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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
2章 犬とネコとの冒険
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24.勇者と司祭の休日

人間サイドの話です。

 インクナブラに1人の戦士が訪れていた。

 まだあどけなさが残る金髪に濃い目の肌、青い瞳の快活そうな少女だった。

 青い鎧が砂漠の街ではよく映える。


 「ステラ、久しぶりだな」


 「ユーリスも元気そうで何よりです」



挿絵(By みてみん)



 昼下がり、日除けのテントの下でインクナブラ神殿に仕える司祭ステラは幼馴染のユーリスとお茶を飲む。

 幼馴染と言っても共に過ごしたのは5つの頃までで、それからは数年に一度会う程度であったが同じ孤児院で過ごした2人は離れた間もずっと手紙のやりとりをしていた。


 ユーリスは17年前にこの街で"勇者"のスキルを持って生を受けた。

 勇者として生まれた者は5度目の誕生日を迎えると王都へ招集されて幼少のうちから勇者としての教育を受ける。


 "勇者たる者、総ての人間を守る盾であれ"

 "魔を滅する(つるぎ)であれ"


 人間を守り魔を穿つ。

 力を持って生まれた者の義務。

 勇者として生まれた者の責務であると叩き込まれる。


 人間の希望を背負う勇者の修行は厳しいものであったが幼い彼らはこなしてみせる。

 類まれなる戦闘力、不屈の精神。

 勇者のスキルは幼子(おさなご)に過酷な修行を乗り越えるだけの力と心を与えた。



 王都へ修行に出た勇者が故郷へ戻れるのは2年に1度。5つの頃から修行を始めた勇者見習いが勇者として名乗れるのは10年の修行と教育を終え、15歳となってからだ。


 勇者となった少年少女達は平時は王都に留まったり各々の故郷へ戻ったり気ままに冒険をする。

 だが魔王が現れると勇者たちは一斉に西を目指す。

 西の果ての魔王城へ、魔王を討つために。



 魔王の誕生が近いと教会から予言がもたらされたのは二月(ふたつき)前。

 勇者達はそれぞれ死地へ赴く準備を開始する。

 長い旅の前に勇者ユーリスが訪れたのは故郷インクナブラだった。


 ステラとユーリスは取り留めのない会話を続ける。

 ただの少女に戻ったかのように。

 会えなかった時間を埋め合わせ、これから会えなくなる時間を補うかのように。 


 ステラにはこれが心の中のどこかで時間に縋るような行為だと感じられた。

 今日で永遠の別れとなる可能性は低くない。

 魔王討伐の旅から生還する勇者は一握りだ。


「……話し込んでしまったね。そろそろ時間かな」


 ユーリスは名残惜しそうにほとんど残っていないカップに口をつける。

 これから勇者として、長い長い旅に出る。



「ユーリス。これから、どこへ行くのですか?」

「北へ。魔族が現れたと聞いたからね」




 ◆



「ユーリス。どうか気を付けて」


「キミもね、ステラ。キミは昔から気負い過ぎる」


 街の外まで見送ろうとステラが立ちかけたところでユーリスが止める。

 私にもキミにも今は立場があると言いながら。


 勇者となり皆を救うために旅立つユーリスと、司祭となってこの街を支えるステラ。

 かつて友人だった2人の生きる場所は違う。


 ステラはテーブルの上のカップを片付けないままそっと瞳を伏せる。

 先ほどまでの談笑の余韻を楽しむかのように。


 久方ぶりの安らぎの時間だった。




 瞼の裏に蘇るのは十日前の処刑の日。


 "被告オンラードは祭司長でありがなら、務めを放棄し魔人の復活を促した。よって、被告を魔女と断罪し処刑する"


 火刑用の薪の上に立たされた女性は恩人であり、親代わりでもあった祭司長オンラード。

 もっと、教わりたいことがいくらでもあった。

 祈りの話、信仰者との向き合い方、それからお菓子の作り方まで。


 だが彼女への理解も話す機会も永遠に閉ざされた。

 魔人復活の責を押し付けられ、魔女として貶められて贖った彼女とはついぞ話し合う機を設けられないままに別れてしまった。

 自分に力があれば、祭司長を連れ出せただろうか。



 処刑は民衆へのパフォーマンスの側面が強い。

 魔人の復活にどうしようもない怒りと不安と憤りを、1人の女に押し付けて消化する。

 それは一種の娯楽でもあると、神殿に仕える敬虔な使途でありながらもステラは理解していた。

 

 罪人は薪の上に素足で立たされ、火をくべられる。

 わざわざ()()の時間を長引かせるため、薪は多めに高めに組まれた。

 薪が高ければ、火が罪人に届くまで時間がかかる。

 それは処刑の時間、被告の苦しむ時間を長引かせることを意味していて、長い間炎と高熱の煙で(あぶ)られながらオンラードは死んでいった。


 神官アンデスは残忍な処刑を好む。

 この地の犯罪率が低いのは豊かであることだけが理由ではないだろう。


 神官アンデスは時間をかけて燃やされたオンラードの焼き爛れた膣を掲げる。


 "魔女はここに滅んだ。此れはただの魔に堕ちた女である"


 恩人は火刑の中、ついぞ何かを口にすることはなかった。

 大勢に見せつけるために高台に造られた処刑場。

 オンラードに最後に会いたくて民衆に紛れて見届けに来たステラであったが顔はにじんだ点にしか見えず、それでも粗末な布切れを着せられていたのは確かに恩人オンラードその人であった。

 

 立ち昇る炎がやがてオンラードの姿を覆う瞬間、苦悶の表情のオンラードがこちらを向いたのは偶然だろうか。

 最後に自分のことに気付いたのか、それとも二度と訪れない再会を嘲笑う運命の悪戯か。

 それすらも何もかもステラには分からないままだった。


 

 この街で処刑があったことをユーリスが知らない筈はなかったが、不自然な程にその話題は避けられた。

 勇者としてユーリスがこの街を去った後、ステラがユーリスに送り続けた手紙を思い出す。

 "オンラード様の元で司祭になるべく修行を積んでいる、厳しくも優しい師との毎日は楽しい"

 こんな日が来るとは夢にも見なかった幼い自分が送った無邪気な手紙。

 ユーリスは手紙の内容を覚えているだろうか。


 いずれにしてもユーリスもまた遠くへ行ってしまうかもしれない。

 2人の再開は約束されるものではなく、また約束しようのないものだった。

 この地を離れることのできない司祭とこの地に居続けることのできない勇者であるが故。



 魔王が復活すれば勇者は魔王を討つべく遠い魔王領へ旅に出る。


 魔王が生まれたら百の勇者を送り出そう。

 十の魔王が現れたなら幾千幾万の勇者を送り出そう。


 誰か1人が魔王を討てば良い。


 生まれ持った才能の全てを魔族を滅亡させるために注ぎ込むことが定められる使い捨ての鉄砲玉。

 それが"勇者"という生き物。


(それに、今この時代には魔王だけじゃない)



 200年前の災厄を巻き起こした魔人が復活した。

 人間と魔族の敵となり大陸全土を巻き込む戦争の引き金となった男が大陸のどこかにいるのは間違いない。



 安らぐ時間などあるはずもない。

 それでも。

 今日だけは旧友との再会に浸っていたかった。

ラグナ「へーっくしょん!!…誰かが俺のこと噂してるかもしれないな!」

クローバー「十中八九良い噂じゃないでしょうねぇ」

ゲッカ「ヴァウヴァウ(100%の間違いだろう)」

ラグナ「お前らなぁ!」

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