋ね者でなければスカウトしていたわ」
分かる。俺も収納魔法欲しい。
クローバーの正確な収納容量は知らないけど仮に荷馬車3台分だとすれば、クローバー1人連れてくだけで荷馬車3台分の節約になる。馬車そのものの価格、馬車を引く魔物の食費を含め馬車の維持費は馬鹿にできない。
あと思った通り、ゲインは亜人相手でも蔑ろにしない。リップサービスの可能性もあるけど十分まともに話ができる人間だ。
「あんたは亜人に抵抗はないんだな」
「差別で金は稼げないわ。もっとも他所が差別を理由に戦争や虐殺する分にはいくらでも稼ぎようはあるけれど?」
戦争は人も物も動くから商人の儲けどころだ。
かつて戦争を引き起こした災厄である俺の出方を伺ってるんだろう。
商人の握る金には血も涙もない、利益のために時には倫理すら捨てる生き物だとクローバーが言っていた。
でも無い袖は振れないし起こす気の無い戦争の話はできない。
「そっちは期待されても困る。それよりクローバー、頼む」
「はーい。1つめの話はこちらの買い取りをお願いしたくて」
サンドアングラーの素材、それから迷宮核。
ついこの前とってきたものだしクローバーの収納魔法は時間経過が遅いのでまだまだ新鮮だ。
「これは迷宮核ね。そっちは……」
「砂怪魚だな。アレを取りに行く奇人が本当にいるとは。魔人の力と巨大な収納があれば可能か」
「奇人て」
「この通り、なかなか流通しない物を用意しました」
「口止め料を含んでも悪くない品ね」
よし、手応えあるぞ。
話し合いって戦いより余程緊張するな。
「2つ目はボクらが必要な物を売って下さい」
「物によるが、何が入用だ?」
「待ってました!ベッドがほしい!あと枕!」
欲しいものを訊かれたら片っ端から言えと事前の打ち合わせでクローバーに言われているので遠慮なく言うぞ!
「家!ランプ!寝袋!フライパン!大きい水筒!お酒!調味料!お菓子!櫛!鏡!布団!あと食べ物の種!」
キピテルがあからさまに拍子抜けみたいな目をしてるけど俺は真剣だ。
快適な生活がしたい。欲しいものあらかじめメモしてくれば良かったね。
「……全部普通の生活に必要な物ね。あなたなら適当な街から奪った方が早いんじゃない?」
商人とは思えない発言。クローバーみたいなこと言うね。
「今はとりあえず俺たちの分だけでいいけど、いずれ大量に必要になる。人間の街で商いやってるアンタたちなら簡単にまるっと用意できるだろ?」
「大量に?」
きた!
とっておきの、商人達がきっと一番欲しい話だ。
ゲインは表情を崩さないけど大量買いの話なら、食いついてくるはずだ。
「大勢の亜人が暮らすならたくさん必要になるだろ?」
「村でも作るつもりかしら?」
「ん?んんー……まぁそうなるのかな?行き場の無い奴らが集まる場所を作りたいんだ」
村とかそんな大それたものを作るつもりじゃなかったけど、亜人の居場所を作るってことは住む場所を作るということだから、間違いではないのかな?
そしてクローバーが最後の話を切り出す。
「これらの話を踏まえて3つ目の話です。ボクらは魔物を狩ってあなた方に卸す、あなた方はボクらの必要な物を用意する。継続的な取引をしてほしいんです」
これは商人にとって大きな儲け話。しかし同時に魔人の共犯者という危ない橋を渡ることになる。
もっと悩むと思ったら意外なことにゲインは出会った時と変わらぬ表情で頷いた。
「いいでしょう。ただそうね。条件を2つ出させて頂戴」
「内容は?」
クローバーが続きを促す。
「1つ目はあたし達からの依頼を聞いて欲しいの。もちろんあなた達にリスクのあることはさせないし、聞いた上で断っても構わないわ」
「聞くだけなら全然いいけど、どんな内容なんだ?」
何か困ったことがあったら普通は領主が動いたり冒険ギルドとかそういったとこに依頼出したりして解決するってクローバーが言ってた。
わざわざ俺たちに頼むような内容があるんだろうか。
「ここからずっと北に行くとうちが懇意にしてる人魚達がいるのだけど、メロウの住処の辺りに魔族が現れて販路が潰れたから追い払って欲しいというものよ。もちろん依頼料は出すわ」
取引先の1つが魔族によってピンチってことね。
「魔族絡みなら領主へ報告すれば冒険ギルドから討伐依頼が発令されませんか?」
「そこの領主が消極的でね。討伐依頼は出ているけれど被害が亜人だけだからと報酬が安くて冒険者が見向きもしないの。ウチの立場で介入するのは難しくて」
まぁ商人が魔族退治とかいろいろおかしいもんな。
それに取引先が潰れればゲインの商会の影響力が小さくなることを意味する。
やる必要があるかと言われればないけど、やらない理由もないな。急ぎの予定とかもないし。
それにせっかくの異世界だ、人魚に会ってみたい!
あともうそろそろ季節は夏だ。海、行かない方がウソでしょ。
「よーし引き受けた!とりあえずメロウに会って話聞いてみるわ」
「助かるわ!依頼料については後々相談させて頂戴」
「……まぁラグナさんがいいならいいですが。それともう1つの条件というのは?」
そうだ、ゲインは条件を2つって言ってた。
もう1つはどんなのだろう?
「あなた達が村を作ったら出店させて欲しいの。もちろん店のこともあなたの村のことも商会外には一切洩らさない。あなた達もあたし達の商会のことは洩らさない約束で」
村での商売をレギス商会が独占するということか。
人が集まれば物が必要になり、物が必要なら金が動く。
独占は商人側が不当に価格を吊り上げることもできるため本来は好ましいことではないけど、俺のつくる居場所は基本的に人間に関わらずひっそりやる方向だ。あまりいろんな人が商売に来ても困る。
クローバーに目配せすればネコの尾がぽふ、と足に触れてきた。意を汲んだ合図だろう。
「わかった、それでいい。ただし"当面は"、という期限付きで頼む(訳:当面は独占でいいけど落ち着いたらその限りじゃないぞ)」
「どういった村になるかも分かりませんから場合によっては無期限になるかもしれませんね(訳:不当に利益を得たりせず対等な立場で商売を続けてくれるなら独占も考慮しましょう)」
「状況次第だな!(訳:ゲイン達の出方を見て考よう)」
どうかな?
ゲインの微笑みは変わらない、でも若干柔らかくなった気がする。
「……まぁそこら辺が落としどころかしらね」
玉虫色の主張は伝わったらしい。
ゲインは右手を差し出す。
「良いわ、レギス商会は魔人の共犯者になりましょう。末永くよろしくね」
俺も右手を差し出す。
握りつぶさないように軽めにね!
「よし、交渉成立だー!」
「え?まだ素材の買い取り価格の話をしてないわよ?」
「えっ、あっ」
なんか終わった気でいたら全然終わってなかった。
クローバーとキピテルが本題と言わんばかりにカネの話をし始める。
「サンドアングラーの売却はレギス商会に完全にお任せすることになるので、売却価格の何割を受け取るかですね。売却方法は?オークションにかけますか?」
「素材の希少性を考えればそれがいいだろうな。分け前は利益の四分六でどうだ」
「こちらは村を作るんですよ?売却価格の5割」
商人との伝手を作るのが目的だったから買い取り価格とか完全に忘れてた。
俺も何か言った方がいいかと思ったけど相場を知らない俺が口を開けば交渉してるクローバーの邪魔になりかねないので任せておく。オレハオキモノ。
……。
さっきから金貨の話しか出てこないけど金貨って1枚約100万円相当だよな。
……さては商売ってこわいな?
要約
ラグナ「サンドアングラーや迷宮核を買い取って」
ゲイン「OK。利益の分け前の話しましょう」
ラグナ「俺達に物売って。亜人が集まる村作るから色々必要だ」
ゲイン「OK。当面は独占で商売させてね。あと私たちのために北へ行って魔族退治してほしいなぁ」
ラグナ「ええよ」
ラグナ「俺達のこと、人間達には黙っててね」
ゲイン「OK。共犯者になってあげる」